233 勇太が去って8ヶ月後の世界◇純子と大学生◇
◇純子◇あの日から・・
もう幼馴染みの勇太が、この世界からいなくなってかなり経つ。
仕事は順調。
そしてクリスマスイブも、仕事仲間のパーティーに誘われた。どっか貸し切ってすごかったらしい。
ん? 私は行ってない。誘いを断って普通の大学生と過ごした。
都内の大学の工学部に通う3年生。学年だと1つ上。
名前は山元太朗。ヤマモト君呼びから、今ではタロウ君。
出会いは5月10日。
忘れられない。
だって、好きだった勇太が肺炎から容体が急変して・・って葉子おばさんに連絡もらった日。
朝8時。契約してる事務所に向かう途中だった。2日前に梓に電話して、勇太の状態はとりあえず安定してるって聞いたばかりだった。
ショックだった。通勤ラッシュ時間帯。往来の中で足が止まって涙も出てきた。
事務所の用事は急ぎでもなかった。震える声で電話した。幼馴染み勇太の病気のことは言ってあった。
3~4日くらい日程を空けられるから、葬儀に出ておいでと社長が言ってくれた。
葬儀。その言葉を聞いてから涙が止まらなくなった。
都会で泣いてる女がいても誰も記憶にとどめない。
歩いてると風景が少しだけ変わった。まだ開いてない喫茶店の軒先みたいなとこあった。
大通りから少しだけ奥に入った、ビルのテナントみたいなとこの1階。
そこの出入り口から右側にあるガラスの壁面にもたれかかって下を向いてた。
「ゆうた・・」
思いも伝えてなかった。
しばらく泣いてたんだろうか。
「・・あの」
「え?」
男の人が板を持って立っていた。
「具合い悪いんですか?」
「い、いえ」
「すいません、そこに看板出したいんですけど・・」
「え、あ、ごめんなさい」
喫茶店の店員さんの邪魔してた。
もう時間は9時10分。歩いて、泣いているうちに1時間も経っていた。
私がその場を離れようとすると、彼は私を呼び止めた。
「少しだけでも休んでいきませんか」
彼は喫茶店のドアを空けたまま固定した。そして入り口近くにパイプ椅子を持ってきてくれた。
「どうぞ、入り口空けてるし・・安全です。内側を向いてたら、泣いてても大丈夫です」
私は、なんとなく言葉に甘えた。勇太よりハンサムな感じだけど、立ち方、そして優しい口調が似ていた。
大学生で普段は夕方のバイト。今日だけは開店準備を頼まれたそうだ。
店内に冷房が入って、少し涼しくなってきた。そしてコーヒーの香りがしてきた。
「はい、お姉さん。俺のおごり」
「え」
カップに入ったホットコーヒーが差し出されてた。彼は笑顔だった。
「臨時でバイトに入った代わりに、1~2杯なら飲んでいいって言われてるんだ。お姉さんもどうぞ」
「あ・・ありがと・・ございます」
このタイミングで人に優しくされて、また涙が出てきた。
彼は知らないふりをしてくれて開店準備に戻った。
日常は何事もなかったかのように動いていた。
開店前に、お礼を言った。そしてお互いの名前を名乗った。
地元に帰り、勇太の通夜と葬儀に出た。
出棺のときに泣き崩れたルナさんを見て、また泣いた。
◆◆
10日後、完全に日常に戻った。私は再び喫茶店を訪れた。山元太朗さんに、お礼をきちんと言いたかった。
相手は泣いてる女を放っておけなかっただけだろうけど、私は助けられた気がしている。
午後7時。
タイミングよくいてくれた。ギリギリで帰る前だった。
コーヒーのお礼のお菓子を渡して帰ろうとしたら、店のマスターに勧められて席に座った。
山元さんは人当たりがいいから、男女問わずに友達が来るそうだ。初対面のシーンを思い出すと納得だ。
私も何だか話をしたかった。
口調というか、ニュアンスが同じ地方の匂いがした。
「わ、山根さんってモデルなんだ。綺麗だと思った」
「え、いえ、私レベルなんてたくさんいるよ。仕事も気を抜くとなくなりそうだもん」
「ふーん。地方出身の俺には縁がない人達かと思ってた」
「あ、横浜に住んでるのは高校から。私も立派な地方出身者だよ」
答え合わせをして驚いた。山元さんは私の隣町の出身。
そして学年はひとつ上。勇太、ルナさん、薫君、伊集院君と同級生で、同じ高校に通っていた。
「驚き。私、知ってる人も多いし、その高校に行こうか迷ったの」
「俺は幼馴染みの2人と一緒だったから、一択だったな・・」
「なんだ、山元さんの後輩になりそこねたか、私」
「山根さんが同じ高校に来てて知り合えたら、美人の後輩がいたって自慢できたのにな、あはは」
笑顔が勇太に似ていた。私は厳しいこともある業界で頑張るひとつの動機が勇太だった。
少しだけ嬉しかった。
同郷のよしみでLIMEを交換して別れた。




