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見上げてごらん夜空の星を

篠矢の提案はかなり功を奏した。


あれから竜之介は寺に通うようになり、子供達からもだいぶ信頼されるようになっていた。


一番驚くべきは、竜之介の表情から憂いや戸惑いが消えたコトだった。


コレにはおるうも颯太も驚きを隠せないでいた。


かと言って2人は竜之介の憂いや戸惑いを察知していたワケでは無かったが、明らかに以前とは違うコトには気付いていた。


「竜之介、明るくなったよなぁ」


『アタシも思ってた。今なんかアタシより子供達に慕われてんのよ。嫉妬しちゃうわぁ』


笑いながら茶屋のイスに座って話す2人。


今日は竜之介は登城の日だ。


いつものように竜之介を見送った後で2人で一服していた。


「おっ!お嬢」


おるうが市中にいると度々誰かしらから声をかけられる。


たいていは年上の男性。


ほとんどが元スリだ。


みんな気さくに声を掛けていく。


おるうもまた、何の躊躇いもなく返す。


『こんにちは。久しぶり!』


毎度のコトながら呆気に取られてしまう。


大工に飛脚、瓦版の版元、目明しなど多種多様。


そんなおるうが元スリの面倒を見るようになったあるきっかけとも言える事件がある。


『ちょっと行きたいトコロがあるんだけど…』


お茶を飲み干してスッと立ち上がったおるう。


「ん?あっ、あぁ」


おるうはスタスタと歩き続け野菊を摘んである河岸に着いた。


たくさんの墓石の中で小さな石が1つ並んでいた。


その前で立ち止まり野菊を手向け、そっと目を閉じ静かに手を合わせた。


ワケが分からないままつられて颯太も手を合わせる。


『アタシが、スリを逃がすきっかけになったのがこのコなの』


今まで見たコトの無い、寂しげでどこか物憂げなおるうの表情に颯太はどこかしら胸が締め付けられる想いだった。


2人は川沿いに移動した。


『初めてスリを目撃した時は血気盛んになっちゃって、奉行所にしょっぴこうと思った』


川の流れを見つめたままおるうは話し始めた。


『その時は20代前半の殿方で。“息子が病なんだ”って言うのもお構いなしで強引に連れて行こうとしたわ。そしたら小さな男の子が後ろにぴったりくっついてたの。アタシ、全然気付かなくて』


おるうの表情に目を向けたまま、じっと話を聞き続ける颯太。


『すんごい脅えるような目でアタシを見てたの。あの目は今も忘れない』


少しの沈黙が流れる。


『その男の子、蒼白な顔してたからとりあえずはその男から盗ったものを返してもらったダケでその場は済ませたわ。』


依然颯太は黙ったまま。


『しばらくしたらその後父親が捕まったって聞いて、その後偶然そのコが亡くなったコトを知って。今日が命日なんだ。毎年来るようにしてるの。父親は流されてどこか判らないからって川沿いにお墓を立てたんだって』


今にも泣き出しそうなおるうを見て颯太はコトバを詰まらせた。


『そこからなんだよね、お上に突き上げるコトをしないのも面倒をみるのも』


無理な笑顔を見せるおるうに益々胸が締め付けられる想いだった。




その頃、江戸城-----


今日は上様と篠矢だけでなく、お方様も一緒だった。


「おるうの母です」


品のある、燐とした、また温かさを感じる、何処と無くおるうを思わせる雰囲気のお方様についつい見とれてしまった。


「おるう…様は実に女子とは思えぬ度胸の良さで我々を引っ張って下さっています」


たどたどしく話す竜之介に上様も篠矢もお方様もクスッと笑う。


「また、お方様に似て大変温かく母のように我々を包んで下さり、かなり救われております」


おるうを想いながら話す。


「そうですか。それは実に喜ばしい限りです」


安堵の表情を見せた後、お方様はとんでもないコトを言い出した。


「実は…、」


お方様が竜之介の方に歩み寄り耳元で話し始めた。


「おるうがある人間に狙われていると言う情報が私の耳に入っております」


竜之介は息を呑んだ。


「狙われていると言っても命ではありません。我々の弱味を握り、我が子を次期将軍のお墨付きを頂こうと、大奥で黒い影が蠢いているのです」


血の気が一気に引く。


「お墨付きって・・・、次期将軍はもう決まってるんじゃ」


無礼なコトとは承知で、口を出さずにはいられなかった。


「決まってはおりましても、やはり上様のお子である以上、我が子を将軍にと母ならばお思いになられるんでしょう」


篠矢が説明した。


「そんな・・・」


呆然としてしまう。


「我々が動いても余計墓穴を掘るだけだ。動いている人間はココに記してある。と言うコトでこの者達の動きを探りながらおるうを守って欲しい」


一通の文と共に今回の依頼が言い渡された。


何とも言えない複雑な気持ちを抱えたままの竜之介。


とりあえず竜之介と相談する為に足早に城を出た。


出て間も無くしたトコロでいつものように笑顔の2人がいた。


「お疲れさん」

『お疲れ様!』


竜之介の胸が痛んだ。


「どうした?」


竜之介はどうやら顔に出てしまっているようだ。


竜之介は近くの川に2人を誘った。


「指令だ」


緊張した空気が漂う。


『茶室に行く?』


と、おるう。


「そうだよ、ここじゃ」


焦る颯太。


竜之介は大きく深呼吸。


「おるうが、、、」


意を決して話し始めたつもりが、コトバに詰まってしまった。


もう一度大きく深呼吸して再び話し始める。


「お世継ぎのお墨付きの為の道具にされている」


おるうはコトバを失い、颯太は激昂。


「どういうコトだよ!!」


2人ともかなり動揺しているようだ。


ココなら川のせせらぎの音で多少の会話は掻き消される。


茶室に行くまでの時間が竜之介としては勿体無く感じる。


この為竜之介は川岸に2人を誘った。


見当が付くのか、おるうは黙ったままだ。


颯太だけが興奮している。


「何でお嬢が関係あんだよ!関係ねぇだろぅが!」


『大奥なんてそんなトコよ。我が子の為なら何だって出来ちゃうのよ』


おるうが小さな声で話し始めた。


竜之介も颯太もすかさずおるうに目を向ける。


『差し詰上様の弱味を握って自分の子にお墨付きを付けさせようって魂胆なんでしょ』


吐き捨てるようにおるうが言った。


「そっくりそのままおるうの言う通りだ」


苦虫を潰したような顔の竜之介。


すると颯太は突然立ち上がり石を拾い上げ川面に向かって力強く投げた。


「面倒くさっ」


おるうも竜之介も何も言い返せなかった。


その後はいつものようにおるうの家で夕食を摂ったが、3人ともコトバ少なになってしまっていた。


「コレ、お方様から」


食事が終わったトコロで、竜之介が一通の書をおるうに差し出した。


気遣う竜之介が颯太を誘い片付けを始めた。


おるうは縁側に出た。


「お方様って、お嬢の母上様か?」


おるうを気にしながら小声で颯太が尋ねる。


「ああ。いかにもおるうの母上様って雰囲気の、お美しくて燐とされていて強さが垣間見える、温かい奥方様だったよ」


竜之介も小声で答える。


「考えてみりゃお嬢も母上様と離れ離れなんだよな。普段のおるうからは全然感じられないけど」


ぽつりと竜之介が呟いた。


「あぁ」


竜之介も一言、答える。


「でもさぁ、そー言うゴタゴタにお嬢を巻き込みたくないから城を出したんだろ?徳川を護る為に城を出されたんだろ??何のためにお嬢は1人で頑張って来たんだよ!」


再び興奮し出す颯太。


「しっ!」


竜之介は興奮する颯太を叱責した。


そぉっと振り向きおるうの様子を伺う。


おるうは空を見上げていた。


泣いていた跡も見られる。


『母上、お元気だった?』


空を見上げたままのおるうは涙声だった。


「あぁ」


竜之介は微笑んで頷いた。


「母上様、何て?」


思い切って聞く颯太。


『城下にいるのに城内のコトに巻き込んで申し訳ないって』


おるうの表情は見えないが、おるうの強さは感じられた。


しばらく3人で縁側で夜空を眺めていた。


『空って凄いよね』


おるうの切り出しに、竜之介が続く。


「オレもこの前、天太に教えられた。」


「えっ?」


つい颯太は竜之介を見た。


「天太がそんなコトを?」


颯太は天太の意外な一面を見た気がした。


「アイツ、なかなか風情のあるコト言うじゃねぇかよ。オレ、夜空は今までに何度か見たけど何だか今日は違う空に見えるな」


颯太がしみじみ言った。




この夜は一晩中、夜が明けるまで3人で夜空を眺めていた。


明日からの任務に備えて。























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