318 熊本でもカオルに焼き立てクッキーを食べさせる
熊本でも勇太は、早朝からクッキーを焼いている。
前の日、1日でパラレル市で焼いてきた500枚のクッキーを配り終えてしまった。
今回は柔道連盟からクッキー500枚を用意してくれとの依頼があった。
勇太の素人な小サイズクッキーに10万円も出してもらった。配り方も、基本的には勇太の好きにしていいと言われた。
カオルに相談すると「選手、補欠の希望者にあ~ん、ぱくでもやったげれば?」と返答があった。
そこで、最低でも各都道府県代表の選手、補欠合わせて7人分。329枚をキープした。初日には、敗退した学校の希望者、つまり全員にあたる217人の口に放り込んだ。
けれど、選手に混ざって地元の一般人まで並んだ。クッキーが減っていったけれど、ここで終わりとも言い出しにくかった。
その時に順番がきた女の子に、ナイスアイデアをもらった、と勇太は思っている。
「あの勇太さん、私の家も市内でベーカリーをやってるんですが、うちでもこのゴブリンクッキーを真似て焼いて売っていいですか?」
「それだ!」
「へ?」
勇太はいきなり頭を下げて、早朝からクッキーを焼かせてほしいと頼んだ。
もちろん、女の子は親にも承諾を取らずOKした。
これ、柔道連盟には強要されてないし、自分の負担が増えるだけ。けれど、そんなことを気にしない。
心置きなくクッキー500枚を初日に配り終えた。
◆◆
午前2時半に勇太は起床。
午前3時、そっとルナ、梓を起こさないように部屋を抜け出した勇太は、ホテル前にタクシーを呼んで移動した。走りたいが、ここはパラレル市ではないし、トラブルが起こる可能性もある。
たちまち、ホテルから1キロ程度の場所にある、協力してくれるベーカリーに着いた。
昨日の女の子、ヒロタレオナさんと、大人の女性3人が待っていてくれた。
「早朝からお邪魔してすみません。設備をお借りします」
「いえいえ、ご丁寧に」
「あの勇太さん…。図々しいお願いですが…」
勇太が作業する姿のスマホ撮影の許可である。向こうからすれば、店の宣伝にもなる貴重なシーン。
勇太にしても、柔道連盟に頼まれたクッキーを勝手に一般の人に配ってしまったし、きちんと追加で作りましたよと証明できる。
OKした。
生地はすでに用意してもらっている。
家から持ってきていた金型で、ゴブリンの形を作っていく。
服装もウスヤの時と同じく、最初から薄い長袖シャツ1枚。熱がこもる室内とはいえ2月だ。
相変わらずエロカワ装備だ。
余った生地の細い部分で、店の名前『ヒゴベーカリー』のロゴクッキーも作った。
ノってきた勇太は、発売中の『パンの歌』の替え歌を歌い出した。
「♩♬♩♪、ジャムパン、芋パン、サクラパン、なんでも美味しいヒゴのパン♩♪♩♪」
音源は勇太もOKしているし、店の宣伝で使わせてもらうことになった。
勇太にパンを振る舞うと、本当に美味しそうに食べてくれた。
「俺は練乳フランス、芋パンがお気に入りです。うっま~」
500枚のクッキーを焼いた勇太は生地代等を払おうとしたが、遠慮された。
むしろ、気に入ってくれた二種類のパンを10個ずつお土産に持たされた。
店側からしたら、今回の映像と店に置いていってくれたロゴクッキー、そして勇太の生歌の音源で、むしろお金を払いたいくらい。
勇太が嫁ズナンバー4、麗子の実家『パンのウスヤ』に関わりだして、どのくらい経済効果があったか、同業者だから分かる。
現に、これからしばらく店は大忙しとなる。
◆
朝6時。まだ暗い。
勇太がタクシーで宿泊先に戻っていると、茶薔薇学園が泊まっている宿の前で人影を見つけた。
なんとカオルだ。
勇太はタクシーを降ろしてもらった。
「よっ、カオル、おはよ」
「あれ、勇太だ」
「早いな」
「目が覚めたから、少しだけ散歩してた。お前は?」
「配るためのクッキーが切れたから、地元のベーカリーで焼かせてもらった」
「すげえ。あはは、相変わらず意外性の男だな」
「そうだ、焼きたてクッキー食わないか」
自販機でコーヒーを買って、ホテルの花壇の縁に勇太が座った。
「熊本に来て、やっと普通に話せたな、カオル」
「勇太、これ普通じゃねえよ…」
空気も花壇の縁も、すごく冷たい。
勇太はカオルの腰が冷えたりして試合に影響が出ないように、カオルを横抱きに膝に乗せている。ついでにクッキーも食べさせている。
「ま、試合場では仕事もあるし、あんま話せないかもだけど、頑張れよ」
「おう。見ててくれ」
今日が大切な決戦の日。街灯に照らされる中、右手をがっしりと握り合った。
今回は、カオルも勇太も8割は親友モード。
ただ、座り方は甘~い、カップル仕様。あ~んしてクッキーも、自然にやっている。
午前6時半。少ないけれど通りには人も出てきた時間帯。
この光景は、勇太側から見えにくいところから、思い切り撮影されていた。早速、ネット上に乗っている。
初日の試合会場で、勇太とカオルの接触はゼロに近かった。
ふたりに注目している人には謎だった。
この場で勇太とカオルが会ったのは偶然なのに、なるほど、早朝デートで甘い時間を過ごすことになっていたのかとファンを納得させた。
さすがだ、と。
今川カオル、いまだ処女。
なのに柔道界イチの恋愛マスターとして、またも名前が高まった。




