201 名乗れないふたり
勇太とルナが熱い夜を過ごした12月17日。
時間をさかのぼり、勇太とルナが代役で純子とライブハウスに出演している時間帯。
間門由乃を手術した病院。そこには由乃だけでなくドナーの周防風花も入院している。
術後の回復は普通より少し遅い。退院予定日は22日。
クリスマスイベントには顔を出したいけど、仕事としては十全に機能しない。
鈍ったギターの腕を取り戻す時間もないし、参加も微妙である。
今、その風花はスマホで自分が出るはずだったステージを特別にリアルタイムで流してもらって見ている。
彼女になった葉子も一緒だ。
スマホから、演奏と歓声が聞こえる。途中から、かなりヒートアップしている。
「うわあ、ライブハウスが加速的に盛り上がってるよ・・私、復帰しても居場所あるかな」
盛り上がりの加速材料が、画面に映っていない勇太の乳首だと気付かない風花は、ちょっと落ち込んでいる。
「大丈夫だよ。風花が出てれば、この倍は盛り上がってるよ」
「ホント? 葉子さん」
「私が保証する」
「ありがと」
「ふふふ」
そのとき病室のドアがノックされた。
「は~い」
「今、いいかな」
今日も間門陽介が来た。
風花がドナーになった間門由乃の父親。要するに法律的には認められない風花の父親だ。
1日に1回は由乃と風花のお見舞いに来る。
「あ、どうも~」
「陽介さん、仕事だったんでしょ。お疲れ様」
「身体の方はどうだい風花さん」
「はい、いい部屋を用意してもらって快適です」
「ところで・・」
「金の話とかならストップだよ、陽介さん」
葉子からダメ出し。
間門側から風花に対して十分な謝礼を考えているが、風花は伊集院君に色々な相談して断った。
仕事のキャンセル手続きなどのみ、間門側に頼んだ。
伊集院君にハッキリ言われた。常識外の金銭、間門からの特別な仕事を受けるなと。
双方にデメリットがある。なにせ由乃と同じ病気でドナーが見つからず苦しんでいる人がいる。
企業と新人ギタリスト、評判を無視できない。
間門側『金を使い、ごり押しで風花にドナーを頼んだ』
風花側『今後の後ろ楯を条件にドナーになった』
大きな利益を風花が得ると、この二つの噂が事実と見なされる。
本当の動機は、異母姉妹を助けたい風花の善意。
だけど由乃は陽介の正式な娘。風花は無作為の提供精子で生まれた娘。法律上、名乗ってはいけない。
病気自体の問題もデリケートすぎる。
『普通のドナー』の範囲を逸脱してはいけないと、世話になっている伊集院君に念を押されている。それは葉子も一緒に聞いた。
「陽介さん」
「なんだい、葉子」
「退院後の風花は私が面倒みるから、気にしなくていいって」
気楽に笑っている。思わず陽介も笑った。
陽介は、葉子のこういうシンプルなところに惹かれた。そうして他の嫁に紹介した日に隙を見せたら、押さえ込まれた。
一発で妊娠して14人目の嫁に迎えた。
なのに葉子が別居を選んだ。無茶苦茶な女だけど、それでも愛情はある。
葉子が時計を見た。
「私、明日はカフェに早出だし、そろそろ帰るね~」
「気をつけて帰ってね~」
「葉子、またな」
「陽介さん」
「ん?」
「風花に手を出しちゃダメだよ」
「出さないよ」
「風花、私の彼女だからね」
「ははは。分かってるよ。この話、5回目だぞ」
葉子が帰った。
陽介と風花で初めて2人だけになった。
葉子から見ると、風花は彼女。陽介は夫。
関係だけ聞くと、まるで三角関係。そして陽介と風花は恋敵のようだ。
本当は、名乗れない親子関係。
「風花さん」
「はい間門陽介さん」
「改めまして、由乃のためにドナーになってくれてありがとうございます」
風花は、自分が梓や由乃と異母姉妹だと知った。
そして当然、陽介が遺伝子的な父親だと知った。
だけと法律的に名乗れない。
本当は『妹を助けるのは当たり前だよ、お父さん』。そう言いたい。
だけど言えない。
陽介も風花の出生番号を確認している。これは医者にごり押しした。厳密には違法。
だから風花も提供精子から生まれた自分の娘だと知っている。
そうした上で、由乃の産みの母親の香里奈、間門の妻と子供達に、風花の出生番号を探るなと言ってある。
それで答えはバレバレだけど、外に漏れて、意外なところから恩人に傷が付かないように心がけている。
間門の妻達と娘達も理解している。
陽介は本当は『風花、姉として妹を助けてくれたんだね。ありがとう』と言いたい。だけと言うわけにはいかない・・
「由乃の・・・お父さん」
「風花君、どうした」
「私にも、どこかにお父さんがいるんだよね。法的な呼び名は、精子提供者だけど」
どちらも分かっている。だけど明言できない。
「・・そうだろうね」
「私、今回は間門の人と家族ごっこのつもり」
「ごっこ?」
「陽介お父さんを見つけて、妹の由乃のドナーになったっていう設定」
「・・」
「だから、今回のことで特別なお礼はもらいたくないんだよね・・」
「え、それは」
「妹みたいなものを助けて、お父さんのような人に感謝される。その自己満足で完結したい」
陽介は、静かに語る風花を見つめている。
「思い込みと意地がなきゃ、ミュージシャンなんてやってられないからね。ふふふ」
陽介に顔を向けて、嬉しそうに微笑んでいる。だけど目尻から涙がこぼれている。
陽介も、自然と涙が溢れてきた。




