逆襲の富野信者 Old Butler's Counterattack
黒い安息日は実在する貴族令嬢にして、なろうに小説や自称エッセイを投稿する素人作家である。彼女の作品は酷い悪筆とくだらない内容で見るに堪えないが、それでも温かい感想やいいね!を送って下さる方々がおられる。本当に感謝しかない。
そんな黒い安息日の作品に、いつも感想と厳しい低評価を送る謎の読専ユーザーがいた。その正体は彼女の老執事である。正体を隠し彼女の作品を見守っているのだ。
黒い安息日はバカなので、読ませてもらった作品は星5の最大評価しかしたことがない。面白いか、難しくて読めないかの二択しかないのだ。彼女 (私) は文才より全ての作品を楽しめる才能に恵まれたい。それが最も幸せであると疑わないから。
しかし誤解することなかれ。彼女 (私) にとって自作品に低評価がつくことは誇れることなのだ。なぜなら、読者の感情を揺さぶるほど真剣に読ませることが出来た証なのだから。悪名が無名に勝る風潮は筆者もマジで嫌悪するが、創作に至っては刺激と情熱をもって熱い魂を伝えたい。ゆえに魂のこもった低評価を憎めるはずがないのだ。
「今日のエッセイはアニメの話題よ、ホーホホホ!」
黒い安息日はアニメ、しかも子供の頃に見た作品について書き始めた。たしかロボットが戦う男子に人気の有名な作品で、機動戦士ガンダムだったかしら? 内容はよく覚えてないけどまあいっか、投稿っと。送信ぽち。
びき。
執務室で黒い安息日のエッセイを読んだ老執事のメガネに亀裂が入った。我が主たる彼女のエッセイによると、赤い彗星・シャアが悪役だとは知らなかった、主人公のライバルだと思っていた、とのこと。彼は老眼鏡を外し、かぶりを振った。
わかってる
わかってる
我が主、黒い安息日は何も悪くない
多くの女性にとってガンダムなどそんな程度の認識だ
しかし……
しかし、だ
このまま何も言わないでいるのもアレだ
我が主にガンダムについての理解を深めてもらおう
カタカタカタ……
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黒い安息日さんへ
機動戦士ガンダムは文学的に解釈すると、シャアの物語です。王である父を殺され、国を追われた王子が正体を隠して暗躍する復讐劇です。アムロは視点人物 (語り手) です。
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……ふう。これでいいだろう。MS (モビルスーツ) をロボットと呼称していたり、作中人物を善悪で語る点など気になる箇所は数あれど、せめて少しでも機動戦士ガンダム (1st) の深淵を知って貰えたら幸い。老執事はそう考えて感想を送った。甘かった。
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ブラック☆シツジ―さんへ
いつも感想ありがとう! そっか、ガンダムはオリジンも少し見たんだけど、最後まで見てなくて……きっとシャアは復讐できず終わる悲劇なんだろうね。
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ぶしゅ。
ぽた、ぽた、ぽた。
老執事のこめかみから噴き出した血が三倍の速度でモニターを赤く染めた。彼は耐えた。耐えた。耐えた。ツッコミたい。だが、これ以上書くと逆効果だ。面倒くさいガンオタそのものじゃないか。その通りではあるが。
カキン。
ジュボ。
ジジジ……
デュポンのライターが小気味よい金属音を響かせ、老執事は執務室に紫煙を漂わせる。彼は耐えた。耐えきった。かつてジャズを偉そうに語っていた過去の若造ではないのだ。耐えることを知り、大人になったのだ。
◇◇◇
エッセイとして書いてるはずなのに、めっちゃ創作やん! そう思った読者も多かろう。確かに登場人物を現実と置き換えて話を進めているが、これは実話である。なお、MSをロボットと呼称した件については完全に創作で、あえて話を盛っている。
実際にガンダムについて投稿された方については、迷惑になるので名を明かすつもりはないが、彼女は私が大好きな魔夜峰央や和田慎二など「花とゆめ」系の作品を語ってくれる作家さまで、筆者はガチで投稿を楽しみにしているのだ。
老執事が筆者を代弁して語りたいのは、世間一般のガンダムに対する理解度の低さや、作品としての機動戦士ガンダム (1st) の奥深さではない。富野信者の面倒くささである。
そう、老執事 (私) は富野信者なのだ。
冨野信者とは機動戦士ガンダムの監督・富野由悠季 (富野喜幸) を崇拝し、他の監督によるガンダム作品を否定する狂信者と誤解されがちだが実際は違う。富野監督の作品から垣間見える大人の事情や偏った思想を楽しみ、精神を病むまで真剣に子供向けアニメに向き合った富野由悠季という人間を愛する人々の総称が富野信者である。
大人になってもアニメを見続ける人を軽蔑し、子供にそんな大人になるなと作品を通して警告する富野監督。
手塚治虫に裏切られ、制作会社に裏切られ、同世代の宮崎駿が世界的評価を受ける一方でスポンサーから幼稚な提案を押し付けられる富野監督。
※なお、富野監督はスポンサーの意向を全てのむ
しかし現実は残酷にも富野が望まぬ大人のアニメ・フアンを大量に増やし、むしろ監督自身がロボットアニメの代名詞となった。SFフアンからは見下され、見てほしかった子供の視聴者は離れ、語りたかった思想もスポンサーの横やりでバキバキに折られ、ついに監督は精神を病むのだった。
だが、富野由悠季は再び立ち上がる。地に足をつけ、老体を鞭打ち、夢想家で成功者の宮崎駿とは真逆の位置で大地に立つ。失敗と後悔と反省を抱き、異常なほどの誠意と真面目さで悪態をつきながら今も業界の最前線に立つ。
富野由悠季は自身が憎む大人のアニメ・フアンとスポンサーによって支えられていることに気付いたのだ。それは恥辱であり、悟りといえよう。過去を受け入れる監督の姿もまた信者が面白がる要因である。ツンデレ爺さんめ!
成功者に自己を重ねて夢想する視点では、富野監督の魅力に気付けない。努力や暴力で障害を乗り越える少年誌的な視点も違う。読者よ、断言しよう。真面目で誠実な君こそ富野監督の観点を得るべきなのだ。ガンダムが面白さを超え、大人の嗜みに変わるだろう。
YouTubeだがおススメしよう。
「セリフと演出から読み解く機動戦士ガンダム解説」
「岡田斗司夫 機動戦士ガンダム 完全講座」
ぜひ検索してご視聴あれ。
◇◇◇
おわかり頂けただろうか、富野信者の面倒くささを。
なに、よくわかんない?
ならもう一度、ご覧いただこう……
ナレーション : 中村義洋
「ほんとうにいた!富野の信者」 より
なお、後編からはガンダムの話は出ない、そのために連載形式をとって話を分けたのだ。ここからは、かわいい動物について語るのでご安心を。
つづく。