計画通り
第四階層はマグマが煮えたぎる灼熱の世界が広がっている。
熱せられた空気で満たされ、湿度は限りなく低い。
この地に水を一滴でも垂らせば、たちまちに蒸発してしまう。
まともに人が活動できるような環境ではないので、ここからは支援魔法が必須。
環境手に適応するため、今回は耐熱耐火の支援魔法を唱える必要がある。
「慈雨水纏」
三人それぞれが自分自身に支援魔法を唱えた。
水属性の魔力を身に纏い、冷めた空気と適度な湿度を得る。
支援魔法は魔力の供給量で性能が変わる関係上、環境に適応するだけなら維持コストは安くて済む。
のんびりはしていられないが、探索して回るくらいは問題ない。
「――恵実」
「わかってるっ」
現れる魔物は環境ゆえか火に関係する種類が多い。
燃え盛る獣、マグマを泳ぐ魚、熱い岩に擬態する甲殻類。
だが、恵実と奈央はそのいずれにも冷静に対処が出来ていた。
互いに連携を取り合って、うまく魔物を捌けている。
黒白の弓矢が飛び、細身の剣が舞う。
あの様子なら第四階層の攻略も問題なさそうだ。
「ガルルルルルッ!」
不意に狙いを二人からこちらに向けた個体が駆けてくる。
「あっ」
「こっちで対処するから平気だ」
燃え盛る毛並みを持つ獣が駆け、熱い炎牙が向けられた。
跳びかかり、この喉元に食らい付かんと大口を開ける。
そこを狙い、マギアブレードで一閃を描く。
大口は更に裂けて二つに分かれ、その命と共に分割された。
「ふぃー……」
虚空を切って刀身に付着した血を払う。
地面に斑を描いた血液が沸騰する頃には、魔物の亡骸は魔石になっている。
それを拾い上げて雑嚢鞄に仕舞い、顔を持ち上げると二人のほうも戦闘が終わっていた。
安心してマギアブレードを鞘へと納める。
「その剣……」
「ん?」
「ギアブレード、ですよね?」
「あぁ、よく知ってるな」
恵実は知らなかったのに。
「ギアブレードって?」
「混迷期に造られたとんでも武器のこと。造られたはいいものの、実用性のない武器だったって、教科書の隅に載ってたの。だけど」
奈央の視線がトリガー付きの柄へと向かう。
「なぜ、わざわざそんな武器を?」
「一目惚れしたからだよ」
柄を握り締めて、出会いの日を思い出す。
「教科書の片隅にひっそり載っていたギアブレードを見た時、あぁこれだってロマンを感じたんだ。まぁ、奈央の言う通り使い勝手の悪いじゃじゃ馬だったけどな」
お陰で同期の仲間には置いて行かれてしまった。
今頃、どの階層あたりまで進んでいるかな。
「ロマン……実用性よりも己の趣味嗜好を優先した、ということですか。随分と……個性的な方ですね、あなたは」
「そいつはどうも」
いま、かなり言葉を選んだな。
「でも、どこに売ってたんですか? それ。私、そのギアブレード? どの鍛冶屋でも見たことないですけど」
「ん? あぁ、こいつは自分で造ったんだ」
「あぁー」
「魔改造ですか」
ギアブレードはすでに生産が中止された武器だ。
骨董品としても出回っていない。
だからスキルを駆使して、それらしい得物を自分で造った。
それが今、マギアブレードとしてこの鞘に納まっている。
「欠点だらけの武器なのにロマンとは度し難いものですね」
「えー、でも彼方さん。このまえ滅茶苦茶、強かったんだよ?」
「強い?」
「うん。そのギアブレードでブルーも討ば――」
「こら。恵実」
「え? あっ」
恵実はすぐに気がついて両手を口で塞いだ。
しかし、後の祭りだった。
「ブルー?」
視線がこちらにくる。
「聞いたことのない魔物の名称ですね」
「まぁ、そうだろうな。でも、悪い。このことはまだ誰にも話せないんだ」
他言無用と秋崎さんに念を押されている。
奈央にはこれで納得してもらうほかにない。
「ごめん! 奈央」
両手を合わせ謝る恵実をちらりと見て、再びこちらに向き直る。
「……ふーん」
その瞳にはまた不信感が宿っていた。
§
そんなこんながありつつも、第四階層を順調に攻略した。
先の一件もあって信頼関係の構築は難航しているものの、どうにかうまくやれている。
と、思う。
やることリストについても解答が出揃ったようで二人はその名称を口にした。
「サラマンダー」
「正解だ」
火蜥蜴。
第四階層に生息する燃え盛る鱗を身に纏い、火の舌を持つ魔物。
三つのヒントすべてに当てはまる魔物はサラマンダーしかいない。
二人は見事にそれを言い当てた。
「やったー! 大正解!」
「随分と優しい問題だったけどね」
「そうかなー? でも、正解は正解だもん。嬉しい!」
あとはサラマンダーを見つけ出して討伐するだけだ。
答えを導き出せたなら、その対処法もわかるはず。
二人の実力なら問題なく討伐まで持って行けるだろう。
第四階層の攻略を進めつつ、二人はサラマンダーの捜索を開始した。
そうして俺達はすこし広めの空間へとやってくる。
前方と左方向に道が続いていて、右方向には溶岩溜まりが広がってた。
「たしかこの辺だよね? サラマンダーがいる場所って」
「そのはずだけど……不在、かな?」
サラマンダーがよく見かけられる場所までつくも、その姿はまだ見えない。
更に先に進むか、ここに留まるかは二人の判断に任せよう。
「うーん、どうする?」
「捜しに行くのも、ここで待つのも変わらないと思うけど……」
悩む二人を見守りつつ、この空間を軽く見渡してみる。
サラマンダーの痕跡は見当たらないか。
「ん?」
ふと視界の端に妙な物を捉える。
それは二つある進路先の通路の両方につり下げられた何か。
布製の袋のようなそれには見覚えがあった。
「魔物寄せ?」
それは魔物が好む匂いを発する道具。
主に罠に獲物をおびき寄せるために使用されるものだけれど。
どうしてあんなところに吊されている?
周囲に罠なんて見当たらない。
これだとただこの空間に魔物をおびき寄せ――
「不味いな」
あれにどんな意図があろうと、この配置は不味い。
おびき寄せられた魔物の相手を俺達がする嵌めになる。
「文句を言われる筋合いはないからな」
あんなところに袋をを吊すのが悪い。
マギアブレードを鞘から引き抜いて、鋒の照準を吊された袋に合わせる。
「火々炎纏」
引き金を引いて火球を放ち、匂い袋を焼却する。
「彼方さん?」
恵実の声に返事をする暇もなく、照準を合わせて引き金を引く。
射線上にある魔物寄せを焼却した。
「どうしたんですか? いきなり」
「貴重な魔弾を二発も消費して、なにをしているんです?」
「あぁ、それが」
俺は怪訝そうな顔をしている二人に事情を説明した。
「魔物寄せ? でも罠なんてどこにもないですよ?」
「そこが引っかかるんだ。試しに仕掛けるような立地でもないし、悪戯にしては質が悪い。まるで――」
「まるで人を罠に嵌めようとしているよう……ですか?」
口にしようとしていた言葉を先に言い、奈央は深刻そうな顔をした。
「なにか知っているのか?」
「……えぇ、あの人が言っていたんです」
あの人。
奈央の新人研修を担当していた前任者。
「必ず後悔させてやるって」
それが本当ならあの魔物寄せは意図的なものかも知れない。
「――誰だ」
不意に人の気配を感じて、俺達が通ってきたほうの通路に鋒を向ける。
するとゆっくりと通路の影から人が出てきた。
恨みの籠もった視線で奈央を睨み付ける壮年の男だ。
「言ったよなぁ? 矢吹」
彼は恐らく。
いや、確実に。
「必ず後悔させてやるって」
前任者だ。
「――ッ」
前任者の登場に、奈央が一歩後退る。
それを見て、視線を遮るようにして彼に立ちはだかった。
「こんなところで何をしているんだ? 前任者さん」
「お前みたいなガキが俺の後任か。俺じゃなきゃ誰でもよかったってか?」
「質問に答えろよ。まぁ、大方の予想はついてるけど」
奈央を後悔させに来たんだろう。
「あぁ、そうさ。その小娘のせいで俺の評価が下がっちまった。それが俺の年収にどれだけ響くかわかってんのか? あぁ?」
「自業自得だろ。自分の行いを棚に上げて人に責任をなすり付けるなよ」
「うるせぇ!」
怒号を放ち、彼は剣を抜く。
「どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!」
息を荒くし、側の岩を何度も剣で殴りつける。
刃毀れしても歪んでもお構いなし。
ただ怒りを発散したいがために物に当たっていた。
「まぁ……いい……どうせ、お前らは地獄を見るんだ」
「なに?」
「そろそろ魔物が匂いに釣られてくる頃だからなぁ」
なら、先ほどの魔物寄せはやはりそのためか。
「正気か? お前も魔物に襲われるんだぞ」
「ハッ! 馬鹿が! 退路くらい確保してるに決まってんだろうが! せいぜい、そのオモチャを振り回して足掻くがいいさ。食い散らかされたお前等の死体を順番に踏みつけてマグマに投げ捨ててやる。はははっ! 全部、俺の計画通りだ!」
その計画に誤算があったとすれば、それはイレギュラーを計算に入れていなかったこと。
匂いに釣られて、そいつが来ると知らなかったこと。
「――あ?」
彼の更に奥の通路から、そいつはゆらりと現れた。
身に纏う灼熱の炎で通路の闇を払う、人型の魔物。
その胸には紋章が描かれている。
ブルーだ。
「――逃げろ!」
警告は遅かった。
火炎の爪が振るわれ、前任者の片腕が焼き切られる。
「ぐッ、あぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああッ!」
悲痛な叫び声と共に、右腕が宙を舞った。
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