118 男性保護局が来た
勇太は柔道連盟の撮影が終わった次の日、月曜日だから普通に登校した。
もちろんルナと一緒。梓はカオルと朝ごはんを食べたあと、ギリギリで登校するそうだ。
「ところで勇太、連盟の人が撮影した映像、どんな風に使うんだろ」
「俺らみたいな素人には、よく分からないね」
「だね。ドラマの撮影も色んなシーンをバラバラに撮って、時間軸とかを繋げていくこともあるっていうしね」
ルナは、自分が勇太へのプロポーズの返事をカメラの前でしてしまったことを思い出した。
美人でもない自分のセリフなんて、真っ先にカットされると思っている。
後日、出来上がりを見てルナは、悲鳴をあげることになる。
柔道部の練習には熱が入った。今週末には県北地区の新人戦が始まる。
参加は24校。
カオル達、茶薔薇学園の団体戦優勝はほぼ決まりでも、一矢報いるために頑張っている。
部活が終わったあと、勇太はリーフカフェに部員を招こうとした。貴重な週末に柔道連盟の撮影に付き合ってくれた、みんなへのねぎらいのためだ。
しかし、高校に意外な来訪者があった。そして校長室に呼ばれた。
「どうも、厚生労働省の男性保護局の者です」
「突然、お訪ねして申し訳ありません」
スーツをビシッと着た、アラフォー世代の女性2人。いかにもエリート文官という感じた。
エリートしか配属されない機関だ。
「僕に、そんな部署の方が、何のご用でしょうか」
「坂元勇太さん、お聞きしたいことがあります」
「何かに関して女性に脅かされ、労働を強いられている可能性はないでしょうか」
「別に・・問題はないですよ」
ぶっちゃけ、勇太の仕事の雇い主、リーフカフェオーナー葉子、パンのウスヤのユリエママが、勇太を酷使しているとたれ込みがあった。
これは、昭和の男性アイドルK事件が起因する。
こちらの世界では勇太の世界と同様に昭和40年代に多くのアイドルが誕生した。その中で起こった悲劇である。
ある離島・赤穂島の漁村で育った男子Kは、綺麗な顔をしていた。優しいKを島民の女子は大切に育てた。
Kも島の女子を大切にし、15歳で最初の娘が生まれた、女の子たちと仲むつまじく過ごしていた。
昭和41年、Kが18歳のときに大型台風で漁村が被害を受けた。
金策が大きな課題になった。
たまたま災害レポートで島を訪れたテレビディレクターから芸能プロダクションを紹介されて、芸能界入りした。
希少な男子だからと、裕福でない島でも不自由なく暮らさせてくれた『家族』に恩を返すためだ。
人気は出た。
彼は優しく歌唱力もあった。人気は出たが、芸能プロダクションが悪質だった。
Kは活躍の割に安いギャラで休みなく働かされた。
島に届いた手紙には、もうじき島に帰ると書いてあった。多くの妻と子供は手紙の文面を信じて待った。
それは脅迫されてだったと、全てが片付いたあと発表があった。
真実はKの名誉のために闇の中だが、睡眠薬を使って眠らされ、全裸写真とハメ取り写真を撮られたという説が多い。
昭和43年の年の瀬。
遺書を残し、彼はこの世を去った。
雪が舞う昭和44年1月5日。
彼が生まれた島から47人の女漁師が船で本土に降り立った。手には武器を持って、芸能プロダクションの社長に対して仇を取りに行った。
相手は暴力を生業とする人間を抱えている。血みどろの戦いで返り討ちにあって女漁師は数を減らしていった。
だが最後の1人がプロダクション社長と刺し違え、仇討ちは成立した。
法に照らせば、島民の方が犯罪を犯した。
しかしここは、男女比1対12の世界。
何の見返りも望めない、亡くなった男子のために命をかけた女子。殉じた47人が大いに称賛された。
世論は、義勇のために戦った女子を擁護する声一色となった。
彼女らは、ご存じの通り『赤穂47漁師』と呼ばれている。
勇太は微妙に、響きが『赤穂47浪士』に似てるなと思った。
義勇の代名詞だ。
まだ人工受精が確立されていなかった時期。貴重な男子を死に追いやった人間に対して、日本でもっとも重い罪を適用した。
逮捕者の一部は、即射殺が許される『男子誘拐犯』と同等に扱われた。
100人を越える逮捕者を出す事件となり、労働基準法の男子適用部分を大幅に強化するきっかけとなった。
そして厚生労働省の男子保護課が、独立機関ともいえる男子保護局に進化した。
そこに勤める女子職員は、非常に人気が高い。なにせピンチに陥った男子を救うためにある部署。
吊り橋効果なのか、職員は男子との婚姻率も高い。今日来ている2人も男子との既婚者だ。
そこが人気の職業である理由ではないと、否定もできない。
今回は、勇太の目撃情報などを確認し、極端な労働時間を疑問に思う声が寄せられて動いた。
調査するほど、勇太が好きでやっているという結論だが、一応の聞き取り調査となった。
「お話をお聞きして、今回は坂元さんの意思で働いていると確認しました」
「困ったことがあれば、いつでもご相談下さい」
「はい、ご苦労様です」
パラ高柔道部員と合流して、カフェに向かっている。
「ルナ、赤穂47漁師って、江戸時代の忠臣蔵の赤穂47浪士と響きが似てるよね」
「江戸時代の忠臣蔵?」
勇太の世界では有名だった忠臣蔵の『赤穂47浪士』は、こちらではいなかった。
1700年ごろの江戸城内の事件簿には似たトラブルが記録されている。
折り合いが悪かった吉良家当主・吉良上野介子、赤穂藩主・浅野内匠頭子が、松の廊下でキャットファイトを繰り広げたようだ。
当時は男子減少から約100年。社会は女子主導に変わっていても、女子の剣術家は少なかった。
大名も全員が女性。身分は武士階級でも、刀は彼女らの魂ではない。江戸城内の帯刀禁止は全員が守っていた。
代わりにお付きの中に、体術に長けた女官がいて護衛役をしていた。
明かに前世ルナよりパラレルルナが強いのは、そういう背景があるから。女子に柔道で勝てない勇太は、そう自分に言い訳している。




