322 冬の選手権決勝◇ツバキの意地
パラレル熊本市にある夏目漱石子記念武道館で行われている高校柔道・冬の選手権。
とうとう決勝戦が行われる。
閉会式で歌う中戸明日香、純子&風花目当ての人も来て、2階観客席が400しかないのに、2000人も人が来ている。歌だけ聞こうと、外で待っている人も沢山いる。
無理すると2階に人が溢れてしまい、1階に落ちる事故も懸念される。
なので試合場の外側10メートル地点に四角く線を引いて、1階にも人を入れている。
この大混雑、やっぱりこの人のせい。
勇太だ。
会場の扉の前に選手が控えて、観客が並んで花道ができている。
勇太が審判団の真ん中に立ち、一礼して声を張り上げた。
「これより、高校柔道冬の選手権、決勝戦を行います」
間を置いたあと、新潟エチゴニシキ高校から選手紹介。
「エチゴニシキ高校先鋒、タカシママリモ」
「はい!」
これは連盟会長、鬼塚一子の頼みで勇太が県予選でもやった。今回はその反応次第だったが、絶対に組み込んでくれとの意見が殺到。この混雑を覚悟して続行となった。
エチゴニシキ陣営を紹介し、続いて茶薔薇学園。そのラストが大将のカオルだ。
県予選では少しカオルを茶化したが、今回は勇太も真剣。そして抑えようとしても感情が乗ってしまった。
「茶薔薇学園大将、カオル」
名字を言い忘れる、明らかなミス。
しかし勇太のパワーアップを続ける響く声が、マイクを通じて会場中に届いた。
ざわっとした。
勇太からカオルへの愛情が伝わった。
「へへ、がんばっからな」
この勇太の名前だけコールは単純にミス。ただし女子達の心に響いてしまった。次の機会からリクエストが殺到する。
次の機会? はいあります。次の次の、なんならその次もあります。
勇太と目を合わせながら静かに笑顔で応えたカオルを、梓とルナは並んで見ていた。閉会式で純子達と一緒に歌と演奏をするから、関係者席にいる。
他のギャラリー女子のように、羨ましがったり、嫉妬したりはない。
ここは男女比1対12の重婚世界。
あと2週間と少ししたら、勇太、カオル、梓、ルナの4人で結婚式を挙げる。
その日に女子3人も籍を入れる。
自分達が愛する勇太と、自分達が愛するカオルが愛を深め合っていくことを、素直に嬉しいと思えるのだ。
◇
試合開始。試合時間は5分。
先鋒戦。山田ツバキ60キロ級VSタカシママリモ66キロ級。
エチゴニシキ高校の特徴は、この20年間ほど中量級より上の階級の選手が育っていること。
団体戦レギュラーの中では、タカシママリモの65・8キロが一番に軽い。
「始め!」
ツバキ部長は決勝に限っては、とにかく全力を尽くすとしか言えない。
副将ハラダヨシノ、大将カオルが69キロと63キロ級の高校トップだけど、相手も強烈。
エチゴニシキは副将サンジョウアキコが78キロ級のトップ、大将タカサキジュン75キロ級は昨年のインターハイ1位。
準決勝までのように、後半2試合で確実に2勝の図式が成り立たない。けれど、そのふたりに繋がねばならない。
エチゴニシキ主将の72キロ級ヤヒコツバメが中堅にいて、ここは茶薔薇の黒星濃厚でもある。
ツバキの試合は激しい攻防が続いている。
相手のタカシマは上体が強い。ツバキ部長と組んだ瞬間にぶんぶんと揺さぶってくる。
立ち技の性能差を把握したツバキは、後半1分に賭けることにした。
苦しいながらもしのいで、残り1分。
巴投げから引き込みの形で寝技に持ち込もうとした。
しかし、敵もツバキを研究していた。
「ツバキ部長、危ない!」。中立の立場ということを忘れ、役員席から勇太が叫んでしまった。
先に引き寄せられ、タカシマに投げられた。
「技あり!」
ポイントで圧倒的にリードされたけど、ツバキの集中力は途切れていなかった。
相手は覆い被さるように倒れた。上にのしかかってきたけれど態勢は崩れている。
ツバキは、相手が完全に倒れてくる前に自分の腕を相手の腕に絡めた。ブリッジの態勢から後方に回転して上下を入れ替えた。
脚も絡め、逆転の押さえ込み体勢。20秒なら技ありでポイントは並び、30秒なら1本で逆転勝ち。
しかし…
冷静なツバキは、この試合は引き分けか負けと悟った。
残り時間がない。パラレル世界の柔道ルールは勇太前世と少し違う。勇太前世なら押さえ込みに入れば時間が延長される。
パラレル世界では状況に関係なく5分でサドンデス。
残りは30秒ない。押さえ込みを審判が宣言して19秒以内に5分のリミットが来れば敗戦だ。社会人の大きな大会のような電光掲示板はなく、正確な残り時間が分からない。
10秒経過。「有効」
もう押さえ込みを解かれない自信はある。ツバキは数えた。「11、12、13…」
カオル達も息をのんでみている。
「にじゅ…」「やめ!」審判のコールが入った。
会場中が審判を見ていた。
「押さえ込み20秒で技あり。引き分け!」
「ギリギリで繋げたか…」。ふわっとした笑顔と一緒につぶやいた。
解る人が見れば分かる。精鋭しかいない茶薔薇VSエチゴニシキの決勝メンバー10人の中で、ツバキの立ち技が一番破壊力がない。
だけど腕も上がらず、立ち上がれないほど力を使って引き分けに持ち込んだ。
閉会式の歌目当てで来場して、初めて柔道を見た音楽女子の心にも響いた。
「彼女、クールビューティーな感じだけど、熱血で格好いい」
「それに、ハンサム…」
こうしてツバキ部長は、また女子から人気が出た。反比例して男子から敬遠されることになる。
茶薔薇次峰のイズミヤエコも健闘して引き分けたが、中堅でとうとう黒星。
大抜擢のウメカワアヤノが敵主将のヤヒコツバメに投げられた。
残り2試合。茶薔薇学園がゼロ勝1敗2引き分けで迎えた副将戦。
ハラダヨシノが負ければ、エチゴニシキ高校の優勝が決まってしまう。
「ハラダさん、がんばれー!」
勇太が律儀に相手も応援したあとヨシノに声援を送ったが、脚がかくかくしている。
追い込まれた状況でバトンを渡されたことはまだいい。すごく苦手な相手なのだ。
ヨシノは去年のインターハイ団体準決に先鋒で出て、同じく先鋒だったサンジョウアキコに負けている。
中学時代から4度対戦して全敗。戦闘スタイルが似すぎているパワータイプ。体重差が響いてしまった。
相性が悪い相手なのだ。
ハラダヨシノは修羅モードに変身することなく、普段以上の乙女モードで縮こまっている。




