終わらない明日へ
“華蝶楓月”結成から約十日が過ぎた。
3人の結束も実力も十日前とは比べ物にならない程に上がっていた。
公方様はそんな3人の様子を篠矢から聞いていた。
ある日の竜之介の登城の日---
今までは父と2人での登城だったが今日からは1人。
竜之介は心無しか落ち着かなかった。
「よっ!竜之介。」
出掛ける支度をしていた竜之介の元に颯太とおるうがやって来た。
「2人共仕事は?」
驚く竜之介に、颯太とおるうは満面の笑みを浮かべている。
「肝っ玉のちっさい竜之介のコトだ、1人の登城はさぞかしびびってんじゃないかと思ってさ」
赤面する竜之介。
『お見送りに来たの』
竜之介は嬉しくて笑みが溢れそうになるのを必死で堪え、口が歪んでしまっていた。
「正面突破でお城に入れんのはオマエだけなんだから!ちゃんとしろよ」
皮肉混じりの颯太のコトバも、竜之介は照れ笑いで返した。
“3人の代表”
そう思うと余計身が引き締まり、また違った意味で緊張する竜之介。
【仲間ってこんなにも良いモノだったのか】
竜之介は胸が熱くなる想いだった。
正直、いまだに“遅れを取った”と自責していた竜之介はまだ2人に僅かな距離感を抱いていた。
“自分は2人に合わせるだけで後は何歩か下がって傍観”的な感じでいた。
だが、今こうして2人が何も言わなくても自分のコトを案じて来てくれているコトに胸が熱くなると同時に、一線を引いていた自分が無性に情けなくも感じたのだった。
竜之介は途中まで2人に見送られ、1人意を決して城に向かった。
「1人で心細くは無かったか?」
上様に見事に指摘され、竜之介は笑みを浮かべ、凛とした顔で上様を見据えて答えた。
「3人の代表として参りました。途中まで2人が見送ってくれました」
上様も笑みが溢れる。
「そなた達の結束力は篠矢から聞いておる。真のようだな」
「正直、お恥ずかしながら先程までは2人に距離を置いておりました」
竜之介の思いがけない告白に篠矢も上様も一瞬戸惑いを見せた。
苦笑いで竜之介は続ける。
「一緒に郷へ帰郷したハズなのに颯太の方が自分より遠いのにもう帰ってきていて、しかもおるうと修練をしていて。遅れを取ったコトと2人が既に馴染んでいたコトで引目を感じてしまい、距離感を抱いておりました」
上様は優しく諭すような口調で話した。
「おるうも颯太も家族の中で育って来た竜之介と違い、親が無く、同世代達の中で育って来た。故におるうと颯太が打ち解けるのは訳も無いハズだ」
竜之介は上様のコトバに、強く衝撃を受けた。
「ましてや元々江戸に居たおるうや竜之介と違い、颯太は初めて伊賀を離れ、誰も知り合いの無い江戸に来て出来た初めての仲間がおるうと竜之介だ。さぞかし嬉しかったであろう。」
更に強い衝撃だった。
頭を鈍器で殴られたような気がした。
【オレが一番恵まれてたってワケか!?オレが一番弱い人間だったのか?】
「人は誰しも弱さや孤独を感じている。だからこそ強く生きようとする」
竜之介の胸を強く打った。
上様の穏やかすぎる自信と優しさに満ち溢れた表情に、竜之介は猛烈なまでの安心感を感じた。
篠矢は竜之介に微笑みながら優しく頷いていた。
城を出ると、塀に寄り掛かるおるうと竜之介の姿があった。
足を止めた竜之介の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「ご苦労さん」
『お疲れ様!!』
朝と同様、優しい笑顔の2人がいた。
溢れそうな涙を堪えるのが大変だった。
「あれ?あれれれ???」
竜之介の涙に気付いた颯太がわざとらしく茶化し出した。
空を見上げて涙を誤魔化す竜之介。
首を傾げるおるう。
竜之介は茶化す颯太を避けるようにわざと足早に歩き出した。
竜之介を追い掛け、颯太は追い付くと竜之介の肩に手を回してただ笑顔で合わせて歩いた。
そんな颯太に益々竜之介は胸が熱くなるのだった。
おるうもその少し後ろを黙って付いてきていた。
「お嬢ぉ!」
おるうはドキンとした。
イヤな予感がして、後ろを振り向けないでいた。
「お嬢ってば!」
颯太と竜之介も初めは気にならなかったが、再度声がしたので思わず後ろを振り返ると、しかめ面で足早に歩いてくるおるうがいた。
「お、…るう?」
困惑する颯太と竜之介。
おるうは無言で2人の横を通り過ぎ、おるうを追い掛ける男も通り過ぎる。
「もしかしてお嬢って・・・?」
竜之介と颯太は怪訝な顔で去っていくおるうを見ていた。
『しつこいわよ!』
やっと立ち止まりおるうは叫んだ。
男は天太だった。
「お嬢?おるうが??」
追い付いた竜之介と颯太。
颯太がすっとんきょうな声で尋ねた。
「・・・兄、、、貴?」
天太が颯太に向かって恐る恐る尋ねた。
『兄貴ぃ?』
目をつり上げるおるう。
おるうと全く同じ顔になっていた颯太は、天太の顔を良く良く見つめる。
挟まれた竜之介はきょとんとしている。
「天太ぁ?」
やっと口を開いた颯太は驚きの余り声が上ずった。
おるうの目が更につり上がる。
「兄貴ぃ!」
「天太ぁ!」
颯太と天太は驚嘆して思わず抱き合った。
おるうの深い溜め息を竜之介は見逃さなかった。