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嘘を吐いた。

作者: 山村

「宇宙の果てには何があるのかな」


 大学からほど近い丘の上。隣に寝転がっている彼女が言う。横目で見やった彼女の視線は真っ直ぐ空を見上げていて。夜空に広がる幾億のガスの塊の、その先を見つめている。そこに広がっているのは闇か深淵か。


「そもそも果てなんてないんじゃない?」私は答える。


 銀河系のその奥の、ブラックホールで吸われた物質は巡り巡ってホワイトホールで吐き出されるのだと彼のアインシュタイン方程式の解がある。もしブラックホールが宇宙の果てと言うのならばホワイトホールから再び宇宙に放り出されるのだから、結局は果て同士が繋がってループしているんじゃないかな。

 そんなインターネットで聞きかじった知識を織り交ぜた自論を私が得意気に話してみると、彼女は何も言わず考え込んだ。それから少し間があって。


「面白いね」と一言。


 下らないと一蹴されると思っていたからその言葉に驚いて思わず上体を上げてしまった。彼女はそんな私の顔を見て失笑した。


「ふふっ、あははっ。面白い顔してる」

「……う、うるさいなぁ」


 彼女があまりに綺麗に微笑むものだから思わず頬に熱が集まってしまい、顔をそらすという子供みたいな下手くそな誤魔化し方をとってしまう。頬の熱が引いた頃に顔を正面に戻し再び彼女を見やるとその瞳はもう私を見ていなくて、真っ直ぐに宇宙に向いていた。


「アオイの言う通り、宇宙に果てなんてないのかも」

「そもそも何を“果て”と定義するかにもよるよね」

「国語の話?」

「どっちかと言うと哲学?」

「うー……難しい話は無理だよ」

「あははは」


 こうして彼女と他愛のない話を繰り返す。大学の天体サークルで出会った私たちはこうして暇を見つけては天体観測に来ていた。サークルの仲間と一緒にする天体観測もいいけれど私は彼女と二人きりのこの時間が何よりも大切だった。

 二人で指をさしながら知っている星座を言い合って知識量を競ったり、こうして宇宙の話をしては今の悩みのちっぽけさを悟ったり。


「どちらにせよ私たちが生きているうちに確かめる術はないけどね」


 探査機がやっと火星に降り立てたばかりなのに、銀河系を飛び出すなんてあと何千年先の話になるのだろう。

 私たちの存在はとても小さく宇宙から見たら塵にも等しい。それでも私たちはここにいる。


「……」

 宇宙のことを考え始めると壮大になりすぎていけない。私たちはただ天体観測に、星を見に来ただけなんだと、軽く頭を振って再び草の絨毯に体を預ける。雲一つない澄んだ空に広がる星は眩しくて。腕を伸ばせば掴めそうなほどに近く感じられた。以前実際に腕を伸ばして掴むような仕草をして彼女に笑われたのを覚えているから、流石にやらないけれど。

 夏の大三角形がはっきりと見える夏の日のこと。

 私はもうすぐこの町を離れる。ここよりずっとずっと遠い、それこそ宇宙の果てより遠い場所に行くのだ。行き先は私にも分からない。


「……」

「アオイ」


 何も言わない私の名前を、心配そうな彼女の声が紡ぐ。鈴の転がるような声とはまさにこれのことだ。私は返事をせずおもむろに立ち上がる。


「もうだいぶ暗くなっちゃったからそろそろ帰ろう」

「……うん」


 彼女も、ほんの少ししか覗くことのなかった望遠鏡をケースに仕舞って立ち上がる。来た道を戻るように丘を下っていく。周りに街灯の少ないこの丘はサークルの先輩お勧めの場所で、星の綺麗な日は懐中電灯が必要ない。


「アオイ」


 再び彼女が私を呼ぶけれど、返事はしない。ついにしびれを切らし前を行く私の手を掴む。夏特有の生暖かい空気が私たちを包み込んでいる。

 振り返ると星が燦々と降り注いでいるから今にも泣きだしそうな彼女の表情が良く見えた。


「どこにも行かないでね」


 私の手を握った彼女が言う。私は迷いなくその手を握り返した。


「大丈夫、わかってるよ」

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