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華蝶楓月

そして暮れ六つ時になり、再び茶室にはおるう・竜之介・颯太、そして篠矢の姿があった。


篠矢の手にしている行灯が室内をぼんやり照らす。


「お三方様全員お越し頂けたコト、恐悦至極に存じます。上様もさぞかし喜ばれるコトと存じます」


穏やかに微笑む篠矢は話の後、驚きの行動に出た。


部屋の隅の半間の畳を徐に返し出したのである。


他の3人は声も出せずにただ目を丸くして驚いた。


さらに木戸を開けて3人を促す。


「このコトはここにいる我々だけの秘密に願います。くれぐれも口外なされませぬよう」


畳の下には通路がどこかに向けて繋がっていた。


呆気に取られたまま颯太が先に立ち上がり、おるう、最後につられるように竜之介が中に入った。


『いつの間にこのような』


低く狭い通路を軽く見渡しておるうが篠矢に尋ねた。


「お城の近くから上様の居室に繋がる隠し通路をちょっと拡げただけです」


前を向いたまま篠矢が答えた。


低く狭い通路は篠矢の行灯の明かりだけで十分周りを照らせる程だった。


「この通路は上様の居室まで通じております。今後上様からお呼びが掛かった際や何か御用のある時はこの通路をお使い下さい」


竜之介と颯太はさっきからずっと物珍しそうに上ばかり見ていてしきりにぶつかりあっている。


「寺の茶室はあの通り周りからは気付かれ難い場所ですので、話し合い等任務の際にお使い下さい。住職にはおるう様が皆に教える用の茶室だと申してあります」


『えっ!』


初耳のおるう本人が一番驚いたようだ。


「すげぇ…」

「よっしゃ!」


おるうの後ろから囁き声が聞こえた。


最近出来たばかりの茶室だが、寺の隅の、しかも竹やぶを中だけ伐採してそこに建てられた、何とも不気味な建物だとおるうは思っていた。


そもそも建てていたコトにすら気付かなかった程だった。


「上様にお目通り…ですか?」


竜之介の声が上ずっている。


無理もない。


何せお城に上がる時の様な出で立ちではないからだ。


紋付き袴ではなく、着物姿だった。


「動き易いお姿でと申したのは私です。上様にそう伝えよと仰せつかって参りましたのでご安心下さい」


立ち止まり、しっかりと竜之介の目を見て篠矢は言った。


照れる竜之介の視線の先に見えた着物姿の颯太とおるうの表情が何処と無く冷めていた。





「お連れ致しました」


ずっと地下を歩いてきて、距離の感覚が全く掴めないままどうやら到着したようだ。


颯太は初めて見る上様に緊張しきり。


上様はしばらくぶりに見る我が子に感無量だった。


3人の姿を食い入るように黙ったまましばらく見たあと上様はまず颯太とおるうに対して親元から離し寂しい思いをさせてしまったコト、竜之介に対しても今まで黙っていたコトを詫びた。


3人を各々に養子に出した理由を改めて話し、今回集めた理由を続けて話した。


3人はじっと黙ったまま聞き続ける。


「どんなに奉行所が江戸の町を護ってくれていようがどうしても目の行き届かないトコロや手が出せないトコロが出てしまう。その様なトコロに目を向けて欲しいのだ。故に諜報活動が主になる。機敏さ俊敏さ、器量の良さがモノを言うであろう」


堂々たる風格の上様に圧倒しながらも3人それぞれがそれぞれに不安を隠せずにいた。


中でも一番不安なのは竜之介。


【オレに出来るんだろうか…。颯太はもちろん、おるうも問題無さそうだけど…。機敏さや俊敏さは別にして問題は器量の良さだ】


竜之介の拭えない不安ははっきりと表情に現れていた。


「とは言え命の危険が無いとは言い切れん。颯太に至っては仲間と合い見えるコトにすらなりかねん。それをも承知で三名全員が揃ってくれたコト、誠に礼を申す。礼を尽くしても足るとは思えんが」


そう言うと、上様は3人に向かって深くアタマを下げた。


上様にアタマを下げられるコトなど当然無い3人は狼狽えた。


直ぐ様冷静にアタマを下げたのは颯太。


『お止め下さい』


慌てて止めに入ったのはおるう。


竜之介は1人ただ呆然となってしまっていた。


「ただ暴くと言っても何か標のようなモノがなければいかんと思い考えたのだが、これを使うが良い。ワシの息が掛かっているコトを証明するにはこれが良いかと思ってな。改良するならしても構わん。この札であればいくらでも用意できるからな」


そう言うと篠矢が各々に黒塗りの箱を差し出し、一つ一つ蓋を開けて見せた。


一番上には木札が入っていた。各々が持っている紐付きの家紋入り木札と同じように家紋の焼印が押されている薄い木札だった。


3人は3人とも、自然と各々自分の首に下げている木札を襟の中から出し、見比べていた。


「あっ!」


竜之介がおるうや颯太も同じモノを持っているコトに驚いた。


「それは各々城を出す時に持たせた護符だ。1つ1つ祈祷してもらっておる。」


改めて木札のコトを聞かされ3人は繁々と木札を見入った。


「徳川の家紋入りである以上、容易には使わないで頂きたくお願い申し上げます」


やっと篠矢が口を開いた。


「むやみやたらに使ってしまうと威力が無くなるだけでなく悪用されかねません。故にお三方様に置かれましてもご使用には十分ご注意なさいませ。ご自分の素性が知られてしまう危険がありますので。また、ご自分の利害の為に使うこともご法度です」


さすがの篠矢も凄んでみせた。


「いくら身内とは言え無償でとは言わん。その都度報酬は出す」


上様の真剣な表情に3人は揃って手を付いてアタマを深く下げた。


「それと颯太と竜之介には新しく住まいも用意した。明日にでも篠矢の家を訪ねるといい」


平伏す竜之介の横で


「恐れながらお願いが御座います」


颯太が口を開いた。


「私の実の家族に、自分のコトは明かさずとも構いませんし、私が一方的に一目見るだけでも構いませんので会わせて頂けませんでしょうか」


おるうと竜之介はとっさに颯太を見た。


「私もお願い致します」


つられた竜之介も一度上げたアタマを再び下げた。


篠矢と上様は顔を見合わせて微笑み、上様が答えた。


「容易いご用だ。早速明日にでも出立するがよい」


颯太は安堵の表情を見せた。


颯太を見て神妙な顔をしたのは竜之介だった。


「そなた達はまだまだ若い。任務も諜報活動が主だ。諜報活動はやはり華麗に風のようにまた蝶のごとく舞うようにと言うコトで“花鳥風月”ならぬ、“華蝶楓月”と言う名はどうだろうか」


“華蝶楓月”…。


3人は感嘆の声を上げた。


「実は札にもう刻印済なのだが」


照れ臭そうに告白した。


上様に言われ木札を手にして裏を見ると確かに“華蝶楓月”と焼印がされていた。


『勿体無い程の立派すぎるお名前に御座います』


笑みを浮かべておるうが言った。


続けて竜之介と颯太も軽くアタマを下げた。


「気に入ってくれるなら良いのだが」


上様は少しの間、照れ臭そうにしていた。























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