華のように
任務は順調に進み、間もなく終わろうとしていたある日---
別れの時はあまりにも突然にあまりにも静かに、刻一刻と近付いていた。
ある日おるうは花を持って、墓参りに訪れていた。
命日に欠かさず訪れる少年の墓に。
時同じくして竜之介に異変が起きているとは夢にも思わずにいた。
颯太は1人、家にいた。
忍上がりの颯太は、華蝶楓月の武器担当でもあった。
今まさに颯太は武器作りに励んでいた。
と、その時、家の前を行列が通過した。
【なんだ?】
この辺では珍しい光景だったが、颯太は気にも止めなかった。
まさかそれが華蝶楓月にとって最大の事件の始まりだとは思うハズも無く。。。
行列は竜之介の家で止まった。
「お迎えに上がりました。直にお召し替え下さい」
水戸の家臣に言われるがまま、突然の事態に戸惑いながらも竜之介は支度して駕籠に乗った。
間も無くして再び颯太の家の前を行列が通過した。
【ぁんだよ騒々しいなぁ】
ぼやきながらも刃を研ぐ颯太に、近所の“さとおばちゃん”が緊迫した顔つきで颯太の元に駆け込んできた。
素早く道具をしまう。
「颯ちゃん!」
声まで緊迫しているおばちゃんに颯太は戸惑う。
「どうしたんだよおばちゃん!バケモンでもみたような顔しちゃって」
「竜ちゃんが何だかまたえらいモンに乗っかってっちまったよ!」
【ぁん!?】
颯太の目がつり上がる。
「じゃ今の御駕籠は竜之介だってのか?」
立ち上がり驚く。
何度も頷くおばちゃんをヨソに、颯太は家を飛び出した。
「竜ちゃん何かしたのかぃ?一度ならず二度までも連れてかれるなんて…」
おばちゃんの表情はさらに緊迫していた。
まさか竜之介が水戸の生まれの、将軍公の養子だなどと思うハズも無い。
「大丈夫だおばちゃん!じゃ!!」
そう叫んで家を飛び出した颯太は、駕籠の追跡では無く、おるうの元へひた走った。
それからでも追跡は遅くないと思ったからだ。
息を切らして着いた先におるうはおらず、その足で颯太は寺に走ったが寺にもいなかった。
【どこ行ってんだよ!】
とりあえず近場を走り回っていると、やっとおるうが現れた。
ずっと走り回っていた颯太は息が絶え絶えで、肩で息をしている状態だった。
『どうしたのよ颯太!』
おるうは何事かと、目を丸くしている。
「竜之介が!」
ただそれだけ発して、おるうの腕を掴んでまた走り出した。
“一刻も早く竜之介の元へ!”
その想い一心だけが颯太を動かしていた。
困惑するおるうも颯太に付いていくのが精一杯で、声を掛ける余裕が無かった。
水戸の藩邸まではかなりの距離がある。
颯太はまだしも、おるうは途中、かなり苦しかった。
「おるうはちょっと休んでろ。オレ見て来るわ!」
そう言って颯太は更に速度を上げて走っていった。
【何だってのよ!竜之介がどうかしたの?】
膝に手をついて息を調えるおるうだったが、どうしても気になってフラフラながらも付いていった。
忍上がりの颯太の走る速度は尋常ではない速さであっという間に見失ってしまい、仕方無くおるうはアテが無いままとりあえず水戸藩邸に向かった。
その頃竜之介は水戸藩邸では無く、江戸城にいた。
通された大広間には、上様と篠矢、水戸の藩主(竜之介の実父)と家老の杉田と、なぜか養父の計6人がいた。
恐縮しきりの竜之介。
この6人が揃うのは初なだけに、張り詰めた空気が流れていた。
【何だろこの空気…。尋常じゃない程に居心地悪いぞ?】
上目遣いで上様の方と実父の方を何度も見やる。
「竜之介、水戸に戻ってくれぬか」
「はっ??」
竜之介はとても理解出来なかった。
上様の表情が渋かった。
水戸の実父が続けた。
「竜之介の兄の克之介が病に伏しておる。恐らく家督は継げないだろう」
突然の告白に、竜之介は完全に理解不能だった。
反応すら出来ないでいる。
「本来、家督は克之介様がお継ぎになるハズでしたが、このままで行きますと直系の若君がおられなくなる可能性が御座います」
家老の杉田が続ける。
竜之介には、耳には入るモノの脳にまでは入っていかなかった。
「一度養子に出した以上、呼び戻すのは上様にも申し難かったが、御家の為にと、上様が進言して下さった。家督として、水戸に戻って来てくれぬか」
“水戸に戻る”
と言うのは、かろうじて理解出来た。
だがまだ反応出来る状態では無かった。
1人水戸藩邸に向かった颯太。
「竜之介?竜之介は??」
番人に尋ねても不審者扱いされるだけで、答えは無かった。
が、駕籠が無いコトには気付き、竜之介はおるうの元にまた一目散に走った。
【ってコトはお城?】
ココから江戸城までは大して遠くない。
だが行ったトコロで入れない。
途方に暮れる颯太。
やっとの思いで颯太に追い付いたおるうだったが、すっかり気落ちした颯太の様子に、状況を察せずにはいられなかった。
『家で待つ?』
優しくコトバを掛ける。
「喉カラカラだよ。」
とりあえず近くの茶屋に寄った。
「竜之介が駕籠に乗ってったらしい」
おるうは大して驚かなかった。
「さとおばちゃんがウチに駆け込んできてさぁ。“竜ちゃんが連れてかれた”って」
颯太は沈みきっている。
『今度は何かしらね』
颯太には、おるうが素っ気なく見えた。
「おるうは心配じゃねぇのか?」
憤りを隠せない颯太。
前例が前例なだけに、颯太は心配でならないのだが、どうやらおるうは違うようだ。
『心配じゃ無いワケないでしょ?』
おるうの迫力に、颯太は思わず怯んでしまった。
『駕籠に乗ってったってコトは御家の問題でしょ?いくら前例があるって言ったって御家の問題じゃどうも出来ないよ。黙って待つしかないでしょ?』
おるうの最も過ぎる発言に、颯太はぐうの音も出なかった。
【相変わらず度胸座ってんなぁ】
颯太はつくづく感心した。
戻って江戸城---
「いくら実子とは言え、一度は家を出たワタクシがいきなり家督などと言っても、周りの方々は納得なさるんでしょうか。ましてやワタクシに家督など務まる自信が全くありません」
上様や実父に散々説得され、ようやく理解した竜之介が口を開いたのは完全な不安だった。
実父はフッと笑みを浮かべた。
「案ずるな。そなたが養子に出ているのは周知の事実だ。家督として戻って来ることに何人たりとも異論は認めない」
実父は毅然としていた。
上様を見ても篠矢を見ても養父を見ても、皆まっすぐ竜之介を見据えて頷いた。
うつ向く竜之介。
【上様はどうお考えの上で仰っているんだ?華蝶楓月はどうするんだよ!永く続くと思ってたのに…。上様が仰るのであれば従うしかない。でもおるうと颯太と別れるのか?そもそもオレに家督なんて…】
竜之介の心の内は不安で一杯だった。
再びおるうと颯太。
「今夜、どうする?」
結局、竜之介の登城の時に迎えに待っているいつもの場所で2人で待つコトにした。
日はすっかり傾いていて、沈むまでもういくらも無かった。
今夜決行する予定でいたのだが…。
不安な颯太に、おるうは実にあっけらかんと答えた。
『やるしかないでしょ』
【本当に女子かコイツは…】
もはやここまで来ると、呆れるしか無かった。
日が暮れ始めた頃、憔悴しきった竜之介がふらつき気味に城から出てきた。
『お帰り』
「お疲れぃ」
竜之介は2人の顔が見れなかった。
いつも以上に、
今まで見たコトの無い程に、2人の笑顔が眩しく見えたからだ。
「竜之介…、」
言い掛けた颯太をおるうが腕を掴んで静止した。
『今日はゆっくり休んでな。終わったら行くから』
ごく自然なおるうの笑顔に、竜之介は何も言い返せなかった。
「行くよ」
“最後の任務だから”
竜之介の真意はそこまで言いたかった。
だが言えなかった。
「失敗したらどうすんだよ!大丈夫だって。任しとけ」
颯太の顔には自信は見られなかったが、竜之介は気付いていないようだった。
竜之介は黙ったままでいるしか出来なかった。
もどかしい気持ちを抱えたままで。。。
3人は黙ったまま竜之介の家の前で立ち止まった。
『じゃ竜之介、また後でね。』
颯太が口を開いたのとほぼ同時におるうが先にコトバを発した。
おるうは颯太が何を言おうとしたか分かっていた。
だからわざと遮る為に、おるうがわずか先に口を開いたのだ。
「あのさぁ…、」
竜之介がやっと口を開いた。
が、またしてもおるうが遮った。
『後から聞くよ。じゃあねっ!』
笑顔のおるうはためらう颯太を引っ張って竜之介の家を後にした。
何とも言えない顔で立ち尽くす竜之介だった。
「何で聞かねぇんだよ!アイツ言い掛けてたじゃねえかよ!」
困惑する颯太。
『今聞いたらウチらまで動揺しちゃうでしょ?ウチらまで失敗したらどうすんのよ!そもそも時間無いわよ?』
おるうは前を向いたままで言った。
「そうかも知んねぇけどさぁ…」
ふてくされる颯太。
おるうは素っ気無いワケでも、興味が無いワケでも無かった。
大方の予想が付いていたのだ。
つまり、おるうはおるうで動揺していて、真実を知りたくないのが本音なのだ。
もちろんそのコトに颯太も竜之介も気付くハズなど無かった。
言いたくても言い出せない、でも不安で押し潰されそうだから2人に助けて欲しい竜之介‥‥
とにかく気になって気になって仕方無い颯太‥‥
薄々は気付いていながらも真実を知るのを避けるおるう‥‥
それぞれがそれぞれに想いを抱えたまま、最後の夜を迎えた。。。