青天の霹靂 其の弐
篠矢が去った後もおるう・竜之介・颯太の3人はただただ呆然としていた。
誰も何か話し出すワケでも無く、立ち去ることも出来ないでいた・・・。
《お三方様には公方様直結の隠密として、徳川家並びに江戸の町を護って頂きたいのです》
この言葉が3人の呆然としている理由だ。
《代々将軍には隠密として忍が仕えますが、それとはまた別に江戸の町も含めて任せられる存在をお作りしたく、お三方様を幼少の頃より養子や里子にお出しになられてお出ででした》
まさに青天の霹靂だった。
おるうは元々“いずれは徳川家を護って欲しい”と寺に預けられたが、まさかそんな役目を担うコトになろうとは思ってもいなかったハズだ。
《言わば幕府ではなく、将軍直属の特殊秘密隠密とでも申しましょうか》
“特殊秘密隠密”と一口に言われても、誰もいまいち理解出来ないでいる。
《あくまでも諜報活動が主となります故、人を殺める等と言うコトは一切御座いません。公方様も我が子にそんなコトをさせたくありませんから。ただ、悪を正して頂きたいのです》
ただ一点を見つめる颯太。
《ですが、危険と隣り合わせになるコトは必至です。その為お三方様に修行に出て
頂きました。それからお三方様が隠密だと言うコトは絶対に誰にも知られるワケには参りません。公方様の失脚に繋がりかねません》
篠矢の顔が尋常ではなく険しかった。
3人も息を呑む。
「もし知られたら?」
颯太が声を震わせて尋ねたその答えは想像を絶するモノだった。
《万が一その様なコトが起きた際は、任務上にその的となる者に知られた場合であればどうにでもなりますが、不慮にも全く関係の無い者に知られた場合・・・》
篠矢の口が止まり、沈黙が流れた。
「任務失敗と言うコトですか?」
颯太が低い声で尋ねた。
それに対して篠矢はゆっくりと頷いた。
「すなわち自害するか相手の口を封じろと?」
伊賀の郷でそう教わってきた颯太は躊躇うコト無く言った。
竜之介の顔が凍り付き、何と無く予想していたおるうも眉間にシワを寄せた。
《ですが先程も申しました通り諜報活動が主ですので、そんな事態にはならないとは存じますが、そうならないように細心の注意を払って頂きたくお願い申し上げます》
3人は少し拍子抜けした。
篠矢が言うには、
{手段は各々状況に応じて任せるが、最終目的は“世の裁きを正々堂々と受けさせるコト”であり、反論出来ないトコロまで追い込み暴き出すのが目的}
だとのコト。
しょっぴくのはあくまでも奉行所の仕事。
ただ、奉行所が手を出しにくいトコロや目の届かないトコロを暴き出して、後は奉行所に任せると言うのが目的だと篠矢は告げた。
ほっとした空気が流れる中、颯太ダケはしかめっ面のままでいた。
「一歩間違えれば自分の兄忍と刺し違えるコトになると言うコトでしょうか?」
とてつもなく低く、それでいて淡々とした颯太の表情に、竜之介とおるうは一瞬にして血の気が引く思いになった。
そのコトバに答えるコト無く、篠矢は
「お引き受け頂けるのであれば今晩暮れ六つ時に再度この茶室にお越し下さい。お三方様がお揃いになるコトを願っております」
と告げて去っていった。
その後は、今に至る。
沈黙が続くこと幾時---
やっと口を開いたのは竜之介だった。
「ある日突然“オマエは徳川の人間だ”って言われただけでも動揺しきりだってのになぁ」
呟くような口調で放った。
「俺だって同じだ」
辛そうな颯太。
“兄忍と刺し違えるコトになるかも知れない”ー
自分の血の繋がった本当の家と自分の家族とも言うべき絆の中で育った兄弟忍、どちらを取るのかー
颯太の脳裏にはそのコトが焼き付いて離れなかった。
また沈黙が続く。
おるうの低めの怒号が長い沈黙を破った。
『だったらどうだっての?情けない!男でしょ?』
男子2人は何も言い返せなかった。
あまりの威勢に驚いて、である。
『だいたい竜之介殿なんかちゃんと家族の元で暮らしていられたんだから私や颯太殿に比べたらイイ方なんじゃないの?』
竜之介は全く以てその通りな発言に何も言い返せず、颯太は依然として呆気に取られていた。
『ましてや私なんて自分の素性を知っといて逢うコトすら儘ならなかったのよ?竜之介殿も颯太殿も殿方なら殿方らしく黙って受け止めるくらいの器量は無いの?』
さすがに女子にそこまで言われて黙っていられる様な弱い男達では無かった。
「随分と肝の座った姫様だな。さすが武家の姫様だ。確かに姫様の言う通りだな。男らしく黙って受け止めるか」
苦笑いを浮かべ、先に承諾したのは颯太だった。
わずかに照れて赤面するおるう。
照れ隠しにか、茶道具の片付けを始めた。
「やるしかない・・・か。武家の人間として主君の命には逆らえないしな。主君、、、て言うか父上なんだっけ…」
半ば渋々感はあるモノの、竜之介も承諾し、ココに晴れて3人全員揃うコトとなった。