324 冬の選手権決勝戦◇決着
「始め!」
開始線に立ったカオルの左側、役員席から勇太、梓、ルナ、純子が見ている。
4人の婚約者は閉会式の仕事があるから、公式には中立の立場で席に着いている。けれど心の中はカオルの応援団だ。
高校柔道冬の選手県、決勝戦の大将戦が始まった。カオルが勝てば茶薔薇学園の優勝。
敵の大将タカサキジュンが勝つか引き分けなら、新潟エチゴニシキ高校の優勝。
身長176センチを生かし、どっしりと構えるタカサキ。対して165センチのカオルはフットワークを使って揺さぶりをかける。
大将タカサキジュンは75キロ級の昨夏インターハイ優勝。
カオルは、そのタカサキと勝ち抜き方式のインターハイ団体準決勝で対戦。ギリギリでカオルが勝っている。
ただそれは相手にハンデがあった。タカサキは勝ち抜き戦の3戦目だった。
昨年のタカサキは、茶薔薇柔道部の桜塚ハルネ前主将と5分フルに戦った直後、カオルと戦った。今回はどちらも万全の態勢だ。
開始1分半。
先に仕掛けたのはカオル。内股を警戒されているならと体落としに行った。
しかし相手もカオルと同じく5年後のオリンピックを目指す逸材。カオルの踏み込みが半歩足りないこと見逃さなかった。
止められ、逆に払い腰で投げられた。大腰と並んでタカサキが得意とする技だ。
背負い投げのように肩で担ぐのではなく、腰に乗せて相手を縦に回す。
「有効!」
膝のバネが異常に強い。
カオルの持つ技では必殺の内股しか通じないことを悟った。
「やるっきゃねえな…」呟いた。
激しい組み手争いが続いたあと、お互いに襟を取った。どちらも右利き。カオルは内股、タカサキは大腰狙い。
「うりゃあ!」「うしゃあ!」
普段から勇太と特訓しているカオル。勇太は体重は69キロ級でも、男子特有の筋力と自己鍛錬で女子の85キロ級クラスのパワーを持つ。
カオルは大きなタカサキに当たり負けしない。
ノーポイントながら、少しずつ押していった。
開始3分半。足払いからタカサキの体勢を崩し、カオルは内股を仕掛けた。転ばせた。
しかし審判のジャッジは「有効」
ポイントでは並んだが、タカサキも受けが強い。インターハイ団体では、疲れていたとはいえカオルに倒された。決め手となった内股も研究しまくっている。
このままでは前の4戦の内容差で茶薔薇学園は敗戦する。
寝技にも持ち込めず、待てのコールとともに開始線に戻った。
相手が柔道着を直しているときカオルは、あと一手が欲しいと思った。
深呼吸して耳を澄ますと、後ろから仲間が声を張り上げて応援してくれる。
ほんの少し左側を見ると、勇太、ルナ、純子も声援を送ってくれている。
一番のパートナーである梓は黙って自分を見ている。胸の前で手を組んで必死に祈っている。
去年のインターハイ個人戦決勝のときを思い出した。
怪我したまま不知火マイコに挑んで負けた。
「あんときは梓を泣かせたし、すごく心配かけたもんな」
考えてみると、あの大会から恋愛事情が変わった。梓、勇太、ルナと正式な婚約者になった。
純子&麗子、真子&嘉菜、長谷川三姉妹に不知火マイコ。嫁ズ仲間も増えた。
柔道の方もより充実した。
「そうだ…インターハイでタカサキと戦ったあとに作った技があったよな…。未完成だけど」
試合が再開した。試合時間は1分を切って、大きな攻防は何度もできない。
カオルの「柔道脳」がフル回転している。
内股に行くときの緻密な組み手争いをした。だけど相手も狙いは同じ。
だからカオルは、あえて左手を緩めて強引に右手1本で相手を引きつけた。そのまま投げの体勢に入った。
勇太を昨夏に怪我させたけど、その後に勇太が協力してくれて精度を高めている技。
一瞬、タカサキの足が浮きそうになった。
「その技は知ってるよ、カオル」
タカサキは、この技をネットで見て知っている。勇太が茶薔薇学園でカオルの特訓に付き合っているときに練習していた。
道場の片隅で練習していても、撮影している女の子がたくさんいた。皮肉にも勇太が有名になりすぎて多角的に動きが解る映像が残されている。
タカサキは踏ん張ってカオルの引き手を切った。そして必殺の大腰の体勢に入ろうとした。
タカサキの勝利は目前なのか。
だが……
カオルの本命は、ネットに流れてない勇太と練習している技だ。
引き手を切られることを承知のカオルは、奥襟を取らせたまま相手の脇の下に右腕を滑らせた。
タカサキが投げるために体を反転させたとき、カオルは腰を落とし、左手でタカサキのズボンをつかんだ。
パラレル世界なら認められいる瞬間的に下半身をつかむ動き。
「カオルちゃーーーん」
「うおりゃあああーーー」
目いっぱい張り上げた梓の叫びとカオルの怒号が同時に響き、タカサキは後ろに持ち上げられた。
少し右側に流れながら、ぱーんという音とともにカオルがタカサキを畳にたたきつけた。
冬の選手権の県予選。カオルと勇太は婚約者ガチ対決をやった。
その時に勇太が裏投げを仕掛けた。ギリギリでカオルの内股が勝ったけれど、カオルは勇太の技の破壊力が並ではないと悟った。
あれから1か月弱、1年後から世界の舞台で戦うことを視野に入れて勇太の動きを取り入れようとしていた。
未完成でも、カオルのセンスで練り上げて技として繰り出した。
「一本!」
とうとう、勇太が応援する茶薔薇学園が全国制覇に成功した。




