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17/21

幸せになりたい

翌朝---


決行は夜、吉原で


とだけ聞かされた竜之介は、ワケが分からないまま寺で子供達に剣術を教えていた。


寺の隅ではおるうが畑の手入れをしている。


少し離れたトコロには颯太の姿があった。


気配を消して草むらに隠れていた。


いつでも刺客に対応出来るようにだった。


【とは言え、昨日の今日で現れんのか?でもここまで来たらもう時間は無いよな】


1人で悶々と自問自答を続けていた。


ふと顔を上げると、視線の先には優しい笑顔で畑仕事をしているおるうがいた。


気が付くと颯太は視線を止めておるうに見入ってしまっていた。


【気が強くて姫様らしさの欠片もないこんな女、竜之介も物好きだよなぁ】


そう言いながらも、颯太はおるうから目を離せないでいる。


何処かしら心臓がドキドキしているコトに本人は全く気付いていなかった。


【でも、いざとなるとおるうの花魁姿、見れなくて残念だったかも】


颯太は今さらながら後悔していた。


あんなに躊躇していたハズなのだが…。


【でもアイツ、大丈夫かなぁ。見てくれが似てるからったってなぁ…】


視線はおるうの元へやってきた竜之介に移っていた。


【竜之介、嬉しそうな顔してるなぁ】


昨日の竜之介の発言を思い出していた。


【あれ?オレ、動揺してないか?しかも何だ?このヘンな胸騒ぎは…】


無意識のウチに左胸の辺りに手を当てていた。


!!!!!!!!!!!!


気配を感じた。


おるうも感じたらしく、すかさず走って寺の外に走り出した。


颯太は気配の方へすかさず吹矢を飛ばした。


幸い寺の人達には被害も影響も及ばずに済んだ。


吹矢は腕に命中した。


すぐさま刺客を追い掛けた。


何事が起きているのか全く把握出来ていない竜之介。


おるうを追って寺の外に駆け出してみると、塀の端におるうの着物が脱ぎ捨てられていた。


おるうは中に装束を着ていたのだ。


竜之介はおるうの着物を拾って急いでおるうの家に向かった。


竜之介の心臓はかなり激しく揺れ動いていた。


【今からオレが追い掛けても到底追い付くハズがない!どうしたら…】


迷いながらもおるうの家に向かう。


主のいない家はひっそりとしていた。


こっそり、忍び足で中に入る。


軒下にそっと置いて帰ろうとしたその時---


玄関先に矢文があるのを見つけてしまった。


竜之介は矢文に水戸の家紋を見つけ、その場から動けずにいた。


【どうして?】


動揺し過ぎて手が震える竜之介。


たまらず矢文を持ったまま、藩邸に向かって走り出した。


【ん?】


向かう途中の自分の家の前に、この辺の景色には似つかわしくない、豪華な駕籠が止まっていた。


【父上!】


駕籠の家紋に気付いた竜之介は全力疾走で家に入った。


「父上!!!」


息を切らしている。


父は悠然と縁側に腰掛けていた。


『竜之介、待っておったぞ』


余裕の笑顔の父。


周りには御付の家臣がたくさんいた。


「私も今、藩邸に参ろうと思い向かっていたところでした」


道行く人々は、この辺で見るコトの無い物体にじろじろ見ながら通りすぎて行く。


「ココでは目立つだろう。藩邸に参ろう」


父は立ち上がり、駕籠へ乗り込んだ。


竜之介も黙って後を付いていった。






颯太とおるうは竹やぶにいた。


颯太はすぐに刺客に追い付いたのだが、人目に触れるのを避け、竹やぶまで追い込んだのだ。


おるうは見失わないよう、遠くの2人に追い付くだけで精一杯だった。


やっとのコトで2人の元に追い付いたおるうは肩で息を切らしながら顔を歪ませて2人の様子をただ見ていた。


2人の目にも止まらぬ動きの素早さに、おるうは息を呑むしか無かった。


頭巾の膨らみを見ると、どうやらやはり女子のようだった。


上衣では判断出来なかったが、“恐らく女子だ”と言う確信をおるうは持っていた。


一進一退を繰り返す、目にも止まらぬ壮絶な攻防戦。


おるうはただただ見ているコトしか出来なかった。


こんな息をも吐かせぬ格闘場面を目の当たりにして、おるうは体に震えを感じていた。


竜之介も刺客も全く互角だった。


【ホントに女なの?】


目をつりあげ2人の動きを睨むようにして見続けた。


ふとしたコトで、闘いは急展開を見せた。


若干、刺客の動きに乱れが見えてきて、付かず離れずを繰り返すウチに刺客の頭巾が破け、顔が出てしまった。


「楓…」


ホンの一瞬、颯太にも動揺が見られた。


【楓?まさか仲間?】


おるうもまた動揺せずにはいられなかった。


見られてしまった刺客“楓”は表情は変えないモノの、動きにはかなりの動揺が見られて、あっという間に颯太が優勢に立ってしまった。


颯太が短剣を振りかざすまでに時間は掛からなかった。


おるうが走り出すのと颯太が刃を楓の前で寸止めするのと、ほぼ同時だった。


「オマエが捜してるヤツは残念ながらもうこの世にはいない。ココにいるおるうは別人だ。故にこの命も失敗ではなく無効だ。そう主に報告しろ」


こんなに凄味を効かせた颯太は初めてだった。


あまりの迫力におるうも楓も硬直してしまっていた。


「おるう、コイツのキズの手当を頼む。オレは竜之介の様子を見に行く。後は頼んだ」


『颯太?』


颯太はあっという間に去っていった。


立ち尽くすおるう。


ゆっくり、痛々しい体の楓が立ち上がる。


「構うな。我はぬけぬけと旦那様の元へは帰れん」


楓は目をそむけた。


と、次の瞬間自分の持っていた短刀を振りかざした。


予測していたかの如くおるうは即座に己の手刀で短刀を持つ楓の手を討った。


『んなワケないでしょに。颯太が言ってたでしょ、この命は無効だって。己の命を断つ必要なんて無いわ』


毅然としていたおるうに楓は怯んだ。


『まぁ確かに無効ってのはちょっと無理があるかも知れないけどさぁ、アタシが人違いだったってのはアリなんじゃないの?』


手を貸そうと楓の前にスッと手を差し出すおるう。


楓は拒んで自分で立ちあがった。


立ち去ろうとした楓をおるうが制止した。


「顔くらい洗って行きなよ、その先に川があるから。真っ昼間にそんなボロボロじゃかえって目立つわ」


おるうは自分の頭巾を渡した。


何ヵ所か破れているトコロの綻びも裾を破いて包帯代わりにしてやった。


『颯太は大丈夫よ、きっと』


楓は優しい笑顔のおるうを前に、強がるしか無かった。


『旦那様に報告し終わったらウチにおいでよ。そんなボロボロじゃどこも歩けないでしょ』


心の中ではこっそり楓に付いて行く気満々のおるうだった。






その頃、藩邸から出てきた竜之介は途方に暮れていた。


颯太は着物に着替えた後、竜之介の家を訪ねたが居らず、幸いにもお隣の奥方に家紋入りの駕籠のコトを聞きつけ、一目散に水戸藩邸に向かった。


向かう途中、運良く竜之介に遭遇した。


が、あまりの悲愴っぷりに颯太はコトバを失った。


2人で無言のまま茶屋に入った。


「まいどぉ!今日はヤロー2人?珍しいね。」


沈みきっている竜之介の代わりに颯太がいつも通りに明るく振る舞った。


「茶2つ!大盛りで!!」


正直、颯太は顔を戻したくなかった。


戻した先には暗雲が見えそうな竜之介がいるからだ。


恐る恐るひきつりながらも顔を正面に向けた。


「どうしたんだよ!」


溜め息混じりに颯太が切り出した。


竜之介は大きく溜め息を付いて顔をあげた。


「颯太!!どうしたんだよその傷!?」


驚いて声が震えた。


「刺客は片付けてきたよ。あと一踏ん張りだ!。今夜決行だってのに何て顔してんだよ!!」


「お待ち!」


お茶が運ばれてきた。


竜之介は即座に手に取り口にした。


【今度こそ知られたか?】


内心穏やかでない。


硬直したまま、膝の上の手は固く握り拳をしていた。


「今回の件、水戸も関わっていたんだ」


一点を見つめて話し出す。


「えっ???」


白々しく…。


「おるうが寺を出てったのを追ったら塀の端におるうの着物があったから届けようとおるうの家に行ったら水戸の家紋が入った矢文を見つけちまって、藩邸に向かおうと思ったら家に父上が来てたんだ」


「父上???」


コレは素直な驚きだ。


「で、駕籠が目立って仕方無いからって藩邸に連れてかれた。そこで言われたんだ。徳川本家の姫様との婚儀を考えているって。それで相手がおるうだってわかっちゃって」


「父上が…、言ったのか?おるうだって」


竜之介の表情はかなり険しかった。


「名前は出さなかった。ただ、今捜しているって」


竜之介は失意の底にいるような表情になっていた。


血の気が無かった。


颯太もどうしていいか分からなかった。


「とにかく、今夜は決行の日だ!とりあえず任務のコト考えろ」


そう言うしか無かった。





おるうはこっそり楓に着いてきていた。


楓が報告しているのを屋敷の隅で聞いていた。


楓の身が案じてならなかったからだ。


任務を果たせなかった忍を黙って帰すだろうか---


それが気になって仕方無かった。


楓は何事もなく報告を済ませ屋敷を後にした。


ただおるうは見逃さなかった。


楓が去った後の今林と早坂の不穏な表情を。


楓に気付かれないよう、なおかつ追手に気付かれないように後を追った。


少しして言い知れない殺気を感じたおるう。


おるうの背後からだった。


凄まじいスピードで近付いてきた。


おるうは颯太が作ってくれたかんざし型の小刀を結の髪から抜いて追手に向かって剣を投げつけた。


小刀は追手の足に命中!


動きを封じた。


“トドメを刺さない”のが華蝶楓月の鉄則だ。


気付いた楓が駆け寄る。


「オマエ…」


驚く楓。


『後は任せるわ。』


とりあえず縄で追手を縛っていたおるう。


「アタシもそんな悪趣味じゃないから」


フッと苦笑いして一思いに小刀を抜いた。


抜いた小刀の血を追手の服で拭い取り、おるうに返した。


薄笑いを浮かべて。


『十分悪趣味でしょ』


対するおるうも薄笑いを浮かべ、追手の服を引きちぎり、傷口をキツく結んだ。


体を縛ったヒモの隙間にそっと木札を挟んで、2人で周りに気付かれないよう、怪我人を搬送中に見せ掛けて追手を今林の屋敷の近くに連れていった。


『ヨシ、完了!』


去り際に屋敷の門にも離れたトコロから石矢付の木札を投げ入れ、屋敷を後にした。




おるうの家で傷の手当や着替えをしていると、颯太がやって来た。


「楓!?」


おるうの着物に着替え、髪も結い直して見違えった楓の姿に颯太は唖然とする。


「じろじろ見るな!」


照れ隠しに強がる楓。


楓は颯太の伊賀の仲間で、颯太の幼馴染みだった。


女子ながらに颯太に退けを取らない程の実力の持ち主だった。


「竜之介、知っちまった。今夜、マズイかも…」


颯太の表情が暗かった。


「今、寺で瞑想してる」


かなり不穏そうな表情だ。


おるうも眉間にシワを寄せる。


「何かは分からぬが、2人には借りがある。我に出来ることなら助太刀致す」


思いがけない楓の申し出に、2人は顔を見合わせた。


同時に大きく息を吸って、同時に叫んだ。


「あぁぁぁ!!!」

『あぁぁぁ!!!』


2人の息の良さに楓の吹き出し笑いにつられ、おるうと颯太も笑いが出た。


『そうね、アタシが出来ないのも楓のせいだしね』


含み笑いのおるう。


かくして“花魁竜之介”ではなく、“花魁楓”の手によって、今夜の任務が決行されるコトになった。


…のだが、そのコトを知らない竜之介は、寺で依然、座禅を組んでいた。。。


己の邪心と闘いながらーーー
























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