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太陽と月


 彼女の真っ直ぐな視線とは対象的に、髪にはかるいウェーブが掛かっている。

 切れ長の瞳でこちらを品定めするように見据え、口元を真一文字に結んでいた。

 感情を読み取られたくないのか、無表情を貫いている。

 話に聞いていた通り、冒険者に対して不信感ありありの様子だった。


「恵実から話は聞いています。新人研修の担当になってくださるとか」

「あぁ、そのつもりで来たけど。とりあえず、聞かせてもらえるか? なにがあって、こうなったのか」


 それを聞かないことには話が前に進まない。


「そうですね……初日から、あの人の印象は最悪でした」


 奈央は淡々と語り始める。


「碌な指導もしてもらえず、質問にも答えてもらえない。雑用ばかりを押しつけられ、従者のように命令され、手に入れた魔石の幾つかを掠め取られました。授業料だと」


 この時点でもう酷い。


「それでも新人研修のためにわざわざ時間を割いていただいているので不満は呑み込むことにしました。けれど、昨日のことです。第三階層で魔物の群れと遭遇した際、あの人は私に囮になるよう命じると、一人でそそくさと逃げていきました」


 それを聞いて、俺は思わず眉をひそめてしまった。

 新人を守るべき立場にいる冒険者が、あろう事か一人で逃げるなんてことはあってはならない。

 第三階層で新人を一人にするなんて。


「必死に魔物を倒し続けて、どうにか私は生還することが出来ました。この仕打ちについての抗議に向かうと、あの人は試練を与えたつもりだったと、そう言ったんです。私はその足で冒険者組合に行って、このことを報告しました。以上です」

「そうか……よくわかった」


 これは奈央の言い分で、この一方からしか話を聞かされていない。

 奈央が自分が有利になるように嘘をついている可能性もないとは言い切れない。

 だが、実際にその冒険者は冒険者組合によって担当を外されている。

 しかも昨日の今日でとかなり対応が早い。

 これだけ迅速だったのは、恐らくその冒険者が以前にも問題を起こしていたからだろう。

 なら、この話は十中八九、本当にあったことだ。

 できれば嘘であって欲しいものだが。


「随分と質の悪い奴が担当になったみたいだ、同情するよ。そんな奴は組合に報告されて当然だ。なにも間違ったことはしていない」


 冒険者の風上にも置けない最低野郎だ。


「幸先は悪かったが、これからきっと良くなる。俺で良ければ恵実と一緒に面倒をみるよ」

「わぁ、ホントですか!? やったー! 流石、彼方さん!」


 奈央よりも先に恵実が反応する。

 なんなら本人よりも喜んでいた。


「喜びすぎ。自分のことでもないでしょ?」

「自分のこと見たいに嬉しいもん。彼方さんなら絶対、大丈夫だから」

「へぇ……随分と恵実に信用されているんですね」


 奈央の視線がこちらに移る。


「正直なことを言えば、私はあなたのことも疑っています」


 あけすけだな。

 逆にそれが清々しくもある。


「私はそんなことないって言ったんですよ?」

「ありがとう。別に気にしてないよ」


 恵実にそう返事をしつつ、奈央に視線を戻す。


「また裏切られるのではと、見捨てられるのではと、そう考えずにはいられません」

「あぁ、そうだろうな。俺もすぐに信用しろとは言わないよ。けど、これだけは言っておく」


 真っ直ぐに奈央の目を見て告げる。


「俺が面倒をみる以上、俺より先には死なせしない。約束だ」

「……わかりました。その約束、破らないでくださいね」


 そう言って、奈央は深々と頭を下げた。


「これからよろしくお願いします。彼方さん」

「あぁ、よろしく」


 その後、カフェを出るとその足で冒険者組合施設へと向かい、手続きを済ませた。

 こうして俺は恵実に加えて奈央の面倒を見ることとなった。


§


 第三階層の浜辺にて白砂の上を黒い一閃が馳せる。

 それは見事に狙いを付けた魔物を貫いて絶命に至らしめた。


光陰サンムーン


 白い弓と黒い矢の顕現。

 それが矢吹奈央の持つスキルだった。

 引き絞られて放たれた黒い矢は、その過程で分裂することも出来るようで、無数に増えた黒い雨が魔物の群れに降り注ぐ。

 ただ魔物のほうもやられてばかりではない。

 射線が通らない地中に逃れた魔物の何匹かが奈央の足下から這い上がって牙を剥く。

 弓矢を武器としている以上、近接は不利かと思われたが、そうではない。

 奈央は白い弓を投げ捨てると黒い矢の一本を引き延ばして槍とした。

 黒槍で月輪を描くように穂先を回転させ、下方から掬い上げた一撃が魔物の顎を割る。


「ギャバッ」


 半漁人に似た魔物は顔面を斬り裂かれて砂浜に散った。

 けれど、一難去ってまた一難。

 今度は奈央の背後に魔物が現れ、舞い上がる白砂と共に奇襲を掛けてくる。

 鋭い爪が掲げられ、振り下ろされる刹那。

 その腕の先が刎ね上げられた。


「ギャババッ!?」


 魔物の腕を切断したのは、日輪を描くように回転する白い弓。

 弦が外れて真っ直ぐになっており、それはさながら双刃剣の回転斬りのようだった。

 空中を飛び回るそれが舞い戻ると、片腕を失って怯んだ魔物にとどめを刺す。

 回転する刃によって腹部を引き裂かれ、あえなく絶命した。

 役目を終えたそれが奈央の手元に戻ると、弦が張り直されてもとの形状へと回帰する。


「ふぅ……」


 ショート、ミドル、アウトレンジ。

 そのすべてに対応可能な万能型。

 それが奈央の戦闘スタイルだった。


「どうでしたか? 感想を聞かせてください」


 戦闘を終えるや否や近づいてくる。

 感想を求められたので率直に答えた。


「あぁ、よく動けていたよ。でも、槍術がすこし疎かになっているように見えた。弓術のほうは仕上がっているみたいだし、そっちに力を入れてみるといいと思う」

「……そうですか。ありがとうございます」


 すこしの間がありつつも納得したように奈央は頭を下げた。

 どうやら満足のいく感想を言ってあげられたようだ。


「いいなー。遠距離も近距離もいけるスキル」

「私は恵実のスキルのほうが羨ましいけどね。反則でしょ、あれ」

「えへへ、そうかなー」


 元から友達とあって恵実と奈央の仲もいい。

 とりあえず奈央の実力を見せてもらったけど、これなら問題なく新人研修を進められそうだ。


「さて、ここでやることリストの発表だ」

「やることリスト?」

「新人研修の目標だって」

「ふーん」


 雑嚢鞄からリストを取り出して読み上げる。


「今日は第四階層への到達と、討伐依頼の達成が目標だ。二人には依頼目標の討伐をしてもらう」

「はいはい! その目標ってどんな魔物なんですか?」

「それを当てるのも新人研修だ。まぁ、ノーヒントじゃどうにもならないから、幾つかヒントを出そう」


 そう言いつつ人差し指を立てる。


「一つ、そいつは第四階層にいる」


 これだけでも種類はかなり限られる。


「二つ、そいつは火属性だ」


 伸ばした指を増やしつつ、二つ目を言う。

 これでまた大幅に絞れるだろう。


「三つ、そいつは硬い鱗と特徴的な舌を持っている四足歩行の魔物だ」


 特定に必要な情報はこれですべてだ。

 メジャーな名前を目標として選んだこともあって、訓練校で習う魔物の知識をきちんと頭に入れておけば辿り付けるはず。


「この三つのヒントから目標の魔物を割り出してくれ。いくつか候補を挙げてそれぞれの対策を考えておくといいかもな」


 対策を考えるのは重要なことだ。

 それを第四階層にいるほかの魔物の対処法にも流用できる。

 ぐっと生存率が高まるはずだ。


「第四階層の魔物で、火属性……」

「硬い鱗と特徴的な舌に四足歩行、ですか」

「さぁ、行こう。第三階層を抜けるぞ」


 二人は話し合いをしつつも俺の後についてくる。

 こうして俺達は第四階層へと足を進めた。

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