259 アイドルではなく柔道家としての選択
何度か勇太に突貫してきた柔道アイドル不知火マイコ。
初めて真剣な話があるからと、北海道からパラレル市まで来た。
勇太が聞いてみると、本当に真面目な内容だった。
まあ、マイコの右手を花京院夏樹が握っている。男子免疫が少ないマイコの顔が赤いが、口調は真剣そのものだ。
「私の進路に関してなんだ勇太君。私は、パラレル体育大学に進路を変えることに決まった。誤解がないよう言っておきたいことがあったんだ」
柔道アイドル不知火マイコ。高校3年生。北海道のシベリア体育大学付属高校。
誰もがそのまま、シベ体大に進学すると思っていた。
それを変えると言う。
勇太は一瞬、自分の次の嫁を狙っての行動かと思った。マイコもそう思われるでしょうねと苦笑い。
違った、真面目な目的があるようだ。
マイコはシベリア体育大学の付属学園には中学から通っている。高校では特待生になり、インターハイまでは柔道に集中できた。
しかし、同時期に高齢の学園理事長が病気で退陣。後継者の就任により、経営方針が変わってしまった。
マイコは、今から1年8か月後の令和8年ニースオリンピックのみを狙っている。その1回の出場権獲得に全てをかける。
なのに学園の新理事長は、マイコの知名度を利用して宣伝活動ばかりさせようとしている。
言いなりになると、練習がおろそかになる。
そんな甘い世界ではないと訴えたこともあるが、新理事長は商社で働いていた前理事長の娘。
マイコの商品価値を分かっている。
マイコは男子にはモテないが、一般人にも知名度があり女子層の支持が厚い。そこが大きい。
何かを買ってもらうときは女子にアピールすべき男女比1対12世界なのだ。
勇太が現れてから、ちょっとした面白キャラの一面もある。砕けた王子様キャラでバラエティーのオファーもある。
マイコがOKすればお膳立てすると言われている。
新理事長は経営者としては有能なのだろう。
ただ金儲けの仕方は知っていても、アスリートの厳しさを理解していない。
マイコは勇太に1度だけ会いに来ているが、それは東京で外せない仕事があったついで。
勇太とLIMEも交わすが柔道関連も多い。日常は練習漬けというほどのアスリートなのだ。
「それに、先輩方に失礼に当たるけれど、今のシベ体大には強化選手クラスの人がいないんだね」
要するに、練習相手に事欠くという。
なので練習に集中できて、強烈な練習相手も望めるパラ体大に希望して、特別推薦枠を作ってもらったという。
「周囲は勇太君目当てでこちらに進学すると思っている。けれどね、実際には余計なことをする時間はないと思う。それを言いに来たのさ」
勇太はマイコの目を見た。
「確かに不知火さんの目・・。カオルとインターハイ決勝を戦ったときと同じですね」
「うん。真剣だよ」
「けど、なんでオリンピックを狙うのは1回なんですか」
「あはは、キミは近すぎて見えてないけど、私がカオルに勝てるのが、そこまでだからだよ」
「え、カオルって、そんなにすごいんですか」
「カオルって、伸びしろが強烈だね」
勇太はカオルが、中3から全国の舞台に立ったと聞いている。しかし、その前の年には県大会で負けている。
そこから中3の全国大会決勝、高1でインターハイ出場。高2でインターハイ準優勝だ。
「来年は私も大学だから、強化選手に選んでもらえた。そのアドバンテージを生かして、ギリでカオルより優位に立てると思うのさ」
この世界の日本柔道。五輪強化選手には基本的に高校生は入れない。
来年はマイコは大学1年、カオルは高3。そしてその年が、代表選考を見据えた大事な年。
マイコは、その1年に賭ける。
「私にも才能はあると思う。けれど、私の才能では、そこから泣くほどの努力しなければ勝てない世界なんだよ」
カオルは息抜きはするし婚約者もいる。だけど、その婚約者が柔道を続けるカオルをサポートするし、勇太なんて練習相手にもなる。
だから強くなっていると、マイコが太鼓判を押してくれた。
勇太は少し安心した。
「あの・・」「あ、あっと・・」
真剣な話にマイコは集中していたが、まだ夏樹がマイコの手をつかんでいた。
「マイコさんって、呼んでいいですか?」
「え・・」
不意打ちにマイコはドキンとした。
「い、いいけど、花京院君」
「ぼくは夏樹って呼んでほしいです」
何かアピールされているマイコだ。
「あ、あのスマホの弁償もしたいし、傷も心配だからマイコさんの連絡先を教えて下さい」
「ああ、いいよ。きっとまだスマホは使える」
「ぼくもパラレル高校に進学するので、また会えますか」
「進学したら会えたらいいね」
マイコは社交辞令で連絡先を教えた。スマホは何も言わずに買い替えた。代金を請求するつもりもない。
テレビの仕事、イベントの絡みで男性との連絡先交換はしたことがある。LIMEも送った。
しかし連絡を返してくれたのは勇太のみ。
確かに夏樹は熱のこもった目をしているが、助けた直後の吊り橋効果だと決めつけている。
間を置けば夏樹の気持ちも冷めると思っている。
勇太と話してアスリートモードに入ったマイコ。事務手続きのため、夏樹の手を外してパラ体大に行ってしまった。
夏樹は、そんなクールなマイコにドキドキしていく。
勇太は「不知火さんって、まともな人だったんだ・・」
失礼なことを呟いている。




