0001 ダンジョンの申し子
よろしくおねがいします!
一週間前――
東京北斎町マラソンを完走し、汗だくの母親がチラシを持ってきた。
汗がピシャッとはねた。
避ける。
避けつつ、受け取る。
ビショビショのチラシには、
『 ダンジョン生誕21周年・
北斎ダンジョン生誕6ヶ月記念春の感謝祭
【歌とダンスとダンジョン体験!!】 』
とあった。
(……体験会、18歳からになったんだ……)
チラシに写る、なぜか薄着の美女冒険者を眺めていると、
母はテンション高く、
「十桜とダンジョンは同い年で縁があるね!
ほら、冒険者になってきな!
あんた毎日地図描いてんだから大好きだろぉ!!」
と言った。
幼い十桜はお絵かきが好きだった。
クレヨンを握ることができるようになった頃から、
昼夜問わず何かを描いていた。
父と母は、にこやかに十桜を見守っていた。
だが、あるとき、
息子はちょっと変わってるなあ、ということに気がついた。
十桜の描いたものの八割が迷路だったからだ。
そして、幼子が描くには、あまりにも細かく、情報量の多い迷路だった。
あるとき、母が、
「これってなんの迷路?」
と尋ねると、十桜は、
「ダンジョン」
と答えた。
それは、現代に出現した異世界のダンジョンを模倣したものだった。
初めは、地図上に宝箱やモンスターが描かれていた。
それから月日が経つと、
別紙に宝箱のアイテム情報や
モンスターのステータス情報までもが事細かく書き記される。
そのほとんど、一部の情報以外は十桜の想像と予想で描かれていた。
あるとき、母が、
「どうして宝箱と怪物を別の紙にかくの?」
と尋ねると、十桜は、
「こっちはスキルで“たんち”したじょうほうだから」
と答えた。
十桜は、“ダンジョンを造る”側を経験した後、
“ダンジョンを探知し、攻略する”側になっていたのだ。
また月日が経つと、十桜はよりリアリティーを求めるようになる。
十桜は五歳になると、
父の書斎にあるパソコンでギルドのホームページを閲覧し、
各ダンジョンの地下、または地上一階部分の模写をした。
しかし、ダンジョンの公開情報は少ない。
各ダンジョンのマップは、
例外を除けば最初の地下一階、
または地上一階部分しか公開されていない。
十桜はその当時あった全51ダンジョンを写し終えると、
地下、または地上二階以降のフロアを想像で描いた。
大きな模造紙に空想で描くダンジョン攻略マップだ。
それは今でも続いていて、ナンバリングは500を越えた。
十桜はそういうレベルでダンジョンが好きだった。
自身の血肉になっていると言ってもいいかもしれない。
しかし、好きなのと、潜るのとでは話が別だ。
野球ファンが皆、プレイボールしたいわけではないように、
ダンジョンファンが皆、ダンジョン探索したいわけではないのだ――
「――十桜! 好きこそモノの、なんとかかんとかよ~♪」
「……ん~? んん~……」
十桜が母への返事を濁していると、
母はまた出かける準備をしていた。
どこに行くのかときけば、「ヨガ!」といってうちを飛び出していった。
フルマラソン完走後のことである。
(母ちゃんが冒険者になればいいのに……)
十桜は高校を卒業してから一年間フリーターをした。
四箇所で働いたが、どこにもモンスター労働者が一人以上はいて、
いやけがさしてバイトを転々としていたのだ。
そして、「働かない!」宣言をした。
母には、「働け!」と週一ペースで小突かれるが、
通勤時間五分以内(靴を履くところから計算)ではないと
何もしないと十桜は言い張り(最寄りのコンビニは歩いて六分)、
昼間から家でゴロゴロする毎日。
自宅は祖父母が営む和菓子屋の店舗兼用住宅なのだが、
じじばばの個人商店だから、十桜が働いたところで給料はでない。
店は父親が継ぐことになっている。
いつか、父の次に十桜が店を継ぐかもしれないが、それは今じゃない。
なので和菓子修行する気にもなれない。
そして、母はなぜだか、
“暇なら菓子作りの修行をしろ”
というたぐいのことは一度も言わなかった。
だから和菓子は食べる専門で、やっぱりうちでゴロゴロしていた。
母親と週一でケンカしながら……
なんてことを一年半続けていたら、
家から30秒のところ(自宅の隣の隣の隣)に、ダンジョンができてしまった。
住宅地にある地下鉄駅の入口のように、石造りの地獄門がそこにあった。
鉄壁のはずの条件がクリアーされてしまったのである。
半年前のその日から、母はダンジョン労働を猛プッシュしてきたのだ。
その半年間、のらりくらりと勧誘をかわしてきた十桜だったが、
通勤時間五分以内宣言のことを言及されると胸がちくちく痛むので、
渋々ダンジョン労働に同意した。
モンスター労働者から逃れていた十桜は、
本物のモンスターを相手にすることになってしまった。
というわけだ――
(――ちゃんちゃんって暗転して、
ワイプで顔抜かれて「トホホ」つって、
来週何も変わらずゴロゴロしてるマンガに生まれりゃあよかった……)
自身のバッドステータスである『ダンジョン酔い』を理由に
冒険者を拒否すればいいのだが、それはできなかった。
(なんか言えなかった……)
『ダンジョン酔い』が発覚したのは、
高校を卒業して、誰にも言わずに冒険者登録をしてすぐのことだった。
電気街のダンジョンに即席パーティーで潜り、数秒で目眩が発症。
リタイアとなった。
それからダンジョンには行っていない。
なのだが、今回母のゴリ押し通りダンジョンに潜ることにした。
『あんたの息子は冒険者には向いてないんだよ』
ということを母に伝えるためである。
ダンジョンで怪我をして半殺し状態になった姿を見せれば、
母も十桜が冒険者になることをあきらめるだろう。
その《計画》のために、ギルドのパーティー仲介サイトにも登録した。
三日月十桜 男 20歳(今年21歳)
レベル1
剣士
装備:部屋着
スキル:なし
パーティーのマッチング面接はギルドでやる。
隣と、そのまた隣にあるマンション二棟は
ギルドの拠点になっているので、楽に面接に行ける。
ギルドの一室で、職員立ち会いのもと、
先方パーティーのリーダーとサブリーダーに面接してもらう。
初めての面接パーティーは、
リーダーが長身の魔術士と、
サブリーダーが小柄な騎士という二人。
魔術士が“信じられない!”という顔で質問する。
「……どうして、その恰好なんですか?」
「お金がなくて……
レベル1ですし、背伸びしても仕方がないかなって」
十桜が雰囲気よくそういうと、
魔術士の隣に座る騎士はにこやかにフォローしてきた。
「飾らないんですね。レベル1はこれからですものね」
「はい……最初はこんなものかなって」
この面接結果は、
『 今回はご縁がありませんでした 』
という文面でメールが来た。
つまり、パーティー加入はダメってことだ。
その後も面接を受け、結果は初回の分も入れて十戦十敗。
十桜という名前を返上しようと思う。
面接してくれる冒険者たちは皆、
まず顔を引きつらせる。
十桜の装備が不満なのだ。
原付バイクに乗ってる人がかぶるような、
半キャップの白いヘルメット。
ねずみ色のスウエット上下。
リュックサック。
という恰好。
素朴で背伸びをしていなくて、嫌味のないカッコウだと思う。
ギルドに通う冒険者たちも皆、十桜をチラチラと見てくる。
あれ? ぼくにご用ですか?
なんなら一緒にパーティー組みましょうか?
そんな感じなのだが、
皆、十桜に視線を向ける割に話しかけてはこない。
クスクスという笑い声まで聞こえる。
(みんな照れ屋だなあ)
そう、皆照れ屋なのだ。
目を合わせてはこない。
それと、職安に通うように、毎日のようにギルドに通っていると、
【無課金プレイヤー】というアダ名までつけられていた。
ギルド北斎拠点に通って五日目、ネット掲示板でその事を知った。
以下が、書き込みの一部を抜粋してまとめたものである――
115:また来てたぜ無課金プレイヤー
116:マジでいたwwwwwwww
125:自転車通学コス
127:女冒が裸足で逃げ出しそうな装備だな
138:闇バイトに集められてそう
144:ド底辺ヒキニートがww人生逆転狙いかよwww犬の餌がオチだってのによwwwwwwダンジョンでミンチになれゴミ屑野郎wwwwww
(……最後のヤツ酷くない? どんなツラして書き込んでんだよ……)
正直、傷つくし、もっと良い恰好をしようかなあ、
とも思うが、しかし、
ここで立派な、冒険者らしい出で立ちをすれば嘘になる。
それでパーティーの面接に行ったら、それは詐欺だ。
十桜はやる気がないのだ。全然やる気がないのだ。
家でハイパーカップ極バニラを食いながら、
ダラダラとアニメ『喰いしんぼ』を観ていたい。
それだけなのだ。
仲間ができないのならソロでいけばいい。
もし、大怪我をして動けなくなったとしても、
《救援の狼煙》を使えばいいのだ。
これは冒険者登録時に貰えるアイテムで、
栄養ドリンクの小瓶ほどのソレのフタを開ければ、
ギルドと周囲の冒険者に救援信号がいくのだ。
後は助けを待てばいい。
「よしっ――」
ダンジョンに潜る朝、
救援の狼煙をスウエットのポケットにしまった。
その出で立ちはギルドに通ったままの姿だった。
いや、一つ足した。
大きなスコップだ。
これを武器とする。
相手にダメージを与えながらではないと、
自分が望む半殺し状態ではなく、全殺し状態にされてしまうからだ。
(危ねえ危ねえ、気がついてよかったぜぇ!)
十桜はダンジョン入り口前で息をはいた。
落ち着くと周囲の会話が聞こえてきた。
「――収穫は?」
「エクストラに二人やられた……」
「中庸草、枯れてんじゃねーかな……」
「……が、都電見たって……」
「マジか!? 地下六階の……本当なのか……!?」
「てめえッ! 俺のぶんのビッグフランク喰ってんじゃねーよォ――ッ!!」
ダンジョン向かいは、車道をはさんで、
向こうの通りまで見える大きな広場になっていて、
桜の木も相まってとてもにぎやいでいた。
そこには武器防具・アイテムを売る露店や、
出店の屋台に、ワゴン車の移動屋台まで出店していて、
冒険者のたまり場になっている。
「よお! 三日月くん、まさかの冒険者デビューか!」
「あぁっ! 宝坂さん! おひさしぶりです!」
さっそく、知り合いの冒険者にあった。
バンドマン風戦士装備の、長身長髪なお兄さんだ。
「いろいろ言われてるだろうけど、三日月くんっぽくて俺は好きだよ」
「あ、ははは……まあ、この成りですからね、しかたがないっすよ」
「いまはそれでいいじゃん。
三日月くん冒険者になってよろこんでるひと結構いるよ」
「え~、そっすかぁ……?」
「がんばれよ」
「はい、なんとか」
「んじゃあ、なんかあったら言ってよ」
「ども、ありがとうございます」
はなれていく彼を目で追うと、
広場の中心のほうで仲間たちと合流していた。
(仲間か……縁遠いな……)
冒険者復活初日に引退する予定の十桜には、
正式なパーティーは無用のものだ。
だが、冒険者そのものへの憧れはあるので、
楽しそうなパーティーを見ると複雑な気持ちになった。のもつかの間、
十桜の目は、ある冒険者に釘付けになった。
(うおおおおおおおオオォォ――――ッ!!)
それは、
ビキニアーマーと呼ばれるイカシタ装備に身をつつんだ女冒険者だ。
マントをしてその部分を隠していたようだが、
長い髪の彼女がちょっと伸びをした瞬間にステキなアーマーを拝めた。
(スゲエエエエエエエエェェ――――ッ!!)
ボン・キュッ・ボンでぷるるんとした胸を
メタルピンクのアーマーで拘束している。
ピンクタイムは一瞬のことだったが、
本気を出したときの十桜の動体視力は神がかっているので
それだけ充分だった。
それに、マントから伸びる太ももはバッチリと健在だった。
逆にこっちのほうがいいかもしれない。
(冒険者サイコォオオ……!!)
などと興奮していると、彼女はパーティーらしき冒険者たちと合流し、
十桜の目から隠れてしまった。
(あぁ~、やっぱパーティーってクソだわあ……)
(……っぱソロがいいよ、なんでもソロがさあ……)
などと、この世の真理を説いていると、
時計塔から「ポンポロポロポ~ン」というハープのようなご機嫌音楽が流れた。
冒険者がいきかう広場の中心には、
高さ三メートルほどの円形の高台があり、
そのまんなかには時計塔が建っていて、針は11時ちょうどを指していた。
(昼飯は遅くなるなあ……)
高台の階段でも冒険者が休んでいて、
マンガ肉にかじりついている人もいた。
(戦士系は肉似合うよなあ)
階段を落ちる細い水路に目がいく。
水は高台の周囲の池に流れていて、池の水面から噴水があがった。
(このままゆっくりしたいなあ……)
始業時間が決まっているわけではない。
いつダンジョンに行ってもいいと思うと、
なかなか広場から出ていけない……
「ん~~~……」
さっきのビキニさんのマネをして、伸びをするとあくびが出た。すると、
「写真いいですか?」
女子に話しかけられた。
かと思ったのは一瞬のことで、キャピキャピした声は、
近くに居た冒険者に向けられたものだった。
彼女らは、
王様に謁見できそうな立派な装備の冒険者たちと撮影会をはじめた。
容姿のいい冒険者や時計塔、
桜の花は観光客の撮影スポットになっている。
(お嬢さん、僕もいっしょに撮りましょうか?)心でつぶやくスウェットひとり。
念を送るも、お嬢さんがたはこちらに見向きもしない。
スウェットには用はないようだ。
やはり、歯磨き粉の染みが気にいらないのだろうか?
「……ありがとうございました~♪ ……ね、次あれ!」
彼女らは、一番人気のダンジョン入り口のアーチを撮りはじめた。
入口付近は、軽い人だかりができてはいるが、
観光客は皆、広場から車道に出ないように、
冒険者のじゃまにならないように撮影している。
その近くに、
『ダンジョン反対!!』『生き物を殺すな!!』
などのプラカードの人たちがひっそりと立っている。
(毎日いるなあ……正月もいてビビったもんなあ……)
いろんな人種がいるなあと眺めていると、
後ろから「……いやぁまいったよ、
さっき写真せがまれちゃってさあ!
オレたちってスターだよな~!」聞きおぼえのある声がした。
ふりむくと、高校のときの同級生がいた。
「外野島……」十桜はため息まじりにつぶやいた。
「なんだよ有名人! イヤな顔すんなよ~!」
外野島は三ヶ月前から専業冒険者で、クラスは剣士だ。
旧友は、馴れ馴れしさとは裏腹に、どんよりとした顔をしていた。
「ハァ~~……」
「じゃあな、外野島。あえてうれしかった」
「オレのため息を見ろおォォ!」
十桜はじわじわ外野島からはなれていった。
外野島は、じわじわ十桜に着いてきて、
「どうすりゃ女冒険者が来るんだよォォ!?」
などとボヤいた。
(知らんガナーザクウォーリア)
「三日月はいいよなぁ~、はなっから女諦めてるからさぁ!」
(その通りだが決めつけるな)
「だがオレは違うぞおッ!!
必ずハーレムパーティーをつくってみせるからなぁ!!」
ダンジョン入り口前で、昔の友人がハレンチなことを叫んだときだった。
フードを目深にかぶった小柄な冒険者が、十桜の横をスッと通ったのだ。
「お……おおォォ……!!」
旧友が妙な唸り声をあげるなか、
彼女は、静かにダンジョンの階段を降りていった。
「おおお、女の子ッ!! ……すごッ!! ……見たかァッ!?
タンクトップボヨヨンだったぞォ!!
口元しか見えなかったけどあの娘絶対かわいいぞッ!!」
もちろん、十桜もバッチリ心の眼で録画(REC)していた。
ジャケットの下のタンクトップのふくらみはボヨヨンだった。
おへそもちらりと見えた。
それは記憶ファイルに保存しておくとして、
しかし、彼女はなにかおかしな感じがした。
「冒険者ぽくない」
「ハァ? オマエの方が冒険者ぽくないだろぉ! 鏡を見ろ!」
元友達は、この、宝物を掘り起こしに来た
ロマンチックな青年のような恰好のことを指摘しているのだろう。
たしかに、この素朴な装備をしている理由は不純な動機によるものだ。
気のせいかもしれないが、
フードの彼女にも、自分と同じようなものを感じたのだ。
「あの娘、ソロかなぁ!? うちに誘おう!! ああああァッ!!
サカトミこんなときに遅刻かよォ!!
もうオレ一人で追うかァ!? ハーレムパーティーの第一歩だっ!!」
なにか、恥知らずな唸りをあげているやつがいるが、
それは置いといて、
十桜は、冒険者、商人、観光客、ダンジョン反対派までもが
入り乱れる広場の空気を吸って吐いて、空を見た。
ちょい左手に世界一高い電波塔が伸びる。
それから真右に顔を向けると、
青空に、天と地をつなぐような棒が生えていた。
十桜はもう一度息を吸って吐くと、前を向いた。
石造りのアーチを見詰めると、「よし、いくぞ」とつぶやいた。
陽春。
友引の日に、自宅から三軒隣にあるダンジョンの階段を降りた。
「……なあ、三日月ィ、お前はモテないのがデフォだからいいよ。
だからさ、オレに協力してあの娘を勧誘……
いやッ、階段降りる速度早くなァ――い!?
三日月ィッ、オレのこと好きだよなァ!?
オレってちょっぴり小憎いけどォ、ほっとけない存在だよなァ!?
三日月ィィ――――」
地上の方から空耳は聞こえていたが、十桜はとにかく階段を降りた。
陽春。
友引の日に、自宅から三軒隣にあるダンジョンの階段を降りた――
ダンジョンがある日常
~通勤時間5分以内の労働条件掲げていたら家から30秒のところにダンジョンができてしまった~
0001 ダンジョンの申し子
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謎の女冒険者!ボヨヨンちゃん!
次回はバトルです!