ワンニャンの呼び声 The Call of Dog and Cat
黒い安息日は卑怯者である。
自分は難解なエッセイを書く癖に、彼女が好んで読むのは音楽や漫画、料理などを紹介する軽めの作品である。知らない曲が紹介されていれば検索して聞くし、漫画はネット上で閲覧可能なら読む。料理は空想する他ないが、美味しそうなメニューは口にする日まで忘れない。マグロのカブト焼きを作った人のエッセイは衝撃的だった。
うらやましいのだ。好きなものを共感したり、新たな知識を得たりするのも楽しいが、なにより自分が本当に好きなものを、心置きなく語るエッセイストがうらやましくて仕方ないのだ。黒い安息日も作中に好きなことを混ぜて語ることもあるが、どこか姑息で小物臭が拭えない。
よし。
ここはひとつ、私も好きな動画を語ろう。
主にYouTubeから。
◇◇◇
「のりたま ちゃんねる」
リアル黒い安息日のスマホ待ち受け画面は、昔実家にいた三毛猫である。子猫も好きだが大人猫はもっと好き。全ての猫を平等に愛しているが、やはり三毛猫が好き。叶わなかったが、猫とぼんやりすごすだけの人生を送りたかった。
◇◇◇
「サモエドが出てくる動画全般」
番組名ではない。言葉通りサモエドが出てくる全ての動画が好き。やはりサモエド、サモエドは全てを解決する。怒り・恨み・嘆き・悩み、サモエドの前では意味を成さない。秋田犬やハスキーも好き好き好き。
◇◇◇
「料理関係の動画全般」
リュウジのバズレシピはもちろん、馬場ごはんや、変わった所ではGenの炊事場とか、ゆっくり系だと宅飲みゆっくりの雑ご飯とか、今酒ハクノは料理系と言っていいのか? 海外だとKanan Badalov。食べる系もめっちゃ見ててTOMIKKU NETとかびわ湖くんとか……
◇◇◇
……気の利いたコメント書けないから以下羅列。
「サイエンスライター北村雄一の地球放送」
「TJH3113」
「Barbin.ili芭比」 (←イチオシ)
「MIKEY TOKYO」「東京ゲゲゲイ」
(恋のフーガ Cover by MIKEY TOKYO は必見!)
「THE WILLARD」に関する全ての動画
「なんJまとめ」野球以外でも、笑える全ての動画
etc……
◇◇◇
……キリがない。おしまい。どうも個別で語るのは筆が進まない、苦手のようだ。やはり好きなものを自由に語るエッセイストには特別な才能があるらしい。とにかく黒い安息日は何でも見るし、音楽と料理と動物の動画は延々と見続けることが出来る。他にも良いのがあれば紹介して頂きたい。
それにしても動物の動画は危険だ。かわいい犬や、愛らしい猫。きっとそばにいてくれるだけで幸せになるだろう。そうだ、爺やに頼んでみよう、そうしよう。
「いけませんお嬢さま、命を軽く見てませんか?」
老執事はピシャリと言い放った。安易な気持ちでペットを飼うことは許さない、たとえ主の願いでも。人間の都合で翻弄される動物たち。生物界の頂点に立ち、動物たちにとって貴族や王どころか神に近い人類が、その生命を必然なく扱うことに拭いきれない罪悪感がある。
それが何かはわからない。
明確な言語化を心が拒む。
思わぬ老執事の拒絶に、黒い安息日はしょんぼりしていた。強く言い過ぎたか、少し心が痛んだ彼は彼女に問う。
「そもそも、何を飼おうと言うのですか?」
「何でもいいの、飼えなくなった動物を引き取りたくて」
ノブレス・オブリージュ (Noblesse oblige) 貴族の義務。黒い安息日は、それを果たそうとしていたのだ。ペットを飼う者は命を軽く見ている、老執事はそう決めつけていたことに気付く。彼は浅はかな自分を恥じた。
◇◇◇
筆者はペットショップで動物を買うことが悪いとは思わない。しかし同時にペットショップに拒否感を覚える人の気持ちも理解できる。この矛盾、相反する感情こそが人間らしさであり、そこで湧き上がる動物への罪悪感は、人類が次世代で解消すべき責務ではなかろうか。
それは空想に君臨する現代の神から、現実の神と変わりつつある我ら人類に与えられた、最後の宿題だと私は思う。戦争や飢餓、病気を克服し、染色体のテロメアを解析して人類が永遠の命を手にするまで100年もかからないだろう。そこから始まる長い夏休み (文明の停滞) 期間で、古き神より与えられし倫理の宿題にとりかかるはずだ。
今の私たちには解決できない。
だからこそ罪悪感を残したい。
次世代の人類よ、後は頼んだ。
◇◇◇
数日後、黒い安息日はそわそわしていた。老執事が犬と猫を一匹ずつ、里親会から我が家に迎え入れるべく手配してくれたのだ。今日が初めての顔合わせ、彼女は気持ちが高ぶっている、爺やはまだか、爺やはまだか……
「お待たせしましたお嬢さま、まずは猫でございます」
丁重にペットキャリーを床に置く老執事、中から出てきたのは黒い猫だった。赤い首輪と丸い目が、漆黒の体に映える。美しい猫だ、というより猫は全て美しい。
「まあ、なんて可愛い黒猫かしら」
「お嬢さま、名前はいかに?」
「そうね、シロなんてどうかしら」
「お嬢さま、お考え直しを」
黒猫の名前は後でゆっくり考えるとして、今は次なる来客が控えている。かわいいワンワンの訪れを待つ黒い安息日だったが、老執事は部屋の中央で動かない。
「……爺や、ワンちゃんはどうしたの?」
「後を付いて来たはずなのですが……」
ドアが叩かれる音がした。しかし老執事はここにいる、誰がドアをノックしたのか。入室を促す声を出す前に、甲高い笑い声が聞こえてきた。老執事が扉を開けるも廊下には誰もいない。しかし壁には引っ搔いたような傷があり、不可解な風が部屋に流れ込む。そして、どこからかオランダ語のような声がするのだった。
Zorg alsjeblieft voor mij, woef woef! woef woef!……
夢を見ているのか、それとも正気なのか。扉を閉めると部屋の柔らかいカーペットに、先ほどまでは無かったはずの、何か名状しがたい獣らしき足跡だけが残されていた。窓の外では不思議なほど大きなスズメの大群が、朝の光を浴びながら飛び回っている。老執事が笑った。
「はっはっは、恥ずかしがり屋のワンちゃんですな」
「いやいやいやいや!」
「はてさて、どこへ行ったやら……」
「まてまてまてまて!」
「どうかなされましたか、お嬢さま?」
「どうもこうもあるか!あれは何ですか!」
「犬では?」
「では? じゃねえよ!」
聞けば介護施設に入居することとなった中東出身の老人からこの犬 (?) を託されたらしい。レン高原というよくわからない場所がルーツの犬種らしく、結局その日は姿を現わすことはなかった。ただ、用意したドッグフードだけは、人知れず平らげていたらしい。
黒猫は、ウルタールと名付けられたという。