八尋君と赤羽君
side:八尋
赤羽君と俺が何やかんやで付き合うことになった翌々日。
俺は生まれて初めて『呼び出し』なるものを受けていた。
場所はベタに中庭なんだけど、俺を取り囲んでいるのは柄の悪い男……ではなく、柄の悪い女子だった。
正確にはギャル系と呼ばれる分類の女子生徒達だ。
この進学校には珍しい、茶髪に厚化粧、着崩した制服にゴテゴテの爪と、個性的なのか仲間意識が強いのかわからない似た者3人組。
俺みたいな一般生徒から見れば、彼女達のような系統は見分けがつかない。
みんな同じような顔に見えてしまう、なんてよそ事を考えている場合じゃなかった。
木を背にしているから逃げることはできないけど、俺を取り囲むようにして立っている3人の気迫につい回れ右をしたくなってしまう。
俺が一番苦手なのは、気が強い女子だ。
ちなみに二番目に苦手なのは不良である。
「ちょっと、聞いてる訳!?」
聞きたくないから現実逃避していたんだけど、彼女達は当然のことながらそれを許してはくれないらしい。
「え…っと、俺と赤羽君の仲がどうしたんですか?」
「だからそれをウチらが聞いてんじゃん!」
「アンタが赤羽君と仲が良いのは知ってんだからね?」
「一昨日一緒に街歩いてたでしょ!?」
……なーるほど、ようやく合点がいった。
彼女達は超絶美形な上、県下最強を誇るチームのNO.2である赤羽君と俺の仲が良いことを知って、あわよくば自分達との仲を取り持ってもらいたいと…そういう訳か。
確かに赤羽君はスラリと高い身長に均整の取れた身体、アシメの銀髪にセクシーな紫の瞳、喧嘩は当然の如くムチャクチャ強いしクールな佇まいは何処かストイックな雰囲気を感じさせる。
だけどそんな見た目と反して読書好きだったり、赤面症だったり、大食いだったり、一途だったりと物凄く可愛い一面も持っている。
そりゃ、女の子達が放っておく訳がない。
「確かに俺と赤羽君は仲が良いですけど、それと貴女達は関係ないでしょう」
赤羽君と仲良くなりたい気持ちはわからなくもないけど、俺を利用して近付こうとする狡い心構えが気に入らない。
いや、それ以前に赤羽君に近付こうとしていること自体気に入らないのかもしれないけど。
自覚したばかりの恋心は複雑で、まだ俺自身にも理解できなかったりする。
だけど、このモヤッとした気持ちは世に言うヤキモチというものなんだと思う。
「はぁ!? 何生意気なこと言ってる訳!?」
「アンタみたいなブサメン、ウチらに話し掛けてもらえただけでも光栄に思えよ!」
「アタシらが赤羽君に紹介しろっつってんだから、テメェは黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ!」
不良も顔負けの口の悪さだ。
今にも殴り掛かってきそうな3人を眺め、込み上げてくる溜息を必死に噛み殺す。
もう、赤羽君はモテ過ぎなんだよ!
こんな進学校にまで赤羽君ファンがいるなんて、嫉妬や羨望を通り越して呆れてしまいそうだ。
「赤羽君には恋人がいるから、貴女達じゃ相手にされないと思いますよ?」
別に恋人としての自信が俺にある訳じゃなくて、そうであってほしいって願望が多分に含まれた言葉。
それは彼女達の逆鱗に触れたようで、目の前に立っていた女生徒から強烈な平手打ちを喰らってしまった。
「……痛ぅ…ッ」
しかも無駄に長い爪が掠めたのか、頬がヒリヒリと痛む。
「赤羽君に恋人がいるなんて当たり前だろ!」
「あんなにカッコイイんだから、いない方が不自然だっつーの!」
「ウチらはね、2番目でも3番目でも一晩だけでもいいんだよ!」
「あの赤羽君と寝ただなんて言ったら箔が付くしね」
「あわよくば彼女になったりして!」
「アタシらの中で誰がお手付きになっても恨みっこなしだかんね!」
お手付きって、大奥かよ…
いや、ちょっと笑えない例えかも……
***
side:赤羽
一昨日、恋人ができた。
はっきり言って、見た目は何処にでもいるような普通の男子高校生。
だけど俺にとっては目ん中に入れても痛くねぇっつーか、いっそ目ん中に閉じ込めて誰の目にも触れさせたくねぇくらい可愛くて可愛くて仕方がない奴。
それこそストーカーかって言われるほど付け回して、やっとのことで手に入れた唯一無二の存在。
それが八尋だ。
あぁ、クソッ!
名前まで可愛いんだから、マジで今すぐにでもどうにかしちまいそうだ。
3年間も想い続けてきた八尋がやっと俺のモノになったっつーのに、これ以上我慢なんかできっかよ!
こちとら3年前からセフレも切って、頑なに右手ひとつで慰めてきたんだ。
絶倫の名を欲しいままにしてきたこの俺がだぞ!?
ただでさえヤりたい盛りだっつーのに、八尋恋しさに今まで歯ぁ食いしばって堪えてきたんだ。
なのに…
『3年待ってくれてたんだから、もう少しくらい待って下さい!』
は、ねぇよな。
確かに想いが通じ合ったその場でメチャクチャにしてぇっつったのはアレだったかもしんねぇけど、これじゃ生殺しもいいところだ。
けどよ、可愛い恋人に…
『おっ、俺…まだ心の準備もできてないのに、無理矢理するんですか…?』
『俺は赤羽君の優しいところが好き…なのに……』
なんて、目にいっぱい涙溜めて言われちまえば、強引に押し倒すなんてできなくなる訳で。
とっさに1ヶ月待つとか言っちまった。
あれから2日経った今、それを猛烈に後悔している。
昨日は家の用事とかで八尋に会えなかった。
たった1日会えなかっただけで、俺は今までに感じたことのない渇きに苛まれた。
これまでは見ているだけだったから我慢ができたけど、手に入れた今は前みてぇに堪えることが難しくなってる。
今朝、電車で乗り合わせた時も、すぐ近くにある八尋の温もりとか匂いとかで危うく痴漢しそうになったくらいだ。
八尋との約束は絶対ぇ守りたい。
俺はアイツの身体だけじゃなくて、心ごと丸ごと愛し尽くしてぇんだ。
だけど、八尋が好き過ぎて愛し過ぎて、荒れ狂う衝動が理性を食い潰す。
まだ、たった2日だというのに。
我ながら自分の脆弱な理性には呆れちまう。
放課後迎えに行く約束してっけど、その帰り道で襲わねぇ自信がこれっぽっちもない。
公衆便所とか路地裏とかに引き擦り込んで、嫌がる八尋をこの腕で捩伏せてグチャグチャに犯しちまうかもしれねぇ。
嫌われるってわかってても、理性がブチ切れた俺はきっと止まらないだろう。
もちろん、八尋に嫌われたら生きていけねぇ。
けど、しばらく距離を置くなんてできっこねぇ。
一昨日からの堂々巡りな思考にすらイラついてくる。
「うわぁ、赤羽ったらどったの? 僕、そんな超高速貧乏揺すり見たことないよぉ。何? 欲求不満? 溢れ出すリビドー抑えられないカンジ?」
ドガァアッッ!!
「イッ、―――てぇえええっっ!!!!」
取り合えずこの苛立ちは、目の前の金髪チャラ男を足蹴にすることで晴らそう。
「ちょっ、ちょっとぉ! 僕、総長だから!! 例え君より弱くっても、僕がここの総長だからねっ!?」
「は? 総長が何? 総長敬ったら八尋とヤれんのかよ。テメェを崇め奉ったら八尋と抜かずの10発がキメれんのかよ」
「え、八尋ちゃんって誰!? ってか、普通に考えて10発とか有り得ないからね!?」
「んだよ、やっぱ無理なんじゃねぇか。なら温和しくサンドバックになってろ!」
「理不尽んんんんんっっ!!!!」
マジで八尋、好き過ぎる……
***
side:八尋
放課後。
結局あの後予鈴が鳴って慌てて解散になった。
あんなギャルでもきちんと授業に出るあたり、流石は進学校の生徒と言ったところだろうか。
はっきり言って、彼女達を赤羽君に会わせるなんて御免被る。
もう嫉妬でも独占欲でも好きに言うがいいさ。
「……八尋」
学校の校門を出て少し離れたバス停に、一際目立つ不良さんが俺に向かって手を挙げている。
嗚呼、頬が綻む。
俺の恋人はなんて健気で可愛いんだろう。
周りから向けられる好奇と畏怖と羨望の眼差しを物ともせず、一心に俺の下校を待っていただなんて…
今すぐにでも駆け寄って飛びつきたい!!
………もちろん、骨の髄まで常識人で平凡でアベレージな俺は、周りの目が気になってそんなことできないんだけど。
「赤羽君、待ちましたか?」
という訳で不自然にならない程度に早足で歩み寄り、普通に挨拶をする小心者の俺なのでした。
「待ってねぇ…けど、おい…」
何処となく嬉しそうだった赤羽君の顔が、俺が近付くにつれて曇っていく。
一体どうしたんだろう?
まだ付き合いが浅いから赤羽君の不機嫌ポイントがわからず、俺はしきりに首を傾げることしかできない。
「赤羽君?」
俺がバス停に着いた頃には、赤羽君の顔は不機嫌を通り越して怒りさえも滲んでいた。
流石に不良に睨まれるのは怖い。
例え赤羽君が俺に危害を加えるはずなんかないってわかっていても、平凡男子高校生としての本能が怯えずにはいられない。
不意に赤羽君の腕が持ち上がり、反射的に目を閉じてしまった。
こんなにビクビクしてたら赤羽君を傷付けてしまう。
ビビリなハートを奮い立たせて目を開いてみれば、眼前に赤羽君の手が迫っていた。
だけどそのスラリと長い指先が俺に触れることはなく、ただ小さく震えているように見えた。
「……赤羽君、あの…どうかし」
「誰だ」
「へ…?」
ようやく口を開いたかと思えば、やっぱり怒っている口調で言われてしまった。
誰だって、まさか記憶喪失?
「これ、この頬の傷…誰がやった? 明らかに引っ掻かれてんだろ」
しまった、すっかり忘れていた。
赤羽君は記憶喪失でも何でもなくて、ただ俺の頬の傷を心配してくれていたんだ。
そりゃそうか。
痛みは一瞬だったし、放っとけば治るとそのままにしていたのがマズかった。
悲しいような怒ったような…赤羽君にこんな顔をさせるくらいなら、多少大袈裟でもガーゼか絆創膏を貼っておけば良かった。
いや、それはそれで心配させることには変わりないのか?
「誰がやった。そいつ、生まれたことを後悔させてやる…ッ」
「いやいやいやっ! これはちょっと爪が当たっただけですから! ほら、女の子の爪って長いから」
「女だろうが子供だろうが関係ねぇ。八尋に傷を付けたってだけで万死に値する!」
グワッと目を開く赤羽君に、不謹慎ながらもちょっと嬉しくなってしまう。
恥ずかしい、けど…大切にされてるんだなってわかって。
「赤羽君、大丈夫だから。俺といる時は、笑っててくれたら嬉しいんですけど。折角なんだから、ね?」
「~~~ッッ!!」
俺は怒っているより優しい顔の赤羽君の方が好きだ。
だから目の前の手を両手で掴んで、渾身の笑みと共にお願いしてみた。
すると途端に真っ赤になってしまった赤羽君があまりにも可愛くて、俺はすぐに選択を誤ったんだと気が付いた。
周りの人達が頬を染めて赤羽君に見惚れている。
浅はかな俺は自らの手で、ライバルを増やしてしまったようだ。
うぅ…平凡コノヤロー的視線が痛い…
今朝の女子といい、今遠巻きに俺達を見ている通行人たちといい、本当にミーハーだと思う。
最強のチームNO.2としての赤羽君を恐れてはいるものの、みんな気になって気になって仕方がないんだ。
隣にいる平凡代表みたいな俺相手に、優しく声をかけたり赤面なんかしちゃえば尚更だよね。
5割増しに取っ付きやすそうな雰囲気になるもんな。
つまり何が言いたいのかというと、今の状況がとっっっっても気に入らないということです。
今俺に向けられている優しげな雰囲気に、通行人達はこう思っているに違いない。
『え、赤羽って意外と普通じゃね?』
『あんな平凡相手にしてるくらいなら、私にもチャンスあるくない?』
『ヤバいっ、超カッコイイ!』
『今ならお近付きになれるかも!?』
エトセトラ、エトセトラ…
嗚呼、こんなことなら笑ってほしいなんて言わなければ良かったかもしれない。
もちろん赤羽君が顔を真っ赤にして照れているのは凄く可愛いし嬉しい。
だけど、赤羽君越しに見える通行人達の目が気になって仕方がないんだ。
一昨日はどうして周りの視線に慣れてきただなんて思えたんだろう?
ムカムカムカ
そうか、これが有名な『嫉妬』というものなのか。
初めて感じたけど、あまりいい気持ちじゃないな。
「……八尋? どうした、傷が痛むのか?」
「あ、その…これから何処に行こうか考えてただけですよ」
「そうか。んじゃ、決まってねぇなら俺ん家…来るか?」
赤羽君に心配されてしまった。
男の嫉妬なんて醜いだけだっていうし、悟られないようにしなくちゃな。
………
ん?
あれ、今物凄く重要なキーワードを耳にしたような気がしたんだけど…空耳かな?
「はっはーん! 自宅に連れ込んで、にゃんにゃんあはーんな展開に持っていこうという魂胆ですなっ、お主!」
「ちっ、違ぇよ!! おおおお俺は1ヶ月待つって言っただろうが!! たたたたった2日しか経ってねぇのに、ヤヤヤヤるわけねぇだろうがッッ!!!!」
「おやおや何ですか、その露骨な焦りっぷりは。ますます怪しいですなぁ」
「ちちち違ぇっつってんだろうが!! あわよくばお泊りとか考えてねぇからッ!!」
俺は何処からツッコめばいいですか?
空耳じゃなかったらしい俺ん家来るか発言ですか?
赤羽君の隠しきれていない下心についてですか?
それとも、赤羽君の背後から現れて、当たり前のように会話しちゃってる金髪イケメンについてですか?
芸能人顔負けのイケメンが2人に増えたことで、周囲からの視線ビームが更に威力を増した気がするのですが。
「赤羽君、赤羽君」
とりあえず落ち着いてほしくて、混乱している赤羽君の服を引っ張ってみたものの…
「やややや八尋っ!! おまっ、俺が必死に欲求と戦ってるっつーのに…ッ!!!!」
がばぁあッッ!!
「あはは~、裾引っ張って上目遣いだなんて、君も中々に小悪魔ちゃんだね~? マジでパネェっす!!」
逆効果だったようです。
ついこの前までクールだと思っていたあの赤羽君が、耳まで真っ赤に染め上げて俺をギュウギュウと抱き締めてくる。
心なしか俺の腹部に硬いものが当たっているような気もするし…
というかそこの金髪さん、赤羽君の知り合いなんだったらこの状況なんとかしてください!
他人に頼るのは良くないことだってわかってるけど、平凡な俺が不良様相手に力で勝てるわけがないってなもんですよ!