SP01-3【特別編】十桜と水浴びの乙女たち(春夏秋冬の章)
今週は水の中に入ります。
SP01-3【特別編】十桜と水浴びの乙女たち(春夏秋冬の章)
妹の、三人一緒にお風呂にはいろうという提案。
十桜は、熱いだろうが! と言い返そうとした。
だが、
(三人で風呂……確かに熱い……)
熱いのも悪くはないと考えて黙った。
(……いや、水着か……)
(いやいや……日本人としてそれはどうなんだ?)
(ならば、タオル一枚だけで……)
(いやいやいや、タオルで湯船は汚れてしまう)
(それこそ日本人としてどうよ?)
(ならば……)
「……あっ、もちろん水着は着ますよ……!」
莉菜があわてていった。
「あぁ……」
わずかだが、十桜の声は沈んでいた。
「水風呂にしてはいろうよ。きっとプールみたいで楽しいよ」
そらはそういいながら、十桜のほっぺをぷにぷにとゆるくつねっていた。
「なにしてんだおめえ」
「なんとなく」
「水風呂かあ、盲点だったなあ……」
起死回生みたいないい案だった。
それを思いついた妹に、十桜はちょっと嫉妬した。
その嫉妬心は、妹のやわらかすぎるほっぺに向かった。
えんぴつを持たない方の手でぷにぷにと揉んでつねる。
「やったよ莉菜ちゃん……! あいあんくろーじゃないけれど……」
「そらちゃんよかったねえ」
「うん……!」
莉菜は十桜とテーブルの角を挟んだとなりに座り、
そらとよくわからないやり取りをしている。
(人口密度が濃い……)
畳十畳の部屋なのに、三人は1.5平方メートル以内に固まっていた。
ときおり、みかんのようなシトラスとさわやかなミントのにおいがかおる。
そんななか、
「かわいい~」
莉菜は身を乗り出して模造紙のダンジョンを見ていた。
猫プールを見つけたのだ。
しかし十桜は、莉菜にまたほっぺをつねられるのではないかと焦り、
そらから手を離した。
妹の白いほほは薄い赤にそまっていた。
「お兄ちゃん、短いよ~……」
「なんの話だよ」
「先輩、あたしたちも水風呂はいりましょうよ」
「あ? ああ……」
「あっ! もちろん、みんな水着を着て……」
「わかってるよ……!」
三日月家の風呂場は広い。
小さな旅館のようになっていて、
石張りの浴槽は一度に六人浸かれるくらいの余裕がある。
うちの水回りをリフォームする際、温泉好きの父は浴室にこだわった。
あまり使っていなかった物置部屋をなくし、風呂場のスペースを拡張したのだ。
十桜は高校生のときつかっていた濃紺色に白い紐のサーフパンツを履いた。
その水着のタグに付いていた“水陸両用”の文字に惹かれて買ったものだ。
ひとまず体を洗ってひんやりした湯船に足を入れる。
「うへええ……!」
さっきまで汗ばんでいた全身を突き抜ける刺激。
常温のはずの水が想像の五倍冷たい。
(こういうのは一気にいくんだぜえ……!)
十桜は無理して全身を肩まで沈めた。
「うおおおおおお……!!」
身を固めてちいさく叫ぶ。
そのまま我慢していると水温に慣れてくる。
気持ちいい……と感じてきた肌にツンと赤いものがあたる。
「趣味だねえ……」
それはバラの花びらだった。
広い浴槽の水面に色とりどりの花びらや花まるごとが浮いている。
ただの水溜めに色彩を加えるだけで女の子用のお風呂を演出していた。
こんな乙女空間に自分は場違いだけれど、
ちょっとときめいている。
(儂が、きゅんきゅんさせられただと……!?)
戸惑う十桜の肩に、黄色い塊がぶつかった。
ぷかぷかしているアヒルちゃんがあやまるようにぺこぺこお辞儀をしていた。
そのプラスチックのアヒル人形もお花のお風呂と世界観が違う気がする。
十桜はそいつを味方にしようとモヌッとしたボディをつかんで頭に乗っけた。
なんとなくいい匂いがする。
くんくんしていると、脱衣所がキャピキャピしてきて、
胸がドキ――――――――ンとする。
『……うふふ、おにいちゃんもうはいってるね……』
『……うん……そうだね……』
乳白色のガラス戸一枚隔てた向こうに、
ただの、いつもの妹と後輩の声が聞こえただけなのに、
『……りなちゃん、きんちょうしてる……?』
『……え~……えへへ……そらちゃんはあ……?』
なにか、いけないことをしていて、
自分がこの場にふさわしくない存在であるかのように
身体が固くなり、かつ、ふわふわしている。
『……わたしもちょっと……』
『するよね……』
『白もにあうけど、黄色もにあうね……』
『……ありがとう、そらちゃんも……』
(どうする!? どうしよう!? どうするんだ!?)
男は十桜と頭の上のアヒルちゃんだけ(アヒルちゃんは男なの?)。
とても心細い。
『……そらちゃんさきにいってほしいな……』
『……ん……うん……ん~……でもぉ……やっぱり、じゃんけんできめる……?』
『……うん……そう、だね……』
(猫つれてくりゃあよかった……)
十桜が猫を召喚できればいいのにと思ったときには、
ガラス戸の向こうが一瞬しんとなり、その戸が開いた。
そこからおずおずと現れたのは低身長ボインの後輩だった。
うつむいている彼女は、
一瞬、裸にバスタオルを巻いているだけの姿に見えた。
心臓がドクンと跳ねあがる。
すぐに、肩にかかる水着のストラップが目にはいり、冷静になる。
わけもなく、十桜のまなこはダイナマイトな雪山を激写。
視線はすぐさま水面にもどる。
「せ、せんぱい、こんにちは……」
「ん、うん……ごきげんよう……」
「お湯加減、じゃなくて、お水の加減はどうですか……?」
「ああ、冷たくて涼しいよ……思ったいじょうに……」
「そう、でしたか……涼しいほうがいいですもんね……」
「ああ、涼しいほうがいいもんな……」
そらはすぐそこにいるのにまだ来ない。
視線は合わない。
二人だけの空間が気まずい。
水風呂の温度なんて感じない。
「……そらちゃん……」
莉菜が助けを求めるような声を出す。
「……ごめんね、タオルがはだけちゃって……すぐに取るんだけど……」
そらが胸上のタオルをいじいじしながら風呂場にはいってきた。
メガネはかけたまま、長い髪はポニーテールにしている。
「お兄ちゃん、おまたせ……なんか、平気だと思ってたけどはずかしいね……」
そういう妹の顔は、夏のそれとは明らかにちがう熱を帯びているように見える。
「は、はずかしいよね……」
小声でつぶやく莉菜は、
そらのほうに身体をくねらせ顔があまり見えない。
だが、やはりそらと変わらない顔色になっている様子。
十桜は水風呂につかりながら絶景を眺めた。
白いタオルがかぶさる雪山が並ぶ。
その雪化粧の下には、巨大なパッションフルーツが四つも隠れているのだ。
風呂場の窓には、そらと莉菜が飾ったのか、南国っぽい植物が吊るされている。
もう、夏なのか冬なのかわからない。
十桜は秋生まれだ。
春よ来い。
お花のお風呂だ。
もう春は来ていた。
春夏秋冬独り占めだ。
「ところで君たち、そのままではいるのかい?」
「水着になるよ……ね、莉菜ちゃん……」
「ん、うん……」
「……」
「……」
「……」
そして誰もしゃべらなくなった。
十桜の視線は花びらの水面と雪山をいったりきたり。
「そらちゃん……タオル取ろっか……」
「うん……そうだね……取ろう……」
「……」
「……」
「……」
そして、誰もしゃべらなくなった。
水面で花はくるくる回っている。
なんだか肌が寒い。
「……恥ずかしいんだったら、そのまま入ればいいんじゃないのか……」
十桜は、先輩として、兄としての提案をした。
「でも、せっかく水着買ったから見せたいし……ね?」
「うん……二人で買いに行ったんです……」
「そっか……」
「じゃあ、いっせいのせで取ろうか?」
「うん……」
そらと莉菜が胸元に手をやる。
十桜は息をのむ。
二人の指が動く。
十桜の視線は揺れるお花に落ちる。
それから風呂桶の縁、二人のバスタオルを巻いたお腹あたりに移る。
その、二人の腰あたりにシャボン玉が浮いていた。
二つ三つ。大きいの小さいの。
(……なんだコレ……!?)
(そらの演出か……?)
そんなことするか? と思いつつ、二人の足元を見た。
すると、床に猫が寝転がっていて、
その、白に黒ブチの身体を泡まみれにしているではないか。
(うわっ!!)
浮いていたシャボン玉は、莉菜とそらの間で遊んでいる猫から生まれていた。
「オマエいつのまに!?」
「え?」
「なに?」
莉菜とそらは覗くようにうつむいた。
「あっ、おたま……!?」
「おたまちゃん……!?」
二人とも、足元の猫の存在に気がつかなかったようだ。
おそらく、穏やかじゃない胸のふくらみが邪魔をして、
足元は視界不良だったのだろう。
十桜は、そんな巨乳あるあるを思い出していた。
それは置いといて、
床の泡々は広がり、莉菜とそらの足に触れていた。
そらがその足をすこしずらす。
すると、
「……わっ……!」
バランスを崩して莉菜に抱きつき、
「キャッ……!」
抱きつかれた莉菜も足を滑らせて身体を揺らす。
そのときには、十桜は立ちあがって片足を風呂桶から出していた。
もう片っぽの足を持ちあげたとき、
娘たちが倒れかかってきた。
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次回、えらいこっちゃあ!!




