乱入者
叫び声を上げ、鮮血が舞う。
その飛沫が火炎に焼かれて蒸発した。
「あぐっ、あぁあぁ」
先の短くなった右腕を押さえ、夥しい量の血を流しながら前任者は後退る。
その足の踵で自らの右腕だった焦げた物体を踏み、潰し、滑り、バランスを崩してしまう。
それをじっと眺めたブルーは、その隙だらけのところへ燃え盛る足で蹴りを放つ。
「かはっ」
腹部を抉るような衝撃に蹴り飛ばされ、彼は地面を何度か転がって跳ねた。
飛んできた前任者の襟首を掴んで受け止め、後ろ手に寝かしてやる。
その間、一度もブルーから目を離さなかった。
「二人とも応急処置。止血と鎮痛剤からだ」
「え?」
「早くしないと目の前で人が死ぬぞ」
「あ、はい!」
聞こえたのは恵実の声だけ。
奈央からの返事はない。
「慈雨水天」
突き付けた鋒から火炎が水のうねりに置き換わる。
逆巻く水流が飛沫を上げて刀身に水の属性を付与した。
「……助けないと、いけませんか?」
ようやく聞こえた奈央の声は、そんな言葉を紡いでいる。
「この人は私達を罠に嵌めて殺そうとしました……自分を殺そうとした人まで、どうして助けないといけないんですか」
ブルーがゆらりとこちらに足を進める。
「そんな奴でも助けるのが冒険者だ」
奈央の問いにそう答え、マギアブレードの引き金を引く。
炸裂した魔弾によって水流が激しさを増し、水球の弾丸が峰を走る。
放たれた水球は真っ直ぐにブルーへと向かい、空薬莢が排出された。
しかし、その一発は火炎を伴う爪撃に斬り裂かれてしまう。
霧散して地面を濡らし、瞬く間に蒸発する。
「それに」
だが、燃えていた爪の鎮火には成功し、灰色の肌が露出していた。
火炎を掻き消せるなら牽制の意味はある。
再び引き金を引いて水球の弾丸を撃ち、真っ直ぐにブルーを狙う。
それも、もう片方の炎爪で引き裂かれたが、その火炎は掻き消せた。
「助けなかったら後悔するぞ」
「――ッ。わかり、ました」
渋々と言った様子で奈央は恵実を手伝い始めた。
一方で鎮火した両手を見つめていたブルーは、その爪に再び火を灯す。
鎮火できても一時的なものでしかないみたいだ。
「残り二発か」
魔物寄せを焼却するのに二発。
牽制として二発。
残弾は残り、二発だけ。
これを打ち切ると全弾のリロードが終わるまで引き金を引けなくなる。
「終わりましたッ!」
恵実の声に呼応するようにブルーが火の粉を散らして駆ける。
すこしでもその足を止めるために引き金を引き、水球の弾丸を放つ。
その行く末を見届けている暇はない。
直ぐさま振り返って応急処置を施された前任者を叩き起こした。
「立て! 逃げるぞ! 死にたくないなら死ぬ気で走れ!」
右腕の欠損に腹部の火傷。
見るからに重傷で一般人なら痛みと出血で意識を失っていても可笑しくない。
だが、こんな人間でも冒険者の端くれだ。
応急処置を施した効果もあって、前任者は自分の足で走り出した。
「ちっ、ちくしょう……なんで、俺がこんな目に」
「自分の胸に手を当てて考えろ」
誰のせいでこうなったんだか。
まぁ、それは今はどうだっていい。
責めたところで事態は好転しないし、それは生き残った後でも間に合う。
走り出した勢いのままに戦場からの離脱を試みる。
幸い、脅威はブルーだけ。
俺が殿を務めつつ後退していけば、まだどうにか出来る局面だ。
「急げ!」
水球の弾丸を引き裂いたブルーが再び前進を開始する。
人間以上の走力で追い掛けてくる。
かくなる上は身体強化の支援魔法で前任者を抱えて逃げることも考えないと。
そう思考を巡らせた、その直後のこと。
向かって右手にある溶岩溜まりが盛大に破裂する。
「なっ!?」
いや、違う。
溶岩から魔物が飛び出して来たんだ。
「シュルルルルルルルル」
それは俺達の進路上に横たわるように着地し、燃え盛る舌をちらつかせる。
燃え盛る鱗の鎧、重機のような逞しい四肢、大木の如く太い尾。
そのドラゴンを彷彿とさせる姿は、その正体を雄弁に語っていた。
「サラマンダー!?」
魔物寄せの匂いに釣られてブルーだけでなく、サラマンダーまでもがこの場に現れる。
その巨躯は完全に俺達の進路を塞いでいて、迂回することも現実的じゃない。
やむを得ず足を止めると、今度は背後のブルーに追いつかれた。
燃え盛る炎爪が高々と振り上げられ、虚空を引き裂いてこの身を裂かんと落ちる。
「修羅」
その炎爪に引き裂かれる前に、身体強化の支援魔法を自身に施す。
人並み外れた運動能力で反転し、水流逆巻く刀身で炎爪の一撃を受け止める。
飛沫と火の粉が舞い、鍔迫り合いに持ち込んだ。
「恵実! 奈央! サラマンダーは任せる!」
もともとサラマンダーは二人に倒させるつもりだった魔物だ。
少々、想定とは違う形にはなったがしようがない。
厳しい状況だが戦ってもらおう。
どの道、こうなったら逃走は無謀もいいところ。
戦って、殲滅して、自身の生存権を勝ち取るより生き残る方法はない。
「はい!」
今度は二人の力強い返事が聞こえる。
それを耳にし、俺は憂いなく引き金を引くことができた。
最後の魔弾を炸裂させ、空薬莢が宙を舞う。
激しさを増した水流が火炎を掻き消し、振動する刀身がブルーを大きく吹き飛ばした。
その着地点に攻撃を叩き込むため、そのまま駆け出して後を追う。
魔弾に魔力を充填し終えるまでかかる時間は五分程度。
次に引き金を引くその時こそが勝敗を分かつ時だ。
ブルーは間違いなく俺よりも格上の存在、五分を待たずに討伐するくらいの気概でなければ返り討ちにされてしまう。
以前は勝てたが、今回もそうなるとは限らない。
でも、それでも勝たなくては。
「とっとと倒して二人の援護にいかせてもらう!」
「ロロロロロロロ」
こちらが距離を詰めに掛かると、ブルーは燃え盛る火炎で剣を造り上げる。
灼熱の飛剣が空中にいくつも展開され、それは一斉に射出された。
それへの対処を否応なく強制され、迫る飛剣に向けて剣閃を見舞う。
飛沫を上げて描いた一撃が、灼熱の飛剣を斬り裂いて鎮火させた。
次々に飛んでくる飛剣も同様に斬り捨てて肉薄し、再びブルーの間合いへと踏み込む。
振るった一撃が炎爪と弾き合い、熱の余波が頬を撫でる。
リロードが終わるまで残り四分強。
刀身を翻して次の一撃を放ち、束ねられた炎爪が突き放たれる。
この二つは再びお互いを強く弾き合った。
§
じっとりとした嫌な汗が戦闘服に染み込んでいく。
手を掛けた細剣にいつも以上に力が入った。
一度、大きく息をして気持ちを落ち着かせて、それから言葉を口にする。
「奈央、作戦通りにいくよ」
「わかってる」
私が声を掛けると、奈央は静かに返事をした。
見据えた先にはサラマンダーがいる。
燃え盛る鱗、炎でできた舌。
これまで戦ってきたどの魔物よりも大きい。
どんな攻撃でも、それが致命傷になり得る。
「シュルルルルルルルル」
でも、負けられない。
彼方さんはもっと強い魔物と、ブルーと一人で戦ってくれているから。
私は私の役目を、彼方さんに任されたことを、きちんと果たしたい。
奈央と一緒に必ず討伐して、このダンジョンから生きて帰るんだ。
彼方さんと奈央と、それから気は進まないけどもう一人と。
みんなで、一緒に。
「さっさと倒して彼方さんの援護にいこう!」
「えぇ、それくらいの気概で!」
私たちはお互いにスキルを発動する。
「最高に幸せな私」
「光陰」
細剣を引き抜いて地面を蹴って、白い弓に黒い矢を番える。
私達は練り上げた対策通りに、サラマンダーの討伐に取りかかった。
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