254 氷点下のキス
嘉菜は勇太とバラレル山でデートしている。
ロープウェーの終点である八合目から、歩いて山頂を目指した。距離はきつめの坂を登って700メートル。
1月5日の午後2時。日中で一番気温が上がる時間だけど、1度しかない。
一緒にロープウェーに乗った人達は八合目の展望室に入っている。
嘉菜は、本当に勇太とふたりきりだ。
「う~~、思ったより寒いです」
「だよね」
けれど嘉菜は勇太に手を繋がれて、引っ張られるように、そしてゆっくりと歩いている。
繋いだ手がぽかぽかしている。
「よいしょ、よいしょ」
「頑張れ嘉菜さん、山頂まであと少し」
「勇太さん、引っ張って~」
「よっし」
嘉菜は小4の4月、父・陽介や姉妹達の中の8人と、ここに来たことがある。
この道を歩き出して、真っ先に父の右手を取った。すごく嬉しかった。
だけど妹のひとりが陽介の左手を取ると、年下の子の視線を感じた。そして、その子を呼び寄せて陽介の手を取らせた。
「ふふふ今日は、ひとりじめです」
風が強くなってきて声はかき消された。
「ん?」
「なんでもありません」
標高623メートルの山頂に着いた。寒いけれど雲ひとつない青空。
遠くに隣県の海まで見えるパノラマ風景が広がっている。
「嘉菜さんの家って、どのへんかな」
「う~んと、あのあたりです。勇太さんは、あの海の近くに住んでたんですよね」
「そうだよ。ほら、あの岬になってるとこの根っこのとこ。水族館あるんだよ」
他愛もない話。だけど嘉菜には貴重な時間。
びゅ~と音を立てて風が吹いた。設置してある温度計はマイナス1度を示している。
「嘉菜さん」
勇太がつるつるの岩の上に座っている。
膝をぽんぽんしている。
「俺、寒いのには強いから、嘉菜さんはここに座りなよ」
「・・はい!」
勇太が嘉菜の首を左腕で包み込むように、お姫様抱っこのような格好。実際に寒いし、勇太に密着している。
ドキドキだけど楽しくて仕方ない。
ふと上を見ると、空が真っ青だ。
勇太が首をしっかり支えていてくれる。
「うわあ、視界一面が青い」
「嘉菜さん、子供みたい」
「ふふふふ」
嘉菜は寒いのに、背中や首がぽかぽか暖かい。そして顔が近い。
「勇太さん・・」
「ん?」
「キ、キ、キスして下さい」
ゆっくりと勇太の顔が降りてきた。
唇にちゅっ、そして頬にちゅっ。
大胆になれる。
「もう一回・・」
唇が重なったとき、嘉菜は下から勇太の首に回した手に力を込めた。
長くて深く絡み合った大人のキス。
冷たい風に当たっているのに頬が熱い。
「嘉菜さん可愛い」
「・・好き」
ふたりだけの世界。誰にも邪魔されない。誰にも譲らなくていい。
もう一回とは言わず、嘉菜は勇太の首を引き寄せた。
勇太も応じてくれて、長~いキスをした。
止まらない・・4回目の唇を重ねた瞬間・・
「きゃ~、キスしてるうう!」
「ふわわわ、邪魔しちゃダメえ」
「ごめんなさーい!」
スマホを構えた女の子が3人いた。
「ひゃあああああ!」
嘉菜は真っ赤な顔で飛び起きた。
「あ、こんにちは~」
勇太は普通に挨拶している。
「あ、あ、どうも~」
「あれ、坂元勇太さんだ」
「婚約者の嘉菜って人だー」
乱入者は近くに住む中2トリオ。
晴れているし、パラレル山頂近くの動画を配信していたそうだ。
そして勇太と嘉菜を見つけた。
なので、勇太と嘉菜のキスは、すでにリアルタイムで配信されている。
「すみませ~ん」
「気にしないで、ここは公共の場所だし」
「あ、そう、さうでしゅ、はい、は、はい」
「あ、そうだ。俺らの写真撮ってくれる?」
「はい」
「3回ポーズ取るね」
スマホを渡し、1枚目は普通に並んで撮った。
2枚目は勇太が嘉菜の肩を抱き寄せた。
3枚目は嘉菜の頬に口を当てて・・
カシャ、キスしたときにシャッター音が鳴った。
「・・勇太さん」
勇太はお礼を言って中2トリオとは別れた。
嘉菜は普段のクールな表情になれない。
デートだから、映画を見たり、ちょっとオシャレな店でご飯を食べたり、お茶したり・・、そんな風に考えていた。
花をもらって、電車に乗って、B級グルメ。そして寒い山の山頂に登ってきた。
山頂では氷点下の中でキスをした。
お金をかけたお出掛けよりも楽しい。
「嘉菜さん、山から降りて暖かいもの飲もうよ」
「私、ホットココアが飲みたいです」
ロープウェーの発着場に着いた。
「今度、私にも歌を作って下さいね」
「そうだ、こんなの考えたんだ」
勇太はギャラリーがいる中で、新曲という名の前世パクり曲を謡だした。




