明日があるから
『お疲れ様!』
「お疲れぃ!!」
いつもの場所に2人はいた。
2人と出逢ってから、一度も欠くコトなく登城の日は見送りも出迎えも2人で揃って来てくれている。
最近慣れてきていて、当たり前に感じ始めていたが、今日は何だか気持ちが違った。
いつもなら意気揚々とお城でのコトを話す竜之介も、今日は黙々と歩いていた。
「どうした?」
竜之介の顔を覗き込む颯太。
「父上が…」
消え入るような声でボソボソと話す竜之介。
「あ゛?」
しかめっ面で聞き返す。
「ちょっと藩邸行ってくる!」
荷物を颯太に渡したかと思うといきなり竜之介は猛烈な勢いで走り去っていった。
「何だ?アイツ…」
呆気に取られる颯太に、眉間にシワを寄せたおるうがしばし考えて言った。
『ごめん颯太、後追って!。もしかしたらアイツ、気づいたかも!!』
颯太の荷物を受け取ると、
「分かった!」
顔をギョッとさせながらもするりと身を返しすぐさま後を追った。
【まさかねぇ…、んなワケ無いわよねぇ】
うつむき気味で案じながらおるうは1人自分の家に向かった。
「竜之介!」
やはり元忍には敵わなかった。。。
すぐに追ったのが良かったのだろうが、やはり素早さは颯太が一番だった。
「颯太…」
かなりの浮かない顔。
竜之介は速足で歩き続ける。
颯太が竜之介の腕を強く掴んで竜之介を引き留めた。
渋々竜之介は話し始めた。
思わず吹き出す颯太。
「颯太?」
颯太の顔が心なしか赤くなっていた。
「はぁ?」
颯太の声がうわずった。
「ハッキリとは分からないけどさぁ。もしかしたら父上はオレ達が華蝶楓月だって気づいたのかと思っていてもたってもいられなくて。。。」
うつむき加減に話す竜之介に颯太は心の中で突っ込んだ。
【そっちかよ!トンだ取り越し苦労だったぜぃ】
うっすらはにかんだ。
「オマエなぁ、そんな血相で行って何て言うつもりだったんだよ!何て言おうが墓穴掘りに行くようなモンだろ、少し落ち着けよ」
颯太は内心、安堵していた。
【とりあえず今回は大丈夫みたいだな。】
颯太のコトバに竜之介は背中を丸めた。
「さっきの勢いで行ったらポロッと言い兼ねないぞ?篠矢様に任せとけよ。」
竜之介の肩を叩きながら。
2人は歩き出した。
「でもさ、こうも思うんだ。おるうを諦めるためにも婚儀の話があるなら受けても良いかなって」
竜之介のとんでもない発言に颯太は再び吹き出した。
「んなコトしたら華蝶楓月どーすんだよ!何言い出すんだよ」
颯太の心臓はかなり高速振動していた。
「そっかぁ」
【“そっかぁ。”じゃねぇだろが!】
「先行っててくれ。ちょいと天太に用あったの思い出したワ」
唖然とする竜之介をヨソに、颯太は逆方向に走っていった。
竜之介は首を傾げながらも1人歩き続けた。
颯太は城に向かっていた。
決して天太に用があるワケでは無かった。
篠矢と上様に報告するためにだった。
【竜之介、大丈夫かなぁ…】
おるうは1人夕食の支度をしていた。
竜之介のコトを気に掛けながら。
と、その時、外に気配を感じた。
とっさに懐刀に手を伸ばすおるう。
窓の外から吹矢が飛んできた。
すかさず避けたが、おるうの頬をかすめてしまった。
吹矢の先には水戸の家紋がついていた。
仰天のあまり、おるうは身動きが取れずに立ち尽くしていた。
「ただいまぁ」
竜之介の声に、我に帰る。
慌てて矢を隠した。
「おるう!」
手で傷を隠していたモノの、指の隙間からうっすら漏れる血に気付き、竜之介は慌てて駆け寄った。
【ヤバい、矢が!】
『大丈夫!ちょっと包丁の刃が…』
ウソにも程がある。
竜之介は縁側に干してあった手拭いを取り、おるうの傷の手当を試みた。
【大丈夫。顔洗ってくるから】
竜之介に背中を向けずに桶に向かった。
後退りの途中、さりげなく矢をかまどに放り込んだ。
傷に冷水がやけに凍みた。
【いっつ〜。顔に傷ついちゃったら下手に動けないじゃない!!どうしよう…】
水面に映る自分の顔に心の中で問い掛けた。
戻ると竜之介の姿は消えていた。
『竜之介?』
呼んでも捜してもいなかった。
【どこいったのかしら】
外に出て見たかったが、念の為諦める。
まださっきおるうを狙った人物がいるかも知れないからだ。
とりあえず支度を続けるコトにした。
竜之介が薬屋にいたトコロにちょうど颯太が通り掛かった。
「何だよ竜之介」
颯太の声に気付いた竜之介は物々しい形相で話した。
「バカ!何で1人にすんだよ!!まだ近くに刺客がいるかも知れねぇだろ」
颯太のコトバに竜之介は唖然とするしか無かった。
「おるう!」
血相を変えた颯太が騒々しくも帰ってきた。
『お帰り!』
何事も無かったかのように平静を装うおるう。
「大丈夫か?」
すごい剣幕でおるうに駆け寄った。
傷が痛々しかった。
「今、竜之介が軟膏持ってくるからな」
必死の形相の颯太におるうは思わず吹き出して微笑んだ。
『大袈裟ね』
目にはうっすら涙がにじんでいた。
「おるう!」
間もなく竜之介も帰ってきた。
いつの間にか外はうっすら暗くなっていた。
竜之介はまだ“あのコトに気付いていない”コトを颯太から聞き、おるうは安心した。
「おるう、しばらく外に出られないなぁ」
食事しながら。
「オレ、しばらく付いてるよ」
竜之介とは思えない程の実に思い切った発言に颯太は驚いた。
が、瞬時に思った。
【下手に動かれるよりは竜之介が知らずにすむから良いか。】
「おう!そうだな。オレ1人で頑張るよ」
『ダメよ、こもってたって解決にはならないわ。さっきの刺客を突き止めないと!』
何ともおるうらしい発言だった。
『側に誰かいるコトが知られたら相手だって警戒するし、そもそもアンタ達がアタシの周りにいたらアンタ達だって危ないわよ』
「そっか。そうだね!。
神妙な顔で竜之介は納得したが、颯太はそうじゃなかった。
【ぁんだよ、竜之介の一世一代の勇気だったろうに…。】
ところが、颯太は内心ホッとしていた。
【ん?オレ、何ホッとしてんだ?】
自分でも分からなかった。
「じゃ、しばらくお城の内偵は休止だね」
竜之介が決意したように言った。
「あ、…あぁ」
颯太には何処と無く竜之介が大きく見えた。
唖然として返事にもためらいが出てしまっていた。
『華蝶楓月の存在まで露呈しかねないから。十分注意しないと』
おるうの発言に、一瞬にして緊張した空気が流れた。
「じゃ、あの作戦は延期…だな?」
心無しか、顔がほころんでいる颯太。
ポカンとする竜之介。
「あの作戦?…」
『仕方無いわね。せっかく決行寸前だったのに!』
颯太とは反対に、おるうは物凄く悔しそうだった。
『あっ!!代わりに颯太やってよ!!!・・・いゃ、竜之介の方がいいかしら。』
「えぇぇぇぇぇ?????」
颯太は叫びすぎて叫んだ後咳き込んでしまった。
が、きょとんとする竜之介の顔を改めて見てみると、確かに竜之介の方が似合いそうだった。
骨格と言い、顎の線と言い、申し分無かった。
「良いかもな」
腕組みをして頷く颯太に依然として竜之介はポカンとしている。
『じゃ明日、決行ね!』
満足そうな表情のおるうは竜之介の肩をポンと1つ叩いた。
『よろしくね』
竜之介はこの時、おるうの笑顔の意味が分からなかった。
が、とりあえず返事はしてしまうのだった。
1日だけの、“花魁竜之介”の誕生が決定した---