初詣に行ったら美人留学生が俺と「恋人になれますように」とお願いしているんだが
「……面倒くせえ」
年が明け約1ヶ月経った頃。
俺こと八神鷹人は近所から少し離れた、縁結びで有名な神社に初詣に来ていた。
それもこれもオカルトやら占いやらを盲信する姉の命によるものだが……正直そんなものを一つも信じていない俺には苦行でしかない。
「お守りは人に買って貰う方がいいだと? ふざけやがって」
だがいつの世も姉に勝る弟はなし、故に俺は鳥居の前で姉の指示通り頭を下げると境内へ入っていった。
「時期はズラした筈なのに、参拝客が多いな」
それも女性の方が圧倒的に多い。何なら男に至ってはカップルだけなのではという程。
それだけ愛だの恋だのに飢える女性が多いということなのか。
「まあ、俺はさっさとお守り買って帰るとしよう――ん?」
そうボヤきつつ参道を抜け本殿へと辿り着いたのだったが、何やらご神前にサークル状になった人集りがあることに気づく。
何だ、まさか神でもご降臨なされたのかと、俺は興味本位でその中心へ近づくと――そこには振袖姿の外国人が手を合わせていた。
というか、何処からどう見てもクリスティーナだった。
「おいおい……まあクリスらしいと言えばらしいのだが」
クリスは交換留学でやってきたクラスメイトなのだが、その姿は長い金髪に整った顔立ちと、ほぼモデルみたいな出で立ちをしている。
要するにかなりの美人。性格は明るく温厚で、日本語も堪能な為すぐにクラスに溶け込んだのだが、それは彼女がオタクなことに由来する。
つまりこの振袖も、漫画かアニメの影響でやりたかったのだろう。
「……しかしやけに祈る時間が長いな」
何なら参拝客が野次馬になっているのも、この長さが原因ではないかと思い、俺は頃合いを見て声を掛けようと近づいたのだが――
「どうかヤガミタカヒトと恋人にナリ、ズット一緒に笑っテいられマスよう、ナニトゾお力添えをよろしくお願い申し上げマス……」
予想の遙か斜め上の願い事に、俺は声を上げそうになる。
(いや、落ち着け、人も多いしここはまず離れることから――)
「ふう……ヨシ、これでアトハ――――!!!!!」
だがタイミングが良いのか悪いのか、丁度願い事を終えてしまったクリスは俺と目線が合うと、驚愕の表情で一歩二歩と引き下がってしまう。
こうなると最早逃げる訳にもいかず、かと言ってどう声を掛けるのがベストかも分からない俺は、散々頭を捻らせた挙げ句こう言ったのだった。
「あー……明け過ぎましておめでとうございます」
◯
「まさかファルクも参拝に来てたなんテ、凄い偶然デスね!」
「だなー」
お互い聞こえなかったフリをすれば、それは無かったことになる。
そんな訳で俺はクリスの願い事を聞いていないフリをし、クリスは俺に願い事を聞かれていない(多分)フリをすることで、俺達はいつもの関係性を維持していた。
(……とはいえ、本当は俺もクリスが好きなんだがな)
しかし予期せぬ展開では中々落ち着いて話も出来ない、故にお互い示し合わせたかのようにまずは雑談に興じるのであった。
「にしてもその振袖姿、よく似合っているな」
「本当デスカ!? モルに着てみたいと言ったら用意してくれたのデスが――ファルクに褒めて貰えて凄く嬉しいデス」
すると上機嫌になったクリスはニンマリ笑って、くるりとその場で一回転する。
彼女は喜怒哀楽を身体で表現しがちな性格なので、恐らく本当に嬉しかったのだろう。喜んでくれたようなら何よりである。
「……トコロで、ファルクは何でこの神社に来たんデスカ?」
「ん?」
「そ、ソノ……ファルクとはあまり縁がない神社だと思うのデスが……」
おずおずと、明らかに不安そうな表情で訊いてくる彼女に、俺は何となく求められている回答を察する。
……まあ恋愛運が上がると噂の神社で、男一人となれば勘繰りもするか。
「何だかよく分からんが姉にこの神社のお守りを買ってこいと命令されてな、理由はそれ以上でもそれ以下でもないよ」
「! そ、ソウデシタカ! デハこれからも姉の玩具でいてクダサイ」
「言い方に大分語弊があるな」
唐突に妙な日本語が出てきたが、クリスは昔から変な影響の受けた日本語を口にする癖があるので今更驚くことはない。
多分安堵して思わず出てしまったのだろう。
「あ、ファルク、アレ――一緒にやりまセンカ?」
「あれ?」
するとクリスが俺の袖を引っ張り指差すので目をやると、そこには大きな岩に空いた小さな穴を潜る参拝客の姿があった。
「『結び岩』……――ふうん、願い事を書いた御札を岩に貼り付けて、穴を通り抜けられたら願いが成就するのか」
「これでカップルになった人も多いみたいデスよ! しかも叶えたい願いが強ければ強いほど通り抜けられるらしいデス!」
「本当か~? このサイズだと物理的に無理な人もいるだろ」
「そ、ソレハ、きっとスライムみたいに」
「願いの代償に化物になってるんだが」
だが瞳を光らせ鼻息を荒くするクリスを見てやらないという選択肢もなく、俺達は授与所に向かうと御札を購入しペンを手に取る。
「ぜ、ゼッタイに見ないでクダサイよ!」
「みねーから心配するな」
とはいえ見なくとも内容は分かっているだけに、クリスがコソコソと書く姿を見ていると妙に気恥ずかしくなってくる。
まさかクリスはバレてないと思っているのか……? と思いつつも、俺は『クリスティーナの願いが叶いますように』と書き記すと、お互い見えない位置に貼り付け結び岩の前に立った。
「で、デハ……ファルクからドウゾ」
「俺が先かよ、まあいいけども」
そう言いながらグイグイと背中を押すクリスに送り出されるように穴の入口に来てしまった俺は、仕方なく身体を伏せ中へと入っていく。
「い、意外と狭いな……ぐ、ぐぐ……」
しかも岩の突起がゴツゴツと当たって痛い――だが少し工夫して身体を捻らせると簡単に抜けられた為、俺は立ち上がってポンポンと砂塗れの服を叩いた。
「……まあ、この程度で叶うなら誰も苦労はせんな」
「ファルクー! ヒェルプメ~イ!」
「は?」
しかしそんな感想とは裏腹に、背後から聞こえてくる決死の声に振り向くと、そこには穴に嵌ったクリスがいるではないか。
「おいおい……まさか出れないのか」
「ファルク……引っ張っテ……」
「そうしたいのは山々だが、無理して振袖が破れたら……」
「ううう……」
だが今にも泣きそうな程必死なクリスに、彼女の心情を理解している俺はこれ以上何も言えず困り果ててしまう。
彼女が喜んでくれればそれで良かった筈が、まさかこんな結果になるとは……と思っていると、クリスの背後に女性の神職さんが二人現れた。
『大丈夫ですかー? 今助けるので動かないで下さいねー』
「えっ? あ、アノ、そうではナクテ前ニ――あ、アアア~……!」
「すまないクリス……」
恐らく意地でも抜け出したい参拝客が多いのだろう。実に慣れた感じで神職さんはクリスの胴と足を掴むと、そのままズルズルと引き摺り出されたのだった。
悲しいことだが、やはり物理の前では願いも無力らしい。
◯
「……ハァ、あと少しデシタのに――」
その後。
無事救出されたクリスは明らかに悄気げた顔をしていた。
そりゃ彼女からすれば神を味方につけて士気を上げたかったのに、まさかお尻がつっかえて神に見捨てられるとは思いもしなかったのだから当然ではある。
ただまあ。
「あれはどう考えてもノーカンだけどな」
「? どうしてデスか?」
「自分で諦めた訳じゃないから。諦めない人間の願いを叶えないほど神様も薄情じゃないってことさ、だからノーカン」
「――……それはトテモいい考え方デスネ」
「だろ」
自分でもよくこんな台詞が出るなと思ったが、クリスに暗い顔など似合わない、だからスラリと言えてしまったのだろう。
実際、上機嫌に笑うクリスを見て何処か安堵している自分がいた。
『ファルク? さん、ヨロシクオネガイシマス、ニホンの方デスか?』
……思えば、昔からクリスに対してそうだった。
流行からは程遠いゲームでマッチングした日からずっと、気づけば上手くなることより彼女が喜ぶようなことばかりしていた気がする。
『アハハ! 今のはヒドスギデスよ~!』
『ニワカ? ニワカってどういう意味デスカ?』
『もっと日本語上手にナッテ、ファルクと一杯お話したいデスね』
彼女が笑ってくれるなら馬鹿な負け方もしたし、日本語を教えて喜んでくれるなら異国の言葉だって覚えた。知らない漫画やアニメの話題も、クリスの為ならナケナシのお小遣いを叩いて見たりも。
……振り返ってみれば、好意以外の何者でもない。
『ファルク! 留学先ファルクの学校に決まったヨ!』
『ファルクと会えるの、凄く楽しみデス……』
『一緒にセイシュン? しましょうネ!』
そんなクリスが交換留学で俺の学校に来てから早半年近く。
最初こそ日本を好きになって貰おうと色々案内したりもしたが、前述の通り彼女はあっという間に学校の人気者になり、気づけばその機会も徐々に減っていた。
それでも彼女が笑顔であるなら、俺は別に良かったのだが――
「……あのさ、クリス――」
「ファルク! 今度はおみくじ引きまセンカ?」
「え? あ、ああ……それは」
クリスが興味を持ったことは何でも一緒にやってきた。
なので彼女がおみくじを引きたいと言うなら当然了承しようとしたのだが。
先程の結び岩の件もあってか、嫌な予感が頭を過る。
(もしこれで凶を引いたら……クリスの願いが不本意に歪められるかもしれない)
おみくじなど所詮は運、だから気にしても意味はないと言っても、これだけ不運が重なると中々切り替えるのも難しくなる。
(そうなったら、クリスは――)
クソ、こんなことになるなら、最初から聞こえていないフリなどせず『実は俺も好きだったんだ』って言えば良かった……。
「こ……この玉無し腑抜け野郎が――」
「? スミマセン、おみくじクダサイ」
だがそんな自責の念に駆られている間にクリスはお金を払ってしまうと、ガラガラと数字の入った箱を振り始めてしまう。
「! ……く、クリス……!」
「ンー――……あっ、『1番』デスネ」
『はい、少々お待ち下さ――――? ヒイッ!?』
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ…………!」
こうなればもう、是が非でも凶以外を引いて貰うしかないと、俺はおみくじの入った棚に渾身の念を送っていると、何やら巫女さんが怯えた表情を見せる。
はっ……い、いかん、少し気合が入り過ぎたと、俺は慌てて平静を装ったのだが――
『えー……は、はい、どうぞ』
巫女さんは取り出したおみくじを、何故か手元の見えない位置でモゾモゾさせてからクリスに渡したのだった。
「? ……まさか」
「アリガトウゴザイマ――ワ! ファルク見てクダサイ! 『大吉』デスよ!」
「お……おお、凄いな、本当か?」
「ハイ! やっぱり神様は諦めないヒトを見捨てないんデスネ~!」
いや……多分違うというか、高確率で俺の圧がねじ捻じ曲げただけな気がするのだが、それは黙っておくとしよう。
結果的に瞳をキラキラと輝かせ、嬉しそうに大吉を掲げるクリスがいるのなら、それに水を差す意味はないのだから。
「…………」
「さ! ツギはファルクの番デスよ!」
「――いや、俺は止めておくよ」
「? どうしてデスカ?」
「もしこれで悪い結果だったら、折角の大吉が何か勿体無いだろ?」
「――ンー……デハこのおみくじ、ファルクに上げマス」
「え、な、何で?」
「シアワセのおすそ分けデスね、これでファルクも大吉デスヨ!」
「――!」
「きっとファルクも良い1年が送れマスネ~」
……ああそうだ。
俺がクリスを好きになったキッカケは彼女の笑顔だけじゃない、良い事や嬉しい事を他意なく共有してくれる所なんだ。
お陰で彼女といるといつまでも楽しい時間が続く、故に俺はそれが途切れないよう、喜ばせることをずっとして――
(……俺は、その関係をこれから先も続けたい)
そういえば、クリスの願いもそうだった――
だったら、俺がすべき告白は――
「クリス」
「ハイ?」
「俺はクリスが好きだ。だから……これから先もずっと、喜びや楽しさだけじゃなく、怒りも、悲しみも全て共有させて欲しい」
「!」
周囲の目など一切気にせずに、クリスだけを見据えると、俺は跪いて大吉のおみくじを差し出し、そう伝えた。
「も、モシカシテ、ファルクは私の願い事を聞いテ――」
「……逆に聞くけど、もしかして聞こえてないと思った?」
「ダッテ、ファルク何も言わないカラ……」
「あー……それはごめん、普通に聞こえてた」
「う……そ、ソレナラもっと早く言ってクダサイヨ……」
「その、咄嗟になんて言えばいいか分からなくて――でも、だからこそこの気持ちは嘘じゃないから、もしクリスがいいなら俺と――!」
そう言いかけた所で、ふわりと黄色の振袖が俺の身体を優しく包む。
すぐ横には、クリスの顔があった。
「答えならモウ――叶いましたカラ」
「……そうだったな」
『パチパチパチ……』
すると、そんな俺達の周囲から、ふいに拍手が聞こえてくる。
「あ」
そ、そうだった……感情が昂ぶって思わず告白してしまったが、ここは恋に恋する者達が集まる神社なのである。
必然、これ以上ない縁起の良い光景を祝福しない者などいないだろう。
そう思うと途端に恥ずかしくなってきた俺は慌ててクリスの手を取ると、小走りで神社を後にする。
「わ、悪い……もう少し場所を考えるべきだった」
「イエ……私はスゴク嬉しかったデスから……ソレニ」
と、クリスは繋いだ手を両手で優しく握りしめてくると。
鼻元まで赤くなった顔をくしゃりとさせてこう言うのだった。
「ファルクと恥ずかしい気持ちを共有出来て嬉しいデスね」
「! ――これで恥ずかしさが半分になれば良かったんだけどな」
「それはタシカに――――あ」
そんな風に思わず惚気けた会話をしてしまいながら、気づけば家の近くまで来ていたのだが、ふいにクリスが何か思い出したかのような声を上げる。
「どうかしたか?」
「エエト……ソノ、ナニカ大事なことを忘れている気ガ……」
「? いや……別に何もないと思うが――――あ」
姉「しばくぞ」