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颯天嬢おるう

その日は颯太も竜之介も篠矢の屋敷に泊まるコトになった。


その日のうちに竜之介・颯太の実の家を教えられ、翌朝明け方に出立し各々に産まれた家に向かった。


竜之介は水戸、颯太は尾張に各々向かった。


おるうはいつものように寺で子供達に読み書きなどを教えていた。


【考えてみれば、アタシは女子としては武芸が立つかもしれないけど、所詮颯太や竜之介よりは劣るわよね。精進しないと…】


ふと考えた。


【刺し違えるコトは無いにしたって、実戦なんかしたコトないからなぁ】


竜之介同様、おるうもまた引き受けたモノの一抹の不安を抱えていた。


授業が終わった昼過ぎ、おるうは町中にいた。


あるモノを探して、町を彷徨いていた。


【あっ!】


目の前でおるうはとんでもないモノを見てしまった。


咄嗟に男の腕を掴んだ。


「何すんだよ」


男が言い出すのと寸分も違わずおるうは男に右手を広げて差し出した。


『今すった朱と紺の巾着、あのご婦人に返してきて』


声はモノ凄く低く、表情はとびきりの笑顔で言った。


おるうは目の前でスリの現場を目撃してしまったのだ。


周りに気付かれないようおるうは静かに淡々と話す。


『落としたのを拾ったフリか何かして返してきな』


男は若く、おるう達と同じくらいに見える。


巾着の色まで見事に当てられた男は、ぐうの音も出ない様子で、苦虫を磨り潰したような顔で渋々ふてくされながらも巾着を返しに走った。


おるうは最後まで笑顔を崩さなかった。


男がすった相手に返したのを見届け、何も言わず笑顔で立ち去った。


スリは自分の技に絶対の自信を持っている。


それを人に、しかも女子に見抜かれたなどとは言語道断だった。


ところが…


おるうの場合はちょっと違っていた。


何事も無かったかのように歩いていたおるうの肩に男は手を掛けておるうを呼び止めた。


「ちょっと」


おるうは何の気なしに振り返った。


振り返るとそこにはさっきのスリの男がいた。


実はおるうのスリの見抜きは今に始まったコトではなかった。


何年か前に初めて目撃してしまった時はまさかと思ったが、その後も何度か目撃してしまい、次第に盗んだモノの色まで見抜けるようになった。


さすがに色まで見抜かれては相手(スリ)も引き下がるしかない。


しかもおるうは今までも相手がすったものをすった人に返せば誰に言うワケでもなく見逃していた。


その為おるうは口も手も何も出さず、スリ本人にすった相手に返しに行かせるのが常だった。


言わば、“お人好し”である。


スリはもちろん犯罪として罰せられる大罪だ。


捕まれば間違いなく裁きを受ける。


“自分が奉行所に通告しに行ったトコロで相手にシラを切り通されたら自分の発言の信憑性を疑われる”と、おるうはあえて黙っているのだ。


“こんな小娘に見抜かれたら考えも変わってくれるかな”と言う僅かな期待を込める意味もあるようで…。


それゆえにスリからは一目置かれる存在になってしまい、今ではおるうはスリの間ではちょっとした有名人になっていた。


この男は初めて見る顔だった。


男に悪意は感じなかったのでおるうは黙って付いて行くと茶屋に着いた。


お茶を2つ注文し、座るなり男は言った。


「颯天嬢?」


おるうは照れ笑い気味に頷いた。


「参ったな」


苦笑いの男。


「オレ、天太」


照れ臭そうに天太はおるうに握手を求めてきた。


おるうは何の迷いも無く握手に応じた。


『よろしく』


ちなみにおるうが自分が颯天嬢と呼ばれているコトを知ったのは最近だ。


2人の前を多くの人々が往来しているが、周囲はまさかこの2人がスリとそれを見抜いた町娘だとは思いもしないだろう。


ましてやおるうもこういう時は男に警戒心を抱くべきだろうが、全くと言って感じてなかった。


「噂にはあんたのコト聞いてたけど、噂通りの大したヤツだ」


“敵ながら天晴れ!”


天太の心中はまさにそんなトコロのようだ。


『恥ずかしいわね』


照れ隠しにお茶を一口、口にした。


「“まだ若い娘でとんでもなく目の良いのがいて、どんなに腕の立つ仲間も見抜かれて、最近はすったモノまで見抜かれる”って聞いてはいたが正直信用してなかった」


『でしょうね』


おるうは失笑する。


「普通、現場を目撃されちまったら誰かに狙われてもおかしくないのにアンタはこの世界では有名だ」


団子を頬張りながら男は続ける。


「こんな大勢いる人の中で何で分かる?」


興味津々な天太。


『上手くは言えないわ。自分が一番謎なんだもの』


天太の皿から団子を一本取り上げた。


天太は何も言わず団子を目で追う。


『ごちそうさま』


お茶を飲み干して立ち上がり、店員にお金を渡しておるうは颯爽と歩き出した。


「まいどぉ!」


店の娘の威勢の良い声に被って天太の声がした。


「おい!ちょっと待てよ」


何食わぬ顔で振り返るおるうに天太は焦り顔で言う。


「オレが金出すつもりだったのに…」


天太は少し悔しそう。


おるうの素早過ぎる動きに戸惑いを隠せない。


『どうせ真っ当な銭じゃないんでしょ?』


こんなコトバもおるうは笑顔で言い放つ。


またしてもぐうの音も出ない天太。


構わずおるうは歩き出した。


今の一言はかなり天太の胸に突き刺さった。


天太はしばらくその場を動けなかった。























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