0000 無課金プレイヤー
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西暦二千年代、世界中に魔物の徘徊するダンジョンが次々と出現。
その数は二十年で五百以上におよび、
魔物を狩る冒険者と会社員が共に通勤電車で揺られる世界になった。
これは、ダンジョンがある日常を生きる人々の物語である――
――都内の地下ダンジョン。
地下一階入り口付近。通称『溜まり』
三日月 十桜はフロアの壁にもたれかかっていた。
「アレだろ無課金プレイヤー」
「マジかよあいつ……!?」
「ホントにいんだな……!」
嘲笑の声がどこかしらから聞こえる。
十桜の耳にはいってきた“無課金プレイヤー”というのは、
読んで字の如く、
MMORPGやソーシャルゲームなどで、
課金せずにプレイしているユーザーのことを指す。
しかし、この言葉にはもう一つ意味がある。
それは“裸同然の装備”をしたプレイヤーのことだ。
無課金ゆえに、いい装備を買えず、
また、有料ガチャをあまり引くことができないため、
ちぐはぐなカッコウをしたキャラクターを使用しているのだ。
もちろん、不名誉なアダ名だった。
十桜は半キャップのヘルメットにねずみ色のスウェット上下という出で立ち。
(他人にプレッシャーを与えないドレスコード)
くたびれたリュックサックを背負い、
武器のスコップは杖代わりにしていて、とても剣と魔法の冒険者には見えない。
(頑張ってる人には見える)
このカッコウを“無課金プレイヤー”と揶揄されたのだろう。
十桜がいる溜まり場には、現在七、八組のパーティーがいた。
彼らはそれぞれに雑談なり、交流なり、会議などをしていた。
(陰口も言ってた)
皆、剣士、騎士、盗賊、僧侶、魔術士など、
ひと目でその系統のクラスだとわかる装備に身をつつんでいる。
なので、上下スウェットの十桜は激しく浮いていた。
「……アイツ、体調悪いんじゃないの……?」
フロアの誰かがつぶやいた。
そう、十桜は誰が見てもわかるくらいに体調が悪かった。
バッドステータス『ダンジョン酔い』が発動していて、
目の前は回り、ずっと吐き気がしている。
壁伝いでなければまっすぐ歩くのは困難だった。
「ふぅ~……」
大きく息を吐く。
笑われるわ、目は回るわで散々な状況だ。
しかし、表情は澄んでいた。
最低な体調で、周囲の視線にはイラッとする。
なのに、頭はクリアーなのだ。
透きとおっている。
フロアに三つある通路のその先が透きとおって視えている。
我が家の間取りや、
永年住んでいる町内を頭に思い浮かべるかのような、
そんな当たり前のことが初めて潜ったダンジョンで起きているのだ。
(……視える、視える、視える……!! すげえ、すげえ、すげえ……!!)
その能力がはじまると、身体にある特徴が現れる。
それは、もたれかかった壁に映っているもので確認できる。
(かっこいい……!)
灰色の石壁は、かすかに青白い光を反射していた。
両眼が薄っすらと光っているのだ。
(すげえ……俺カッコイイ……!)
薄闇ひろがる魔物の巣窟で独り、不自由な身体を壁にあずけている。
十桜にとって、このカッコイイスキルこそが、心のおおきな支えだった。
視える部分はじわじわと徐々に伸びてゆく。
隠し通路や、日により、時間によりランダムで現れる隠し扉の位置までわかる。
隠し扉はレア・アイテムが眠る隠し部屋に繋がっている。
もう、笑い声なんて気にならない。
俯瞰映像に切り替えることもできるこのマップは、
現実の映像情報にデジタル情報を合成した、
拡張現実のように十桜の視界に浮かんでいた。
冒険者や魔物の反応があれば、
白くぼやけた丸が浮かびあがり、
時間経過で輪郭が形成され、ワイヤーフレームでそれぞれの形になる。
十桜はマップ情報が読み込まれるのをしばし待つことにした。
マップが更新されるのを見ているだけでも楽しいからだ。
しかし、
(……あの娘、なんなんだろう……?)
ダンジョン情報が更新されていく間、
頭にちらつくことがあった。
(……なんで“冒険者ぽくない”って思ったんだろう……?)
ダンジョンに潜る前のことがあたまによぎる――
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