ちょっとながいかもしれないプロローグ
僕、海原カイトは、東京住みのごく平凡な中学三年生である。近くにいくつか高校があり、中高一貫校でもないうちの学校は、基本的に高校からはみんなバラバラ、今まで仲の良かった仲間とも卒業すればお別れである。今日はそんなうちの学校の卒業式だった。親友との別れを嘆き大泣きする男子、みんなで同じ高校へ行くという謎の結束力を見せる女子など様々いるが、僕は結構のんきにボケ~っとしていた。いやまぁ今までよくしてくれたやつもいっぱいいるし、この学校から離れがたい気持ちも結構ある。とはいえ泣くほどでもないし、みんなで同じ高校いこうなんて気もさらさらない。こんな僕だからみんなから無表情とか言われるんだろうなぁ…と一人で勝手に感傷に浸っていると、横から、
「お~いウミウミ、俺ら高校別々になっちゃったなぁ、悲しいなぁ~」
と僕の友達である柊ケンが肩を組んで、涙と一緒に出るタイプの鼻水をすすりながら話しかけてきた。ちょっと汚い。ちなみにウミウミっていうのは僕のあだ名で、「海」原「カイ」トと海が2回続くからとケンにつけられた。結構上手い。気に入っている。
「お前泣いてないじゃねぇか!悲しくないのかよ~」
ケンが言葉を続ける。
「悲しくないわけじゃないよ、ただ泣くほどでもないってだけ、みんな一人一人が自分の夢へ向かっていくんだからさ」
と僕が澄ました顔で言うと、
「お?お前いつからそんな先生みたいなこと言うようになったんだ~?」
といつの間にか悲しみから立ち直ったケンが僕の脇腹をつつく。
そんなのんきな話をしていたら、突然。
「な、なんだ!?」
クラス全体を覆うほどの魔方陣が突如床に現れたかと思えば、視界全体が真っ白な光に覆われてしまった。
チカチカする目をゆっくりと開けると、そこはどこが壁なのかすらわからないほどこれまた真っ白の空間だった。僕以外のクラスメイトも同じようにこの空間に飛ばされていたらしく、その空間はギチギチだった。ケンは…いたいた。こっちに来ようと人をかき分けようとしてるぞ…あ、諦めた。
「ようこそ、『転移の間』へ」
気づくと、神様が着てそうな感じの純白のローブに身を包み、更に神様っぽい純白の翼を背中から生やしたいかにも神様って感じの女性がその空間にいた。
「な、なんですかその格好?」
クラスメイトの一人が耐えきれず質問する。
「女神の正装です」
女神が返答する。翼が不機嫌そうに揺れた。どうやら偽物ではないらしい。質問したクラスメイトもその翼が偽物でないことに気づき、驚きの表情を見せた。
「話を続けます」
女神が半ば強引に話を戻す。
「単刀直入に言うと、あなた方にはこれから異世界に行ってもらいます。そのとき異世界の厳しい環境下で生き残るためのもの…チートスキルでも最強の武器でも、なんでも好きなものを一人ひとつずつお申し付けください」
いわばテンプレ展開とでも言おうか、異世界転移という響きが僕の心を踊らせた。それはクラスメイトたちも同じだったらしく、もうどんなスキルを頼むーとか異世界に行ったら何をするーだとかという話題で盛り上がっている。流石の順応性である。
「異世界にいくなら私達離ればなれにならなくてすむね!」
だれかが嬉しそうな声で言った。その言葉を聞いたケンが嬉しそうな顔でこちらを見る。
「いえ、皆さん一人一人別々の世界へ転移していただくので結局は離ればなれですよ?」
女神の悪気のなさそうな一言がクラスメイトたちのテンションをだだ下がりさせる。その言葉を聞いたケンが悲しそうな顔でこちらを見る。
「と、いうか、なんで僕らなんですか?」
気になったので質問してみた。
「なんで僕ら、とは?」
女神が聞き返す。説明が足らんかったか。
「なんで僕らが異世界転移者に選ばれたんですか?だって僕らの世界にはいっぱい人がいるのに」
と付け足すと、回りのクラスメイトがうんうんと頷く。みんな気になってはいたようだ。
「それは…」
女神が答える。
「あなた方が中学3年生、詰まるところ、年頃の年齢だからです」
「へ?」
「いわば『チュウニビョウ』というやつです。あなた方のような年頃の若者は普段から自分が最強になった~なんて妄想をしている子が多い。だから自分が最強になる方向性が決まっていて、チートの受け渡しもしやすい」
図星。僕らの仲良しグループの最近の話題といえば、もっぱら異世界転移したらなにする?であった。というか。
「神様的には僕らが最強な方が都合がいいんですか?」
そうなると今度はここが気になる。
「転移者召還の儀をした場所に今からあなた方を送り届けるのですが、転移者召還の儀には多くの犠牲が伴います。いわば、転移者召還は最終手段なのです。そのため、多くの場合転移者を喚ぼうとする者は危機的状況に瀕していることが多いです。そのとき、あなた方の絶対的な力が必要なのです」
なるほど。納得した。兵力増強のためとか、危機的状況に瀕していない場合もあるだろうが、そういうのは自分で見極めればいい。
といった具合に、質問が一区切りついたところでチートの受け渡しが始まった。一人一人個別の部屋に入れられて、女神と話し合う感じだ。女神が個別で話し合うためです、とかいって分身しだしたのはさすがにびっくりした。
仲良しグループで話し合ったときは、HPがマイナスまで減って、HPが減れば減るほど攻撃力が上がるチートなんてのも考えたが、いざ本番となると痛そうなのでやめておいた。できれば、安全で、なおかつ自分の力として振るえるチートがいい…あ、思い付いた。
「その顔、何か思い付いたようですね」
女神が見透かしたように言う。
「はい…神様、僕を弟子にしてもらえませんか」
「はい?」
女神が呆けたたような、驚いたような顔をする。が、すぐに落ち着きを取り戻し、
「私の弟子になっても、空間魔法しか教えられませんよ」
と言った。空間魔法!?もう響きがかっこいい。
「ど、どんなことができるんですか?」
と聞くと、
「空間を切り取ったり、空間を圧縮、膨張させたり、空間ごと瞬間移動したり…挙げるときりがありませんね」
す、すげえええ!
「ぜ、ぜひそれを教えてください!」
「え?あ、はい、こんなことでいいなら…」
女神の自分への過小評価が少し気になるが、まぁいい。
「大体どれくらいの時間がかかるんですか?習得には」
僕がちょっと気になったので聞いてみた。
「そうですね…本来なら10年はかかりますが、空間の神である私が教えることを加味すると、大体1ヶ月ほどですかね」
おっと、一気に縮まったぞ。神の力すげー!
「じゃ、じゃあ…お願いします」
僕は緊張とそれより遥かに大きい期待を胸に女神と握手を交わした。
~三年後~
修行が終わった。言いたいことはわかる。お前三年も何しとんねん!1ヶ月って言ってたやろ!でしょ?実はあの後、様々な神様が面白がって僕にいろいろ仕込んでいったのだ。例えば鬼神から武術を、魔神から魔法を学んだ。それぞれの神様には程遠いレベルの力だが、いかんせん学んだ種類が多いので、総合力では力の弱い神様に勝るほどに成長した。
三年も月日が経ってるけど大丈夫ですか?僕を召還した人ら待たせてない?って神様に聞いたら、時空神が時間を歪めてどうにかするらしい。つくづく思うが、神様ってどうしてこう規格外なんだろう。僕にできるのはせいぜい時間を1秒間止めるくらいだって言うのに。
といった具合で今日は僕の異世界へ出発する日。今まで僕に修行をつけてくれた神々が見送りにきてくれた。
「それじゃ、さようなら」
僕は名残惜しい気持ちを持ちながらも、出発しようとした。と、鬼神が、
「待て」
僕はびっくりした。だって鬼神様はいままで、うん、ううん、しかしゃべらなかったからである。
「お前は俺が認めるほど強く成長した。今のお前なら、行った先の世界で天下だって簡単に取れるだろう。」
鬼神が僕を認めてくれていた。それはとてもうれしい話であった。
「だが」
鬼神は続ける。
「お前は行く先の世界ではあまりに強すぎる。その力をなんのために振るうか、よく考えて行動しろ」
その言葉には、確かな重みがあった。鬼神が、僕のことを想って言ってくれているのもわかった。
「まあ、要するに…むかつくやつはぶん殴れ!以上!」
にかっと笑って鬼神が言った。いやダメでしょそれは!今の話的に!
他の神々からもそれぞれ別れの言葉をもらい、僕は今度こそ異世界転移用の魔方陣に乗った。学校の教室で初めてその魔方陣に乗ったときと同じように、視界が光に包まれた。