参ノ伝 颯太
いつもキミは笑っていた。
太陽の様なキミは周囲を全て明るく優しく包んでくれた。
哀しいときも辛い時もキミが側にいるだけで満足だった。
もう大丈夫だよ、キミがいなくても。
キミと離れ離れになった直後は心にポッカリ穴が開いたようだったけれど。
ボクらはきっと、この広い空の下1つだから・・・。
ある晴れた日の午後---
いつもの様に修練に励んでいたオレに、長老が話し掛けてきた。
「颯太…」
オレは手を止めて歩き出し長老の後を付いていった。
「お前に徳川将軍家からお呼びが掛かった。明日使いが来るそうだ。明日そのまま発て」
突然だった。
いつかは多くの兄者達の様に、オレもどこかのお殿様から呼ばれお仕えする日が来るだろうと今まで修練に修練を重ねて来てはいたが…。
しかも明日発てとは何ともぶしつけな。
オレは何も言えなかった。
ここでは長老の言うコトは絶対だ。
ここにいるオレ達は全員長老に育てられてきた。
言わば親同然だ。
オレはまだ赤子の頃にこの伊賀の郷に連れて来られたらしい。
赤子の頃だ、記憶は無い。
川の流れを呆然と見ていると、オレの目の前に長老が紐がついた木札を差し出した。
家紋らしきモノが焼印されていた。
何処かで見たコトがあるような気がした。
顔を上げて長老を見た。
「オマエがココに連れて来られた時に身に付けていたオマエの護り札だ」
護り札?
ならば何故長老が??
疑問を感じながらも木札を手にした。
「それを付けたままではいずれ周囲にお前の素性が知れてしまうと思い、あえて儂が預かっておいた」
「オレの素性?」
たまらずにオレは聞き返した。
良からぬ胸騒ぎは、した。
この焼印が家紋に見えるからだ。
案の定、その胸騒ぎは見事に当たってしまう。
「この家紋は徳川家の家紋だ。すなわちお前は徳川家の人間だ」
何か大きな岩か何かが落とされたかと言うくらい、オレは強く激しい衝撃を受けた。
「公方様のお考えで、ご子息様の中から何人かを養子や里子に出し、行く行くは徳川家を護れる人間になるようにとお前がここに来たのだ」
長老のコトバは耳には入ってきたがアタマには入って来ていなかった。
ただひたすら木札に見入っていた。
その後翌朝使いが来るまでの記憶が一切無かった。
余程驚愕だったんだろう。
オレは使いに連れられて郷を旅立った。
コトの事態に把握出来きれず別れの哀しみも寂しさ感じられないまま郷を出た。
ただ、オレの姿が見えなくなるまでずっと仁王立ちでどっしり構え、オレをじっといつまでも見ていた長老の姿に込み上げてくる熱い何かは感じたのだった。
木札を手の中で強く握りながらオレはその姿を見ていた。
郷も長老も見えなくなった後、オレは傘で隠してひとしきり泣いていた。
何故か自然と流れてくるのだった。
脳裏にはもちろん今までの辛かった修練の記憶や郷のみんなと過ごした日々の想い出が浮かんでいた。。。
これから何が待ち受けているか、今は考えたく無かった。