166 母親を悲しませちゃいけない
間門彩奈の覚悟は誰も知らない。
勇太が応じてくれれば、2週間ほど後に調停を行う準備をしている。
彩奈は、その日まで日常を楽しむことした。
◆◆
勇太は陽介から嘉菜が自分の歌のファンだと聞いた。
陽介もそれ以上は言えない。彼も過去の勇太に制限をかけた側だから。
「さ、勇太君、すまんがご飯くらい付き合ってくれ。色々と用意したぞ」
「はい。ごちそうになります」
勇太はモテる男子もパパになると、色々と気苦労があるなと思った。
◆
やたらと広い和室に行くと、お膳が沢山あった。いつでもご飯が食べられる状態だった。
大人は、なんとも言えないムード。
間門の女達は正直に話した。嘉菜のために来てもらったと。勇太に通告した側なのに申し訳ないと葉子に謝った。
今後の流れによっては、勇太に和解金を出してでも娘の幸せを応援したいと申し出た。
葉子には予想外のパターン。バカ高いプライドを持った女達ばかりだと思っていたが、娘のために頭を下げている。
対して梓と異母姉妹は、意外なほど雰囲気が柔らかい。
勇太の話で盛り上がっている。
間門側の娘も、ここに20人のうち12人がいるが、大人が口を閉ざしていたお陰で梓にマイナスイメージもない。
梓も陽介とは定期的に会っていたし、母葉子の性格を考えれば真面目な妻達と折り合えないと思っていた。なので娘達にも悪い印象はなかった。
大好きな勇太のことも・・ほんの半年前までの勇太だったら、大人達が信用できなかったのはしゃーないやと思っている。
勇太が促されて梓と2人で上座に座り、食事が始まった。
勇太の右には妻の梓。呼ばれた名目は、そういえば梓の結婚祝いだった。
間門側は勇太の近くは大人でなく、陽介の娘達。
姉妹達に促されて、嘉菜は勇太の近くに座っている。
だけど自分は勇太と間門の確執を作った親玉の娘。ここで勇太に嫌われる可能性があると心配していた。
他の姉妹と同様にすごく緊張している。
「ユウ兄ちゃん、せっかくのごちそうだからいただこうよ」
「うん、遠慮なく。嘉菜さん、いただきますね」
もりもりもりと、おいしそうに勇太が食べる。カフェのバイトからここまでタイミングがなくて、腹ペコだった。
言葉は少ないが女の子達に女神印の食欲を披露している。
カフェのときと同じ太陽のような笑顔。
その光景を見た嘉菜達は、勇太が怒っていないと感じた。
嘉菜は頃合いを見て背筋を伸ばし、勇太の近くに座を移した。
将来の間門家代表として何か言おうとしている。姉妹も倣った。
勇太と梓も嘉菜の方を向いて、同じように正座した。
「・・勇太さん、梓ちゃん」
「あ、はい」
「はい」
「勇太さんを間門が拒絶し、父と梓ちゃんを縁遠くするような真似をして申し訳ありませんでした」
嘉菜は深々と頭を下げた。
「いえ、お気になさらず」。梓が答えた。
「我々の代では、お二人と良好な関係を築いていきたいと思っております」
「そうですね。こちらこそよろしくお願いします」
嘉菜も娘達もほっとした。
だけど現時点では、勇太と嘉菜は正式に交流を持てない。
勝手に間門の家から勇太に制限をかけた母親達に、再び姉妹達の不満が湧き出してきた。
嘉菜と特に仲がいい由乃18歳が嘉菜を思う余り、つい口にしてしまった。
「せっかく嘉菜が勇太君と仲良くなれたのに、相談もなく先に梯子を外したお母さん達が信じられない・・」
「待って」
勇太が強い声で、由乃を制した。
「あの・・。みなさん、親御さんは間違った判断をしてませんから、怒っちゃダメですよ」
「え、どういうことでしょうか」
「僕・・、いや俺って・・ほんの半年前までは、どうしようもない人間でしたから」
「・・・」
「親御さん達は、娘さん達を守るために、坂元家ではなく俺を拒絶したんです」
「けれど、梓ちゃんにまで迷惑をかけて・・」
「結果としてそうなっても、お母さんは嘉菜さんや由乃さんのことを考えて、心を鬼にしたんだと思います」
「そうなのでしょうか・・」
「俺はそう思います。きちんと話してみたらどうですか。生んでくれたお母さんと1対1で。話せるお母さんがいるんですから」
勇太は優しい目になった。
その目を見て嘉菜は、はっとなった。
梓と同居した理由は実母の事故死だと知っている。姉妹達も知っている。
娘達か、優しいけど寂しそうな勇太の目を見た。
「みなさん、子供の我が儘を聞いてくれるのも親だし、親身になってくれるのも親です」
勇太は、前世の母・葉子のことを思い出している。
元気な頃も、病気になったあとも変わらず愛してくれた。
完全に体が動かなくなったあと、もっと話しておけば良かったと思った。もっと感謝を言葉にしていれば良かったと思った。
「・・もう、俺にはできないですから、なおさら思います」
言葉にしたら、思わず涙が流れそうになった。前世の母親に死んでこめんと呟いた。
梓は何も言わず手を握ってくれる。
母を亡くした勇太の言葉は嘉菜と姉妹達の心に響いた。
◆
気付くと、勇太が場をしんみりさせてしまったと気付いた。
話題を変えた。
「そういえば嘉菜さんって、パラ高文化祭以来は会ってませんでしたね」
「あの・・。またカフェに行っていいでしょうか。間門の人間ですが・・」
「来たら、声をかけて下さいね」
「え、いいんですか」
「馬鹿だった俺と間門家の問題は残っていても、梓と嘉菜さんは本物の姉妹でしょ。遠慮しないで下さい」
「ぜひ、寄らせてもらいます!」
にこにこ笑顔になった。
それを見て、離れたところから見ていた間門彩奈も、少し心が軽くなった。




