80 奇跡は、もう起きない
勇太はカオルを尊敬できる人間だと思った。
梓、ルナも同じ気持ちだ。本音は3人で左腕を怪我したカオルの決勝戦を止めたい。
先を見据えていけば、棄権するのが最善。大会前の目標だった全国2位以内は確定した。
棄権しても、第一志望のパラレル体育大学の推薦枠を3年生になるのを待たずに取れる。
むしろ、ここで無理して左腕の負傷が深刻なものになれば、先々のマイナス材料になってしまう。
だけど、カオルは不知火マイコが待っていてくれる舞台に立つことを決めた。
勇太はカオルの左側に座った。
「・・勇太、止めるなよ」
勇太は笑った。
前世の中3のとき、今川薫も大きな大会前に左足の親指の爪をはがしたことがある。
前世勇太がちょん、と触っただけで青い顔をするほど痛かったのに、「痛みなんぞねえ」と強がって大会に出た。
結果は初戦敗退だった。
パラレルカオルはあぐらをかいて、太ももに左手を乗せている。息も荒い。
勇太はカオルの左手の甲に、そっと自分の手を添えた。
そして奇跡の光が・・
と言えたらいいが、勇太の異常な回復力は他人には作用しない。
ルナで試した。
一緒に眠ったとき、部活中に畳ですりむいたルナの指の傷を治してみようと思った。手を包んで念じたりしたけど、何の作用もしなかった。
もちろん呪文も唱えた。
ホ●ミ、ケ●ル、キュア、クリーン、リペア、パルプン●と思い付く限り、声にも出してみた。
こっちの世界で有名なゴブリンヒールも唱えた。
変な声に目を覚ましたルナに、かなり笑われてしまった。
それに、そんな力を自分だけが使ってもらってもカオルは喜ばない。
「せめてカオルの痛みが治まるように、おまじないくらいしてやるよ」
梓はカオルの右手を取った。
「じゃあ私はカオルちゃんに元気を分けてあげる」
ルナはカオルの前で膝立ちになった。
「カオル、私は地区予選でカオルの絞め技にまいったをせず、気絶した。そんで勝ったカオルに迷惑かけたよね」
「ああ、そんなんあったな」
「だから、相手に迷惑をかけないように、限界が来たらまいったして・・って言うのが流れなんだろうけど・・」
ルナは自分の頬をカリカリしながら、いたずらっ子のように笑う。てへぺろみたくなっている。
「ぷっ、ははは」。カオルもルナの呼吸が少し分かってきた。ちょっと吹き出した。
「私達は止めないよ。カオルが納得するまで頑張ってね」
「ははは、普通はそこ、無茶するなって言うとこだろ、ルナ」
「カオルと私も、いずれ家族になるんだよ。ここで壊れても、元に戻るまで3人で支える。頑張るんだよ」
「おう!」
カオルは怪我をしてる。
だけど、左を見ると勇太、右を見ると梓、正面にはルナがいる。
なんか恵まれすぎている、嬉しすぎる・・
最後の力を振り絞るための、気力は沸いてきた。
この4人の世界を見た女子達も声をあげず、静かにガン見していた。
4人は気持ちがシンクロしすぎて、テレビカメラが3台、山ほどのスマホが自分達を映していることを本当に忘れていた。
66キロ級でカオルと同じく決勝進出した桜塚ハルネ部長がトイレから帰ってきた。
勇太達に囲まれるカオルを見ても、不思議と嫉妬はしなかった。
それよりも、思った以上にカオルの状態が悪いのが分かった。
だから決意した。
ハルネの試合はカオルよりも先に始まる。
小学生のときから、自分の後ろを追ってきたカオル。
カオルはすごい才能だった。だけど、そのカオルが後ろから追ってきて、背中をバンバン叩かれながら走り続けたら強くなれた。
練習に次ぐ練習で過ごした。練習が辛すぎて、何度もカオルの前で泣いた。
それでもとうに、カオルに追い抜かれている。実力でも実績でもハルネを追い抜いたくせに、カオルは先輩として慕ってくれる。
カオルが名門・茶薔薇学園柔道部の部長になれるほど成長させてくれた。
夢のインターハイ個人戦決勝の舞台に立てるほど強くしてくれた。
後輩だけど、恩人でもあり、盟友でもある。
先に自分の集大成を見せてやろうと決意した。




