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夕焼けの足音

作者: なと


硝子細工のような心の少年は夏に逝く

儚い病気にかかって桃ばかり食べてゐた

瓦を一枚買って迎え火と送り火をする

その横顔が久遠の刻を湛えている

海の水母にも交わらない

その透き通った三日月のような横顔

冷えたお棺の中で眠る彼は夏を知ってゐる

お地蔵様に挨拶をして夕べの悪夢を捨てている

夏が来るのが遠すぎて

戸棚の中の骸骨は皆沈黙してしまった

神社の境内でこっそり花火をしてみたら

お面を被った子が夢を見ようと

原っぱに走る銀河鉄道に乗せてくれた

街の灯りが遠い眠る電信柱は

緑色の魂で光ってゐるんだって

あの古屋敷の古い木を切らないで

亡者が秘かに恋い慕っていたから








燈篭祭りの日は灯りのお化けが脳裏から離れない

抱きしめても抱きしめても彼岸のお化けは帰ってくれない

八重桜の咲く季節に逢いましょう蔵の中の黒い影

消失点の先にあの隧道はあって誰かが手招きしてる

夏は呼んでいるあの街角のあの懐かしい四辻で

老婆の皺を数えて七福神の置物に願いを祈る






お祭りの夜は秘かに神棚にくちづけを

田んぼの絨毯に寝そべる夢を見る車窓にて

野辺送りを見たあとは悪い本を布団の裏にしまう

座敷牢の中には干からびた人魚の木乃伊

蔵の中には古い呪文を描いた巻物が背後に視線を感じつつ

懐かしい記憶の人をお味噌汁の中に封じ込め

過去とは永遠の始まり






旅人は幸福行きの夜行列車に乗って

孤独を探しに街を離れ

仏像の群れを横切り海沿いの町を漂い

人生の欠片を拾い集め壜の底に溜まって行く季節の塊

錆びれた村の小さな外灯に

此処が故郷なのだと一服してから

遠くの海に打ちあがる花火に

子供の頃の花一匁を思い出して

子供の残酷さは神ゆえなのだと







遠い夏はオロナミンCの底に沈殿している

蔵の裏の人魚が小さな金魚を産んだことについて論文を

櫻の舞う部屋で女は死んで血まみれで佇む学生は遠い季節を想う

懐かしさとはいつも過去への切符

微かな呼び声が貝殻に耳を当てると

遠い海の香りがする

人生とは悲しみなのかも知れない

真昼の月は乾いた涙








ゆうべの夢に出てきた老婆は郷愁のお化け

夜の外灯に集まるたましひは小さな花火の欠片

こんな処に味噌汁の中に神様が

雪見温泉もいいものだと嗤って言う

誰も居ない鄙びた温泉街に赤い魂は溶けてゆく

ゆっくりと回転木馬がメロディを奏でるオルゴールは懐かしい唄を

人生の走馬灯は寝る前の豆電球







夏の足音は微かな波の向こう

夏の概念は暗がりに転がる風鈴に日差し

玄関に置かれた洗われたばかりのサンダルに夏の神様は棲む

バケツの中の金魚が恋をした相手は出目金だというから蛙の子を

家族の遺影を抱えて弟の消えた宿場町を練り歩く何処からか焦げた匂い

夏の香りを閉じ込めたあの路地裏の片隅






夕焼け怪人は夜眠れない子に

真っ黒な百合の花束をプレゼントして

ゆるやかに大人になってゆく

怪人の記憶を古い箱にいれたまま忘れて

駅のプラットホームで仕事に疲れた帰りに

ふと子供に戻る瞬間

怪人は何処へ行ったのだろう

故郷の屋根瓦の上に怪人は

あの日の回文を教えようと

過去へ戻って消えた






壜の中の小人にいつか櫻の咲く季節を教えようと

糸電話で母親にありもしない乳歯の墓場を教える

発光ダイオードが雨の中点滅している気がして信号機とは怪談

祖母は懐かしい香りがした夕焼けに溶ける

母は父といつも怪しい世間の噂を電話口で噂する

大人に憧れて本屋の隅で暗い内容の本をこっそり買う






夏の匂いが何処からともなく

焼けたアスファルトの香り

凌霄花を剥製にして部屋に飾る

亡くしたはずの夏の結晶

虫網でみなもを掬う

みなものきらめきを封じ込めるために

夏はどうして僕を置いていくのか

過去は去来して柱時計の振り子のように

刻を止めたいから僕は過去への扉を開ける

其処には夢幻






抽斗の中に這入っていた古い本に

ホムンクルスについての話がびっしりと細やかな文字で

ああそうか兄は影法師についての研究をしていて

いつかあの合わせ鏡に映る十三番目の自分を産み出そうと

過去に囚われた兄は冬の海に身を投じた

今では僕の影が嗤って話しかける

寂しくないよと膝小僧の人面相に







いつもの宿場町は蛍になって脇腹を照らして

優しい灯りは旅人の心のよりどころ

えにしもカルマも悪くない

そっと布団の中まで灯りが入ってきて

ゆっくりと眠ろう花火を散らした瞼の裏に

走馬灯がチカチカと瞬いては消えて行く

銀河が目の中に這入ったのか

今夜はいい夢が見られるかな

きっとそうだろう





信号機に支配された世界は嫌だと

赤信号で飛び出した君に翼が生えて飛んで行く






あの曲がり角を曲がれば秘密は現れる

竹藪に囲まれた小さな屋敷

木陰の日溜まりが揺れて

あなたは此処にいてもいいのだよと

微かな囁きは呪文のように

さわさわと竹藪はざわめいて

向日葵カクテルは内緒の地下室で作られて

満月の夜旅人のいるバーにふるまわれる

入道雲は空高く

どこまで背を高くする






夕焼け小焼けは魔物の唄

海が赤くなって夕陽が堕ちる頃には人魚が人を食べ終わる

赤い糸を藁人形に巻きつけて川に投げ入れると祟りが

蔵の中の巻物には本物の血糊のついた地獄絵図が

踏切の赤いランプは点滅を繰り返し

僕らをあの世へ連れて行こうと企む

夏は青い空の何処かに隠れ君を連れて行こうと







懐かしい通りを歩いたならば

君はもう彼岸の向こうに居るだろう

石鹸の香り揺れる草木陽だまりの呪法

過去は問いかけ呼んでいる

何時も何時だって

柱時計は逆さに廻りだし

想い出がデジャヴとなって

あの向日葵カクテルの味だって

海蛍のように光り出して

街のネオンは暖かな枕

夢の中を彷徨っていたい







山海に人を惑わす隠れ里があるそうな

祭りが近づくと山彦の声がおういおういと人を呼んで

人が人を呪う禍々しき世に嬰児の澄んだ眼差し

そのお寺には秘密の念仏があって即身仏が甦るという

櫻の時期には海の色が赤く染まって川に人魚が生まれる

モラトリアムの若者は嬰児に戻る妙薬がその寺にある






夏の吐息は夢の中の欠片なのかもしれない

道端の石を拾って秘かに飴玉になればいいのにと思う

夕べの夢は川の人魚になってひたすら蛍石を吐いている

魚の鱗は桜貝に似ているから海に流して祈った

入道雲は何千年も前から此の世にある

不思議な辻占が鉱石の入った宝箱を見せて

ご覧これがあの世だよと






硝子細工のような心の少年は夏に逝く

儚い病気にかかって桃ばかり食べてゐた

瓦を一枚買って迎え火と送り火をする

その横顔が久遠の刻を湛えている

海の水母にも交わらない

その透き通った三日月のような横顔

冷えたお棺の中で眠る彼は夏を知ってゐる

お地蔵様に挨拶をして夕べの悪夢を捨てている







櫻の雨は少年を少しずつ大人にして透明にする

硝子細工のような子供達は皆唇に見えない口紅をしている

沢山の戦火と沢山の炎が教科書を炎上させて

子供達は見えない糸で繋がり合って遊んでいる

大人は知らない秘密を抱えて静かに忘れた頃に大人になる

道端のお地蔵様に手を合わせて君は懐かしきを覚え


旅人は幸福行きの夜行列車に乗って

孤独を探しに街を離れ

仏像の群れを横切り海沿いの町を漂い

人生の欠片を拾い集め壜の底に溜まって行く季節の塊

錆びれた村の小さな外灯に

此処が故郷なのだと一服してから

遠くの海に打ちあがる花火に

子供の頃の花一匁を思い出して

子供の残酷さは神ゆえなのだと

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