162 うふふ、我慢なんて簡単です
間門嘉菜は自分と坂元梓が異母姉妹だと知った。
その夫は嘉菜が初めてトキメキを感じた坂元勇太。
勇太の前に立つと、緊張して話せない。
今日の海軍カフェでも、限定5人に『貴様、それでも軍人か』風のサプライズを仕掛けてくるとネットで告知があった。
タイミングも何もかもランダム。
ネットで、前の日に勇太の婚約者・カオルが仕掛けられたのを見ていた。
まさかが起こったときのことを考えた。
最後に『上官殿。責任を取って下さい』と言って、勇太にハグしてもらおう。
「ちょ、ちょっとやってみたいけど、はっちゃねすぎですね・・。いえいえ、たった5人ですよ、当たるはずか・・ふふふ。私ったら」
「どうしたの嘉菜」
「いえいえ、何でもないだす」
妄想して、姉妹とお茶をしているときに頬を赤くしていた。
本当に幸運を引き当てた。驚きすぎた。
実際には、場を盛り上げるどころか、固まって泣きそうになって勇太を困らせた。
なのに帰り際に謝られて、今朝焼いたゴブリンパンをくれた。
「カナさん、驚かせたお詫びに、リーフカフェで何か奢ります。また来て下さいね」
「・・はい、勇太さん」
ドキドキが止まらない上に、勇太の嫁が自分の異母姉妹だと知った。
姉妹の彼氏を紹介してもらって、彼女に加えてもらうのが一番の近道。
彼氏持ちの学友から教えてもらっていた。
何て幸運なんだ。
そうやって喜んだのは一瞬。間門の家と勇太は絶縁に近い状態にあると聞いた。
間違いなく間門家の事情が絡んでいると思った。あきらめる。
家の居間。
家族を困らせないように、無理して表情を消した。
嘉菜は得意の能面になったつもりだった。
けれど実際には、そんな顔じゃなかった。
親達は、あ・・と思った。
「あの・・冗談です。今のお願いは、忘れてくださ・・」
嘉菜は言い終われない。
嘉菜の顔はぐしゃぐしゃに歪んでいた。
目から大粒の涙がこぼれた。居合わせた親姉妹14人の前で泣いた。
初めて嘉菜の悲しい泣き顔を見た家族は心底驚いた。
嘉菜は居間から出ていった。
居間では母親の1人が、4年前のクズな勇太が坂元家に入ったことが、両家の溝が深まった原因だと明かした。
しかし嘉菜の姉妹達は親が気にくわない。
嘉菜が思っている以上に、異母姉妹達は嘉菜が年相応の顔を見せ始めたことが嬉しかった。
その笑顔が1日でも長く続くようにと願っていた。
『クズな勇太』も引っ掛かる。姉妹達は勇太は珍しい男子カフェ店員だし知っている。
ほとんどの姉妹が1度は見に行っている。
怒り顔を隠せないのは、嘉菜と一番仲がいい同級の姉妹・由乃。18歳。リーフカフェの近くで、梓とカオル絡みのトラブルに遭遇した。
2人のために、男子3人、女子7人と殴り合おうとした勇太も目の前で見た。
シャツのボタンが弾けて、立派な胸板も見た。
嘉菜が憧れたことにも納得できる。クズとは何だろうか。
パラレル市に用があって嘉菜、由乃、妹ひとりと3人で出掛けたある日曜日。
嘉菜がリーフカフェに寄りたいと言い出した。
勇太が笑顔で迎えてくれた。
「あ、カナさんだ。2日連続で来てくれたんですね。ありがとうございま~す」
「え、私の名前を・・。ど、どうも、おじゃみゃししゃす」
由乃も妹もカミカミな嘉菜が新鮮だった。
嘉菜の海軍カフェでのサプライズシーンも、ネットに上がっていた。
姉妹みんなで見たばかりだった。
普段のクールさの欠片もなく、驚きすぎて戸惑っていた。
勇太の前でパニくっていた。
勇太にゴブリンパンを貰い、家では見せたことがない可愛い顔で微笑んだ。
みんなで、ほっこりした気分になれた。
なのに一瞬で我慢を選んで、恋心を捨てようとした。
家のために頑張っているのに、家のせいで笑顔が消えた。
娘達も頭がいいが、この時は冷静でなかった。
パラレル勇太と今の勇太で中身は別人と思う訳ない。だから、感情を込めて脳内ストーリーを構築した。
(坂元家で4年前からモテる男子を引き取った。梓の独占状態にした不満から、間門の大人達が坂元家を縁切り状態にした)。そう考えてしまった。
家を巡る環境の不満もたまっていた。
娘達は、それなりの学校に通っている。両親同居の学友も多いが、友人の半分は人工受精で生まれている。
そんな世の中になっても、血筋がどうだとか言いにくる親の親戚にも不満だ。
そんな体質が人工受精生まれの勇太を弾いたと思った。
由乃は声を絞り出した。
「・・嘉菜の初めてのお願いなんだよ」
一方、嘉菜は落ち込みながらも資料を置いてある部屋にいる。




