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見つめていたい

翌朝おるうのもとに巾着を届けたのは、天太ではなく竜之介と颯太だった。


颯太が天太から強引に巾着を預かったのだ。


『おはよう、こんな早くにどうしたの?』


おるうはまさか竜之介と颯太が天太の代わりに来ているとは思わず、きょとんとしている。


「これ…」


渋い顔のまま竜之介がおるうに差し出した。


おるうの顔がひきつる。


「中、入んぞ」


固まるおるうの横を颯太がすり抜けた。


おるうが呆然としながら巾着を受け取ったのを確認した竜之介もおるうの横を通り過ぎた。


『どういうコト?』


おるうも後から中に入る。


「こっちが聞きてぇよ」


ふてくされ気味の颯太。


慌てて仲裁する竜之介。


「吉原で偶然天太と会ったんだよ。颯太が気になるコトがあるからって行ったらホントに偶然」


おどおどしている竜之介。


「内偵中に早坂の名前が出てな。早坂を調べてたら吉原に通じてるって言うから行って見たんだよ」


ぶっきらぼうに颯太が答えた。


「おるうは?」


様子を伺うように竜之介が尋ねる。


『昨日たまたま天太に会って、そこで夏伊の話を聞いたのよ。幕閣の間で夏伊が評判だって。たまらず天太に遣いに行ってもらったのよ』


颯太の態度に納得がいかないおるうもぶっきらぼうに答える。


3人の間に異様な雰囲気が漂う。


「そうじゃねぇだろ。んなこた分かってるよ」


背中を向けたままの颯太。


声が荒くなる。


「颯太!」


竜之介が制止する。


「夏伊って花魁と知り合いなんだね」


ひきつり笑いでやんわりと言う竜之介。


『そうよ!?寺で一緒に育った仲間よ。たまに夏伊のトコの番頭さんを通じて連絡を取り合ってるの』


おるうのコトバに竜之介と颯太は目を丸くした。


「2人とも何か分かったんでしょ?ホラ会議しよ」


明るく努める竜之介。


「オレは…、」


コトバにつまる颯太。


その間おるうは夏伊からの文を読んでいた。


『アタシは夏伊にとりあえず情報収集を頼んだわ。幕閣が一番乗りを競う程の高嶺の華の夏伊なら簡単に聞き出せそうだから。もちろん華蝶楓月のコトは出してないわ』


「颯太は?」


依然、仲裁役の竜之介。


「あっ、えっ…」


なぜかしどろもどろ。


「すまん、分からなかった」


とても言いづらそうに呟いた。


実は颯太は嘘をついているのだ。


分からなかったワケでは無かった。


言えないのだ。


竜之介にも話していない。


と、言うより竜之介には話せなかった。


おるうは颯太の様子から異変を感じ取っていた。


それがはっきり何かは気付いてはいないようだが。




「じゃ、オレ行くワ」


竜之介が立ち上がった。


『よろしくね!』


おるうも立ち上がり、竜之介を見送りに出た。


颯太はしかめっ面のまま立とうとしない。


「颯太?」


振り返り、竜之介が声を掛ける。


「あ、…あぁ。ちょっと天太のトコロに寄ってから行くワ。また後で」


考えこんでいた颯太がとっさに答えた。


「じゃな」


何食わぬ振りで竜之介は出ていった。


『行ってらっしゃい!』


竜之介を見送り戻ってきたおるうに颯太は低い声で切り出した。


「あのさぁ…」


おるうは一瞬にして感じた。


“竜之介には言えないコトがある?”


と。


何も言わずおるうは颯太の前に座った。


「水戸が‥‥」


うつ向いたままか細いこえの颯太。


こんな颯太は今までに見たコトが無かった。


「目付の早坂は、志摩の方様の側近の今林の遣いで…」


また言うのを止める颯太。


『志摩の方様?』


おるうを狙っている側室のうちの1人だ。


しばらく沈黙が続く。


「早坂は今林の遣いで、どうやら水戸と結託してオマエを狙ってるようだ」


おるうは絶句した。


またしばしの沈黙。


「どうやら竜之介と…」


また沈黙。


おるうは察した。


『竜之介とアタシを夫婦にしようって?』


低い声で尋ねた。


颯太は小さく頷く。


おるうは小さく溜め息をついた。


『天下一ね、ソレ』


失笑するおるう。


『ちょっと思い付いたわアタシ。作戦変更ね』


おるうは言った。


唖然とする颯太。


『内偵で幕閣の吉原の件、もっと詳しく、いつ誰が行くかとか調べといて』


「あ?あ、…あぁ」


ワケが分からぬまま、颯太は言われるがまま内偵に向かった。


“『竜之介の耳に入るのも時間の問題よね…。竜之介は八重の方様周りだけに回ってもらった方がいいわね』”


おるうの家を出る間際におるうと話し合った結果、そう決まった。


竜之介は家族と直接面会してきただけに、このコトを聞いたらひどく動揺するだろうという2人の配慮だ。


その頃、城内の竜之介---


【オレも何か有力情報入手出来ねぇかなぁ】


颯太が情報を掴んで帰ってきたコトに、少しだけ嫉妬してしまっていた。


【まあ、焦ったって良くないし。平常心平常心!】


自分に言い聞かせて内偵を続けた。


まさか自分の実の親が実は今回の任務に絡んでいるとも知らずに.....




『あれ?竜之介』


寺子屋の授業の合間、おるうが畑の世話をしていると竜之介がやって来た。


「竜之介兄ちゃん!」


気付いたコドモ達が竜之介に駆け寄ってきた。


『お疲れ様!』


おるうは竜之介の姿をみてどことなく胸が痛かった。


【水戸の竜之介のご両親がアタシを竜之介の嫁に…】


そのコトを考えずにはいられなかったからだ。


竜之介に特別な感情を抱いているワケでは無い。


かと言って颯太にそう言う感情を抱いているワケでも無かった。


むしろ2人に対してはそんな感情は一切持っていなかった。


あくまでも義理とは言え兄弟として、同じ志を持つ仲間としてしか2人のコトをみていなかったからだ。





その頃、1人大奥の颯太もまた、複雑な感情に襲われていた。


以前の竜之介の態度を思い出して…。


軽い気持ちで言った颯太のコトバにひどく動揺していた竜之介。


【やっぱりアイツ、おるうのコト・・・】


そう思うと、どういうワケか颯太まで胸が傷んでしまっていた。


“「オレかオマエがおるうと夫婦になるとかな」”


【まさかアイツがあんなに動揺するなんて思わなかったからあんなコト言っちまったけど、オレ、何であんなコト言っちまったんだろう…】


今更ながら己の発言を悔やむ颯太だった。


【それにしてもおるう、あんな事実聞かされた後でも平然としていられんだから大したもんだよなぁ。しかも何か思い付いてるし】


竜之介に対してもおるうに対しても言い様のない思いを感じてしまっていた。



数日後、おるうと颯太は2人だけで茶室にいた。


夏伊を狙っている幕閣の人間数人のうち、おるうを狙っている側室の志摩の方の側近の今林、八重の方の側近の近藤が両方いるコトを颯太の内偵と夏伊の情報収集で突き止めたコトを受け、作戦実行の打ち合わせを行っていた。


もちろん、竜之介には知らせていない。


「竜之介は?」


『今日はお城のハズよ。多分大丈夫よ』


2人は竜之介の耳に、今回の任務に竜之介の実家が絡んでいるコトが入らないコトを願っていた。


“竜之介のコトだから知ったら大変なコトになる”


と、気を揉んで仕方無いのだ。


『夏伊には天太を通して伝えてあるわ。颯太は屋根裏で待機していてね』


紙には夏伊の遊女屋の見取図と今林と近藤の名が書かれている。


「しかしおるう、本気でやんのか?」


乗り気じゃない颯太。


『不満?』


含み笑いのおるう。


「いゃあ…、なぁ…」


煮え切らない颯太。


無理もなかった。


いくら任務とは言えおるうのそんな姿を見たくはなかったからだ。


『アタシはかなり楽しみよ!こんな事、したくたって出来る事じゃないもん!』


颯太とは対照的に興奮気味の颯太。


「しかし良く許可取れたよな。やっぱりおるうの人脈は任務遂行の武器になるよな」


一転、感心する颯太。


本来なら今回のこの作戦は出来るハズのない作戦だ。


遊女屋にも顔の利くおるうにしか出来ない業だろう。


『アタシだって日頃の行動がこんな形で役に立つなんて思ってないわよぉ』


浮かれ気味に鏡で自分の顔を見てばかりのおるうに颯太はしかめっ面で凝視していた。


「上様やお方様が見たらどう思うコトか・・・。」


この期に及んでまだ割り切れない颯太におるうはガツンと言い放った。


『何なのよさっきからハッキリしないわねぇ!大体何でアンタがそんなにハッキリしないのよ』


初めてじゃないとは言え、何度経験してもおるうのこの迫力には男の颯太も怯えてしまわずにはいられなかった。


【確かにオレ、何でこんなにモヤモヤしてんだろう。…いや、当たり前だよ。】


颯太は颯太で、煮え切らない自分自身の葛藤と闘っていた。






その頃お城の竜之介---


「任務は順調に進んでおります。」


「左様か。そなた達の事、無事に遂行してくれると信じておる」


稽古を終え、上様と篠矢に報告中の竜之介。


「近頃、水戸の竜之介の父上からしきりに竜之介の婚儀の話を持ち掛けられて困っておる」


竜之介は絶句して心臓が強く揺れ動きそのまま硬直した。


「なぜワシに申すのか分からぬがな」


上様の眉間にはシワが寄っていた。


「今別の者に調べさせておりますが不穏な気がしてなりません」


篠矢も神妙な面持ち。


竜之介の脳裏にはおるうと颯太の顔が浮かんでいた。


「想う者はおるのか?」


上様の突飛もない発言に激しく動揺する竜之介。


「おりません!」


強く反論してしまった。


脳裏にはおるうの顔を浮かべたままで。


「も…、申し訳ありません!」


上様と篠矢は顔を見合せてほくそ笑みを浮かべていた。


竜之介は動揺し過ぎて水戸の実父の狙いに気付く事など出来ないでいた。























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