街
4人は近くの茶屋のイスに腰掛けた。
たびたび立ち寄る茶屋だ。
少なくとも颯太とおるうはすっかり顔馴染みになっていた。
「毎度!!」
店の看板娘もすっかり2人を憶えているようだ。
「3人、仲良いね」
気さくに声を掛けてきた。
竜之介はドキッとした。
“3人”に反応したのだ。
「オレも?」
竜之介はとっさに問い掛けた。
驚いた顔をしていた。
ふと竜之介の顔を見たおるうは首を傾げていた。
颯太と天太が話に華が咲く中、竜之介はほくそ笑んでいた。
自分も入れての“3人”が、とてつもなく嬉しくてたまらないのだ。
竜之介の表情はしばらくほころんでいた。
おるうはそんな竜之介の様子が気になりながらもとりあえず黙って見守るコトにした。
穏やかな空気が流れる竜之介とおるうとは真逆に、颯太と天太は興奮状態で話し続けている。
天太も伊賀に居たコトがあり、天太が十の時に伊賀を離れた。
天太は颯太の一つ下で、颯太とは常に一緒にいて颯太を兄と慕っていた。
正に4年振りの、“運命の再会”だった。
「お嬢と兄妹?そうなのか!?じゃ、兄貴からも頼んでくれよ」
天太が両手を合わせて颯太に懇願する。
颯太は唖然としている。
「何を?で、何でおるうがお嬢なんだ?」
おるうは慌てて2人に割り込んだ。
「良いから!帰るよ」
勢い良く立ち上がる。
天太がスリを働いたコトを颯太に知られたくないおるうの気遣いだった。
決して自分のコトを言われるのが恥ずかしいからなワケでも、弟子入りを断りきれないからでも無い。
気まずそうな天太。
と、その時おるうが突然人混みの中へ走り出した。
「来たっ!!」
興奮状態の天太。
竜之介と颯太はそんな天太とおるうの方を交互に見ている。
竜之介と颯太はおるうの後を追った。
「まさか颯天嬢に捕まっちまうとはな」
悔しそうに顔を歪ませるスリの男。
「颯天…、嬢??」
きょとんとして顔を見合わせる竜之介と颯太。
男が居なくなったのを見て天太が駆け寄ってきた。
「いゃぁ、ウワサには聞いてたけどやっぱすげぇなぁお嬢は!」
本人とおるうからしてみれば白々しい天太の発言。
「何が?」
不思議そうな竜之介と颯太はおるうを凝視。
「聞いた話ではお嬢はスリ連中の間ではかなりの有名人らしいぞ?“颯天嬢”って呼ばれてるらしい。まさかこの目で現場を見れるなんて幸運だよ」
平静を装っているモノの、内心はかなりドキドキな天太。
颯太と竜之介は感心しきり。
「スリの瞬間を目撃するだけじゃなく、盗ったモノの色なんかも見えちまうらしいよ。だから颯天嬢。いやぁ〜、あっぱれだよな」
おるうは苦笑いになった。
竜之介も颯太もとにかく話に感心していて、天太の様子に全く気付いていない。
「それすげぇだろうが!冗談じゃねぇぞ!?」
颯太の目が飛び出しそうな程に驚いている。
「そうだぞ?おるう!下手すりゃ一番の武器かも!!」
竜之介まで大興奮。
「何が?」
すかさず天太が突っ込む。
「何でもねぇよ。じゃな、天太」
颯太が然り気無く交わそうとしたが・・・
「冷たいコト言わないでくれよ!そりゃ無いよ兄貴ぃ」
『はぁ?』(←おるう)
「あぁ?」(←颯太)
「えっ!」(←竜之介)
3人全員眉をつり上げた。
「えっ…」
3人が3人同じ表情なだけに天太は後退りしてしまった。
「オイラ、宿無しなんだよ」
【ちょっと待てよ…】
3人全員同じ思いだった。
「悪ぃ天太!オレら全員居候なんだわ。【ウソですけど!】」
とっさの颯太の機転に竜之介もおるうも心の中で拍手した。
「【よっしゃ颯太!】申し訳ない!」(←竜之介)
『【颯太偉い!】ごめんね!』(←おるう)
3人とも手を合わせて頭を下げながら謝る。
もちろん手で見えないが表情はほくそ笑んでいる。
「そっかぁ。じゃ、またな…」
項垂れて去っていった。
寂しそうな天太の背中を見ながら3人は小声で言い合った。
『いくらなんでもアンタは避けちゃいけなかったんじゃないの?』(←おるう)
「どーすんだよ!」(←竜之介)
「んなコト言ったって一緒に住むワケにいかねぇだろうが!」
畳み掛けるように責め立てる2人にちょっとイラつく颯太。
「オレだって何とかしてやりてぇよ!」
颯太は吐き捨てて勢い良く逆方向に歩き出した。
「颯太!」
竜之介は颯太を追いかけた。
「先行ってて!」
そう叫ぶと何かを思い付いたおるうは大急ぎで天太の後を追った。
「おるう?」
困惑しながらも竜之介は颯太を追った。
『天太!』
とぼとぼ歩いていた天太に追い付くのは容易かった。
「お嬢。」
歩く姿とは一転、飛びきり嬉しそうな顔の天太。
『ちょっと付いてきて!』
そう言って天太の手を引き、ある場所へ向かった。
「さっきはありがとな」
照れ臭そうに天太が言う。
『何が?』
何とも思っていないおるうは聞き返す。
「うっかりあのままいったらオレがスリやったコト言いかねなかった時、ごまかしてくれて」
『そんなコト?』
おるうは全く気にしていなかった。
付いた先は一軒の建築現場だった。
『親方ぁ!』
おるうが声を掛けると1人の体格の良い、ちょっと強面な男性が現れた。
『お久し振りです!』
おるうはその男に途中で買ったお酒を差し出した。
「何だよお嬢!手土産なんざ申し訳無い。こいつは?」
【お嬢??】
呆気にとられる天太。
『天太。年は十四。腕っぷしは問題ないよ。宿無しって言うからさぁ、使いモンになるかわかんないけど、面倒見てもらっていいかなぁ…』
「えっ?」
いきなりの展開に事態を把握出来ていない天太は戸惑うばかり。
「お嬢の見立なら間違いねぇだろ。分かったよ、任しとけ!!」
『厳しいけど人の善さは天下一だから、安心しな!』
とおるうに言われても何一つ言われていない天太はおろおろする。
『親方も元々はアンタの大大先輩だったのよ。しばらく前に大工になって今じゃ棟梁様よ。この人なら大丈夫!面倒見てもらいな。せっかく颯太と再会出来て何一つ世話して上げられないのは申し訳無いからさ。アタシの弟子なんかより、こっちの方が何万倍も役に立つしね!」
自信たっぷりのおるうだった。
「お嬢…」
感無量の天太の目にはうっすら涙が浮かんでいた。
「仕事はとにかく厳しいがヨロシクな!」
「は…、はい!」
ためらいながらも天太も答えた。
安心しておるうはその場を後にして竜之介と颯太の元へ急いだ。
おるうは度々元スリの世話係も買って出る。
これまでにも親方のトコロ以外にも何ヶ所かに世話して貰っているのだ。
中にはおるうの通う寺に出家した者もいる。
おるうは“知る人ぞ知る”存在なのである。
『お待たせ!…あれ?』
急いで家に帰るとソコには置き手紙があった。
《竜之介の家にいる。》
息を切らしたままで、竜之介の家に急いだ。
「お帰り!主が居ないトコに居るのもなんだからって移動したよ。」
2人で夕飯支度をしているところだった。
着物の裾を捲りあげてカマドの火を焚いている竜之介が声を掛けてきた。
隣では竜之介が魚を捌いていた。
「どこ行ってたんだよ!!」
眉間にシワをよせる颯太。
『知り合いの棟梁のトコに天太を預けて来たよ。良いでしょ?』
「本当か?申し訳無い」
「おるう、やるねぇ」
アタマを下げる颯太と喜ぶ竜之介だった。
『気にしないで!弟子にしてくれってうるさいし』
おるうは照れ笑いで返した。
「オマエは何者なんだよ」
3人で食事中、笑いながら颯太が言い出した。
「本当だよ!凄いよね」
竜之介も同意。
『スリの現場目撃したからってお上には突き出さないんだ』
照れながら話し始める。
「はぁ?」
口にモノが入ったままの颯太。
『アタシみたいな小娘が言ったってスリ本人がやってないって言ったらアタシの信憑性なんてないだろうなってのがそもそもだったんだけど、アタシみたいな小娘に現場を抑えられたら足洗ってくれるかなって期待もあって』
「おるう…」
竜之介も颯太もコトバを失う。
『その代わり、落としたモノを拾ったコトにしたりとかして返しに行かせるの。だから足洗ってくれた人とかに知り合いが出来ちゃって、それが結構な人になってたりするのよ』
「へぇ」
深く感心する2人。
「それにしてもおるうのその能力は計り知れねぇぞ?そんなんが任務に就く自信が無かったなんて罰当たり極まりねぇよ、なぁ竜之介!?」
「ああ!、全くだ」
竜之介、即答。
「しかもその人脈だって、かなりの武器になる日が来るんじゃねぇの?こりゃひょっとしたらひょっとするかもな」
「あぁ」
またも竜之介、即答。
『そうなの??アタシ、自分が出来てるから全く特異だと思って無かったよ』
全く以てお気楽おるうである。
「ってコトはやっぱりオレが一番足手まといかぁ?」
1人で勝手に落ち込んでいる竜之介。
「またかよ竜之介!」
『そうだよ竜之介!何振り出しに戻ってんのよ!?』
おるうも颯太もさらっと笑い飛ばして食事を続けた。