百花繚乱
明け方、上様から託された文を基に作戦会議を行い、この日は解散した。
数時間仮眠を取り3人は各々動き始めた。
おるうは人脈を活かして城下担当、
颯太は忍の業を活かして大奥担当、
竜之介は城内に詳しいと言うコトで城内担当。
それぞれの特性を活かした配置が吉と出るか凶と出るかは、神のみぞ知る。
上様の文によると、おるうの存在を探っているのは2人のお方様とその側近と何人かの年寄や目付達。
いずれも年頃の男子を持つお方様だ。
「そんなにてっぺん取りたいのか?」
ある日の茶室で颯太が呟いた。
『そりゃせっかく上様のお血筋を継いでる以上、お世継ぎにって思うのは母として当然なんじゃない?』
呆れ気味に答えたのはおるう。
「そんなもんか」
何日か大奥に潜入して、床下や天井裏からではあるが大奥の裏側を見てしまっている颯太は半ばうんざり。
「幕閣にいる人間も同じだ。手が届きそうでなかなか届かないのがてっぺんだろ。だからこそ何をしてでも手に入れたいのが人間の欲ってもんだろ」
竜之介の発言に颯太は唖然とした。
颯太からしてみれば竜之介の発言とは思えなかったからだ。
竜之介も、竜之介なりに任務を遂行していく中で感じるモノがあるのだろう。
毎日城に潜入して、いろんな情報を入手するうちに竜之介なりの考えも出てきたのだ。
御鈴廊下で隔てられているハズの大奥と、幕閣の人間達がそれぞれの思惑の下に想いは違えど同じ目的で結託する。
「オレや竜之介も、養子や里子に出されなかったら今頃大人達の汚い考えに振り回されてたんだろうな」
空を仰いで颯太が言った。
『その分、華蝶楓月頑張んないとね!』
凹み気味の2人に、いつも通りの調子でおるうが喝を入れに来た。
今回の任務で一番辛いのはおるうのハズ。
そのおるうが自分より明るく振る舞っているのに自分が落ち込んでいてどうするんだ!
竜之介と颯太はそれぞれに強く思うのだった。
と同時に、今更ながらおるうの強さに恐れ入るのだった。
ある日の任務中---
颯太と竜之介が城内で落ち合っている途中、突然颯太が身を臥せた。
竜之介も合わせる。
険しい顔の颯太に戸惑う竜之介。
とりあえず気配を消してみる。
どのくらいの時間が経ったのか。
恐らく時間にするとほんの僅かな時間だったに違いない。
だが恐ろしい程の長い時間に思えた。
「城内には忍やそれに似た輩がうようよいるんだな。オレの場合知った顔とかもいそうだな。用心しないとな」
小声で話す颯太。
「えっ?」
驚く竜之介。
「竜之介も気を付けろよ。今も感じた。オマエが感じなくても向こうに感じられたらマズイからな」
竜之介は悪寒が走った。
「あ、あぁ」
怯む竜之介だった。
「おっ!お嬢!!」
おるうが町を歩いていると今日も声を掛けられた。
今日は親方だった。
後ろには何人もの弟子がいた。
もちろん天太の姿もあった。
『お疲れ様!!今帰り?』
「あぁ。今お城に行ってんだ」
おるうの胸が一瞬激しく揺れた。
【お城?】
気持ちとは裏腹に冷静を装い何気無く尋ねる。
「あぁ。補修でな。と行ってもお堀だけどな」
【お堀か…。】
安堵半分、がっかり半分。
「じゃな!」
何の疑いもなく親方は去っていった。
「今日は兄貴達は?」
去っていく親方達とは別に1人天太は残っていた。
『行かなくてイイの?』
「あぁ。終わったからな。ちょっとなら平気だよ。おいら買い出しもあるし」
『兄貴達は?って年がら年中一緒なワケでは無いわよ。お城の仕事はどう?』
おるうは然り気無く情報を聞き出そうと天太を誘い出した。
外はすっかり暗くなっていた。
2人で帰路につく途中、竜之介がふと切り出した。
「颯太もオレも、上様の養子にならなかったら3人が集まるコトって無かったんだな」
「何言ってんだ?藪から棒に。違う形で出逢うコトはあったんじゃねえの?オレか竜之介がおるうと夫婦になるとかな」
軽い気持ちで言う颯太に、竜之介は取り乱した。
慌てふためく竜之介に颯太は引き気味。
「何だ?オマエ、もしかしてお嬢のコト惚れてんの?」
これまた軽く冗談のつもりで言ったハズが余計あたふたする竜之介に、颯太は察してしまった。
「そーなのか?」
「違っ!んなワケ無いだろぅが!」
竜之介は明らかに動揺している。
「惚れんのも無理無いけどさ、アイツはあくまでも同志なんだぞ?しかも血の繋がりは薄いにしてもれっきとした兄弟なんだぞ?ダメダメ!!」
竜之介は何も言い返せなかった。
「遊廓にでも行くか?」
「はぁ??」
一気に冷や汗の竜之介をヨソに、竜之介の手を引いて足早に歩き出した。
「颯太!!」
颯太の手を振り払い立ち止まった竜之介は叫んだ。
「何言ってんだよ!」
竜之介の顔は真っ赤だ。
「ばぁっか!!任務だよ!」
真顔で答える颯太に拍子抜けの竜之介。
「へっ?」
“キツネにつままれた顔”とはまさに今の竜之介の表情のコトを言うのだろう。
「ちょっと気になるコトがあってな」
ワケがありそうな颯太の顔つきに竜之介は信じるしか無かった。
任務とは言え、やはり遊廓の異様な華やかさにただただ目を見張る竜之介。
「オマエ、早坂って目付知ってるか?」
颯太は耳元で囁いた。
視線はしっかり遊女に釘付けで。
「あぁ。早坂様が出没するのか?」
一気に動揺する。
早坂に見付かったらマズいからだ。
挙動不審に陥る竜之介。
「バカ!余計怪しいよ」
然り気無く颯太はある路地裏に入った。
そこから屋根づたいに移動始めた。
竜之介は付いて行きながらも内心は心臓がバクバクしている。
暗い市中を屋根づたいに移動するコトはあるモノの、明るく賑やかな遊女街の屋根づたいに移動など、肝が冷えるくらいドキドキしている。
「誰が好き好んでこの街で上を見んだよ」
ある場所で止まり、颯太が言った。
「そっか…」
【確かに】
竜之介は納得した。
ましてや2人の装束は真っ黒。
目だけ出ていて後は黒で覆われている。
上に着ていた着物も濃紺を基調とした、上様から頂いた着物だ。
「オマエはココに居ろ。オレは向かいに行くから。早坂が現れたら合図しろ」
そう言って颯太は居なくなった。
竜之介がたじろぐ間に、あっと言う間に颯太は向かいの屋根に移動していた。
【落ち着けオレ!】
何度も言い聞かせて気を集中させる竜之介の目に徐にあるモノが映った。
早坂だった。
必死に目で颯太に合図する。
颯太は着物を着てすかさず下に降り、竜之介と目で合図しながら早坂の後を追った。
竜之介は着物を着て頭巾を取り、さっきの路地裏に戻った。
「兄貴ぃ!」
大通りから天太がやって来た。
まさに度肝を抜かれた竜之介。
「おまっ…」
気が動転し過ぎてコトバが出ない。
「お嬢がさぁ、」
【へっっっ?おるうが?何だって???】
天太のコトバに面食らった竜之介。
天太にコトの経緯を説明された竜之介。
おるうに仕事のコトを聞かれた天太は、仕事の休憩中に聞いた話をおるうに話した。
家臣達が廊下を往来している時に聞こえて来た話だった。
“「幕閣の方々でも吉原に行くらしいぞ」”
“「何でも“夏伊”って遊女が幕閣の方々の間で評判らしい。これがなかなか馴染みにしてくれないらしくて、誰が今一番に馴染みになるかで競ってるらしいぞ」”
家臣達は天太達に聞こえているコトなど気付くハズも無い。
聞こえているコトが分かったら家臣達も声を潜めるハズだ。
「そしたらお嬢に、“夏伊って遊女に渡してくれ”って頼まれたんだ」
そう言って手に持っていた巾着を見せた。
「おるうが?」
「あぁ。ただ、客がいたら困るから、何とか初会にこぎつけて、何も言わずにコレ渡せって。金もくれたよ。しかもオレみたいな若造が行っても門前払い喰らうだろうからって、“芝原”って番頭を訪ねろってまで教えてくれたよ。さすがお嬢だよな、遊郭にまで顔が利くなんてさ。」
得意気に話す天太。
竜之介は驚いていた。
2人で芝原と言う番頭を訪ねると、驚きながらもある部屋に通してくれた。
天太は好奇心で目がキラキラしていて、竜之介は戸惑いでドキドキしている。
しばらくすると襖越しに声が聞こえた。
「あちきに何の様でありんすか?」
竜之介の心臓は飛び出しそうだった。
「お嬢から預かって来た巾着を受け取ってもらいたい。お嬢に叱られちまう」
「お嬢?」
怪訝そうに聞き返す夏伊。
「おるう…」
襖越しに小声で竜之介が答えた。
「おるう!?」
襖が開き、間からスッと手が伸びてきた。
天太が巾着を渡すと
「待ってておくんなんし」
夏伊はそう言うと襖を閉めた。
竜之介と天太は顔を見合わせた。
「巾着の中身って何なんだ?」
声を潜めて天太が竜之介に尋ねた。
「オマエが知らなきゃオレが知るワケネェだろ!」
竜之介も静かに反論。
「だいたい夏伊とおるうの関係も知らないし!!」
何処と無く声が荒くなる竜之介。
しばらくすると再び襖が開いた。
「名前は?」
夏伊の声がした。
「天太と竜之介」
嬉々としている天太の声。
「天太殿、竜之介殿、おるうにコレを渡しておくんなんし」
さっきとは別の巾着が差し出された。
するとまた襖が閉まった。
「おさらばえ」
「えっ?」
動揺する天太。
どうやら夏伊は去って行ったようだ。
巾着を受け取るより先に動揺する天太の代わりに、竜之介が巾着を受け取って立ち上がった。
「行くぞ天太」
呆然とする天太の手を掴んで竜之介は外に出た。
門の入口に颯太が立っていた。
「天太!?」
颯太がすっとんきょうな声を上げた。
「兄貴ぃ!」
2人は駆け寄ってなぜか喜び合うが…、
竜之介は2人に構わず歩き続けた。
3人が帰路に着いた頃にはすっかり夜が更けていた。




