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0052 戦闘終了させるまでの60分(熾烈な八人の役目編)

熾烈で苛烈なヤツラ!


 そのとき、分身の視界が三つ同時にアップになった。


 それは角度が違うだけで、どれも同じ地下のボウリング場を映していた。

 全8レーンあるそこのガラス戸はすでに粉々に破壊されていて、

 至るところに牙ネズミが走り回っていた。

 そのなかで目を見張ったのは、

 投げたボールがリフトで戻ってきてストックされる台だ。

 その、ボールが戻ってくる用の穴から牙ネズミが何匹も出てきていた。

 まるで、そこから出動しているかのように。


(あれ……こいつら……)

 

 なにより、ソイツらの大きさには違和感があった。

 その体躯は、平均よりも小さめで子ネズミに見えたのだ。

 しかも、その子ネズミたちはどんどん大きくなっていった。

 ヤツラは急激な成長をしていたのだ。 


(……これは、マジか……!?)


 牙ネズミ亜種のステータスを思い出す。


 ・

 ・

 ・

『繁殖力が高い』

 ・

 ・

 ・


(……もう産んでるのかッ!?)


 そうとしか考えられなかった。


 三体の分身は、ひとまず全部の穴をボールで塞いだ。

 その間に分身の応援が五体来て、

 そして八人でボウリングをはじめた。

 ピンはセットされていないし、

 みな、だいたいヘタクソだった。

 だが、

 ピンが吸い込まれるはずのあの隙間から、

 驚いた牙ネズミがざっと千匹以上飛び出してきたのだ。

 

 そのレーンを駆ける何匹かの尻から、子ネズミが数匹転がり落ちていた。

 ソイツらはなんと、走りながらのエクストリーム出産をしていたのだ。

 

 そこに、機動隊の《ソードマスター》と《大魔道士》が応援にかけつけ、

 ボウリング場殲滅戦が開始された――


   ◇


 同時刻、四階廊下の様子。


 みずたまくんにキャノン砲をカマしたキメラは、

 ロープでグルグル巻きにされていた。


 青石の《捕縄とりなわ結界》にかかったのだ。


 ヤツが甚五を吹き飛ばして十桜目掛けて迫ったとき、

 組子細工のように廊下の壁に張り巡らされたロープに絡まったのだ。

 絡まったロープは、生き物のように動いてヤツをグルグル巻きにした。

 大きなミノムシは廊下に転がっていた。

 

 そこに《中位拳闘士》のタンクトップのひとと玉井が駆けてくる。

 追い打ちをかける気だろう。 


 しかし、 


「待ってください! スキルを使ってきます!!」


 十桜は叫び、二人を止めた。

 その後ろに続いてきた機動隊の《上位騎士》二人も止まる。


 だったのだが、


「自分ッ! よう遊んでくれたやんけええエエェェ――ッ!!」


 復活していた《高位僧侶》の回復を受けて輝きながら、

 甚五が上位騎士を踏み台にして、跳躍からの攻撃スキルを放ってきた。


 そのときには、

 モンスターを縛るグルグル巻きのロープは切られていた。

 キメラの二本角と、腕と足の爪がグンと伸びたのだ。

 ヤツは寝転がったままで首と手足を乱舞させ、

 轟音をあげて凶暴な駄々っ子状態になっていた。


 ――ゴゴオオオォォォォォォォ


 振り回される角と爪は光を放つ。

 弓なりに落下する甚五は、ミキサーの上に落ちてこようとしていたのだ。

 

 そのとき、


 ――バァチィ――ッッ


 甚五の身体は見えないバットに打ち返えされたかのように、

 玉井とタンクトップと騎士たちのあたまを飛び越え、

 廊下の天井にぶつかって床に軽石のようにバウンドしていった。


 綺羅々さまの衝撃波魔法が飛んだのだ。

 

「まぁったく脳みそドテカボチャなんだからぁ~」 


 甘ぁ~い声がつぶやく。


 その綺羅々さまにヤツの蹴りが伸びた。

 ソイツは、ぐちゃぐちゃに動きながら一瞬で立ちあがっていたのだ。

 しかし、

 ロングベアクローのような蹴りは二体の十桜が止めた。

 分身たちは綺羅々の盾になったのだ。

 二体は両腕のガードのうえから身体をひしゃげさせながら消え、

 彼女の身柄は別の分身が引き離していた。

 床にいたみずたまくんはみんなに蹴飛ばされ、

 壁の牙ネズミを吹き飛ばしながら端っこにころがった。

 攻撃をスカったキメラは止まらず、綺羅々を奪った十桜に跳び蹴りをカマす。

 分身はまた消える。

 そのときには、彼女はまた別の分身が引き取っていた。

 蹴りから着地したヤツの四肢を青石のロープが縛り、

 そこから伸びるロープの先を床に固定。  

 その背中を機動隊《大魔道士》の雷撃が撃ち、

 タンクトップ拳闘士の飛び蹴りスキル、《稲妻飛龍剛脚》が決まり、

 玉井のハンマースキル《雷槌イカズチ》が襲う。

 ヤツのHPはグーンと減る。

 しかし、そのHPは減ったそばからグングン回復してゆく。

 ヤツは、拘束からの三連コンボを受けたにも関わらず、

 痛がりもせずにロープを引きちぎってまた綺羅々に迫った。

 

 冒険者、機動隊員の猛者たちに囲まれ、

 それでも立ち続けるソイツの強さはコレらの特性によるものだった。


 一つは『オート回復・再生(大)』。

 これは【ヒーラーフロッグ】の能力だ。

 ダンジョンの奥に生息するレア・モンスター。

 こいつは、カエルの天敵であるヘビ系モンスターに丸呑みされても、

 その腹の中で生き続ける。

 ヘビの強力な消化液に溶かされながら、

 自信を回復・再生し続けて未消化状態で生き残る。

 すると、

 ヘビは長時間経っても腹の中のモノを消化しきれないストレスで、

 せっかく捕まえたカエルを吐き出してしまうのだ。

 ヤツは、このヒーラーフロッグの回復再生能力で苛烈な攻撃をしのいでいた。


 そして、

 もう一つは【アーマーオーガ】の能力、『スーパーアーマー』。

 これは、相手の攻撃を受けても、

 のけ反ったりせずにすぐに反撃ができてしまうという能力だ。

 この特性は、自身の攻撃モーションも潰されず邪魔をされないので、

 一対多の集団戦にも有効だった。

 

 これに、

 5キメラにもあった【マツカサウオ】の薄黄色い鱗のアーマーをまとい、

 煙幕のなかを見透す【砂塵フクロウ】の目と、

【サーベルモンキー】の爪強化能力と体捌きに、

【ライオン】の凶暴さと俊敏さという6つの能力を併せ持っていた。


 そんな化物が、綺羅々を執拗に追って爪を伸ばしていた。 

                                   

 残った十桜たちは綺羅々を連れて逃げた。

 二階まで降りて、

 北と南の宿泊棟を繋ぐ空中廊下までに十桜と綺羅々だけになった。

 すぐ横の、六階にまで渡るガラスの壁面は夕焼けをうつしていた。

 エントランスホールの吹き抜けを見渡せる廊下の真ん中で、

 十桜は綺羅々をかばって消えた。

 彼女とともに駆けた分身はいなくなってしまった。 


 綺羅々は呪文を詠唱していた。

 眼前のキメラに手のひらをかざしている。

 その手のひらがほのかに輝き、空気が揺れた。


 ――ヒュオオオオオォォォォォォォオオオオオ


 それは、スーパーアーマーが受け止められないほどの風だった。

 アーマーオーガの能力は衝撃なら吸収する。

 しかし、

 廊下の床に固定されているわけではないヤツの身体は、

 体重以上の風力をもった気流にながされれば、

 その身体は、簡単に吹き飛ぶ。

 キメラの爪は、彼女の額にまであともう少しで触れるところで遠のいた。

 

 青白い眼に、夕日を反射する薄黄色の背中が迫ってくるのが視える。

 十桜は空中廊下のたもとで騎士剣を構えた。


 そこから遡ること十数分前。


 廊下での6キメラとの戦闘中、

 十桜は七体をそこに残して402号室にはいった。

 そこは、十桜たちが待機していた部屋だ。

 青白い眼は、壁一枚隔てたそこでずっとヤツを視ていた。

 廊下で牙ネズミを払いながらだと、どうしてもヤツに集中しきれないからだ。

 玉井がぶち抜いドアは、床に落ちていたので回収して玄関に立て掛けた。

 空いてる隙間はアメニティのバスタオルやベッドの布団で埋めた。

 これで牙ネズミの邪魔はなくなった。


 それでも時間はかかった。

 6種もの生物が合成されているのだ。

 その中には、

 さっき倒した5キメラのものよりも、

 強力なモンスターが何種も入っていた。

 それに、どれだけ集中しても、

 いつまで経っても黄色いスポットしか視えなかった。

 十桜はハッとなった。

 ヤツはメチャクチャ強靭で強い。強者だ。


“そもそも、俺のナイフじゃ無理なんじゃね?”


 そう感じた十桜は、403号室の喜多嶋に思念通信を送った。

 彼に、機動隊に強い剣を借りられないか聞いてほしいと頼んだのだ。 

 すると、

 立て掛けたドアにトントンとノックがした。

 隙間を覗くと、

 愛らしいフクロウくんが重そうに騎士剣を運んできてくれた。


 剣を握りしめる。

 6キメラを視詰める。


 時間はかかった。

 だが、皆のおかげで視切ることはできた。

 十桜は走り、空中廊下たもとまできた。


 綺羅々の風魔法が発動。

 あの、苛烈な攻撃にビクともしなかったヤツが浮いた。

 中空から近づいてくるキラキラした背中。

 腰辺り。背骨の位置のちょい左。

 そこから赤いスポットは伸びていた。


 ソイツの胸も背中も、心臓部分は隙間なく鱗で覆われている。

 しかし、腰のちょい上辺りは隙間ができていた。

 腰を曲げるための隙間が。


 そこに、小学生がカンチョウをするような鋭い角度で、

 剣を突きいれる。

 

 刃は鱗と鱗との間に分け入り、

 肋骨を一本へし折り、

 筋肉をズタズタに千切り、

 心の臓にズブリと刺ささり、

 コレを貫いた。

 

 キメラの体重が腕に身体に押しかかる。

 

 ヤツのHPを示すゲージは、

 八割あったライトグリーンからグーンと減って一気に赤くなる。

 同時に数字表記も0になり、ステータス表記は半透明になった。


 かと思えば、


 HPが1に増えた。

 HPゲージも僅かにレッドを灯す。

 しかし、数字はすぐに0になり、また1に戻った。

 その後も0と1が交互に表示を切り替え続ける。


(……回復、再生……ッ!?)


 そう思ったときには、十桜の脇腹にヤツの爪が突き刺さっていた。

 あたまが真っ白になる。

 HPは0になる。

 身体はなくなってしまったかのように力を失い、

 硬い背中の下敷きになって崩れた。

 

 ヤツのHPの点滅は消え、

 0で固定され、

 十桜の身体も霞のように消えた。

 6キメラ討伐を担った分身八体は、その役目を終えた――


   ◇


 一方、同時刻。

 

 本体の十桜は、

 吹き抜けのエントランスホールで赤毛の牙ネズミ亜種を追いかけていた。

 エントランスの分身が、

 この赤毛を見つけたときに四階から移動してきたのだ。

 廊下に分身八体を残し、

 七人の十桜としてその場を離れたのだった。

  

《 ……綺羅々さん、無事ですか? 》


 十桜は思念通信で綺羅々に話しかけた。

 彼女と20メートルも離れていない目と鼻の先を走っているのだが、

 こっちの方が肉声よりも聞こえはいいだろう。

 

《 どこ?

 ……十桜ちゃん、こんどデー……ひなたぼっこしない? 公園でぇ…… 》 


 綺羅々がそういって応答をしたすぐあとに、

 空中廊下の彼女とちょうど目が合った。

 二階の高さの、色素の薄い大きな瞳とバチッと合ってしまった。

 その目を、すぐに標的にもどす。


《 え? あ……はい…… 》


 十桜はぼそっと思念を送り返すと、ちゃんとまじめに赤毛を追った。 


 

 0052 戦闘終了させるまでの60分(熾烈な八人の役目編)


読了ありがとうございます。


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次回!あとは黒い塊だけ!


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