真っ直ぐな友達
新人研修二日目のやることリストは第三階層への到達と依頼の達成だ。
第一階層と第二階層はすでに経験済みとあって、道中の魔物に苦戦することもなく、第三階層へと到達することが出来た。
「ここが第三階層……」
白砂の地面を撫でて潮風が吹き抜ける。
第三階層は所謂、海に酷似していた。
「あの天井で光っているのが陽光石ですよね?」
「あぁ、お陰でこの階層は四六時中昼間みたいに明るいんだ」
陽光石の光が水面に反射して波打つたびにキラキラと輝いている。
たまに小魚が跳ねたりもするし、ここに別荘を構えたらさぞかし優雅な一時を送れることだろう。
まぁ、ダンジョンは人が住めるほど安全な環境ではないけれど。
「さぁ、依頼開始だ。今回の依頼品は硝子貝。目標の数を集めるまでダンジョンから帰れないぞ」
「はーい。たしか砂浜に埋まってるんですよね? 見つけるだけなら楽勝ですよー!」
そう言って恵実は意気揚々と浜辺へと駆けていく。
「果たしてそうかな?」
硝子貝はその名の通り、硝子のように透明な貝だ。
砂に埋まっていることもあって、簡単には見つけ出せない。
俺も新人の頃はこの依頼に困らされた。
目標の数に達するまで数時間だか、数十時間掛かっていた記憶がある。
最後のほうはへとへとでもう憶えていない。
さて、恵実はどれくらい掛かるかな?
「あ、一つみーっけ!」
幸先よく一つ見つけたようで、砂浜から硝子貝が掘り出された。
陽光石の光を反射して手元が輝いている。
「運がいいな」
普通は一つ見つけるのにも結構な時間がかかるのに。
新人なら尚更で、開始数分で見つかるのは非常に運がいい。
「あっ、こっちにも! ここにもいた!」
「うん?」
運?
「あ……」
そう言えば恵実のスキルって。
「彼方さーん! この辺にたくさんいますよー!」
硝子貝の群れを見つけたようで大きく振るう両手が輝いている。
最高に幸せな私、その能力は幸せの実現。
探し出すのが難しい硝子貝を簡単に発見できるという幸せが実現されていた。
「……収集系の依頼は今後封印だな」
わざわざ研修しなくても恵実にとっては楽勝だ。
それに時間を割くより別の経験をさせたほうが成長に繋がる。
今後のやることリストに見直しが必要だな。
「――ふー! たくさん取れた!」
ものの一時間ほどで硝子貝は目標の数に到達した。
たぶん、全冒険者の中で最速記録だろう。
「うん、じゃあ、今日は終わりかな」
「え? でも、まだ昨日の半分くらいの時間ですよ?」
「いや、うん、そうなんだけど。こんなに早く終わると思ってなかったからさ」
一日がかりの予定が一時間だ。
恵実のスキルのことも考慮して目標を設定しておくべきだった。
これは俺のミスだ。
次からは注意しよう。
「これから何かするのも半端な時間だし、今日は早めに終わろう。半休みたいなもんだ」
「半休かぁ。あ、じゃあ帰ったらすぐにレポート書いて遊びに行っちゃおーかな?」
レポートか。
訓練校時代には俺も書いてたっけな。
出来るだけ遠回しな言葉を選んで文字数稼ぎしてたっけ。
そんなことを思いつつ、恵実と帰路に付く。
ダンジョンから出るとその足で冒険者組合施設へと向かった。
魔石と依頼品を受け付けに提出して、達成報酬を恵実が受け取る。
そうして早めの時刻に解散した、その翌日のことだった。
「恵実から?」
フライパンにベーコンを敷いて目玉焼きを造っていると携帯端末に連絡がくる。
ポケットから取り出すとディスプレイには恵実の文字が映し出されていた。
今日は休みにしているはずだけど、なんの用事だ?
「もしもし」
「あ、彼方さん。いま大丈夫ですか?」
「あぁ、どうした?」
フライパンに水を加えて蓋をし、火力を弱めて電話に集中する。
「えっと、折り入って相談があるんですけど」
「相談?」
「はい。実は私の友達がちょっと困ったことになっていて」
すこし歯切れが悪くなりつつも恵実は話を続けた。
「その……新人研修の担当になった冒険者が横暴な人らしくて」
「あー……なるほどな」
所謂、外れに当たってしまったわけか。
冒険者も人それぞれだから、人間性に難のある人物も少なくない。
俺も恵実にそう思われてないといいけど。
「相談って言うのは、俺からその冒険者に何か言って欲しいってことか?」
新人の立場からだと言いたいことも言えないだろうし。
「いえ、その辺のことはもう友達自身が解決しちゃってて」
「んん?」
「直接、冒険者組合のほうに報告して担当を外してもらったらしいんです」
「わーお」
そいつは凄い。
言いたいことも言えないなんてことはなかった訳だ。
「ただ変わりに担当してくれる冒険者が見つからないみたいで」
「まぁ、この時期はみんな忙しいからな。色々と」
新人研修が回ってきた冒険者以外はすでに自分の仕事を始めている。
それをほっぽり出すわけにはいかないし、暇をしている冒険者も少ない。
新人研修なんて面倒なことしたくないと思っている冒険者も多いしな。
「それにその友達を嫌がる冒険者もいるだろうし」
「やっぱり、そうですか?」
「まぁな」
後ろめたいことがある奴は特にそうだが、普通の冒険者もいい顔はしないだろう。
特に冒険者組合に直接報告したのが不味い。
その友達が悪いとは言わないが、それをするとどうしても悪印象がつく。
状況を知らない人間から見れば厄介な存在だ。
すこしでも気に入らないことがあれば、冒険者組合に報告されるかも知れない。
そう思われたら新人研修の担当になってくれる冒険者は激減する。
誰だって自分の評価が下がるのは嫌だ。
「相談っていうのはその友達の面倒も見てくれってことか?」
「はい……あの、ダメですか?」
「うーん……」
二人同時の研修か。
たしか前例はあったはずだし、手続きすれば問題なくできる。
「……その友達って言うのは、恵実から見てどういう人間だ?」
恵実がその友達のために動いているのを見るに悪い人間ではなさそうだけど。
「そうですね……真面目で、誠実で、遅刻も欠席もしているところを見たことがなくて……なんというか、真っ直ぐな人です」
「真っ直ぐか」
恵実の人物評価が的を射ているなら、このまま潰れていくには惜しい人材だな。
真面目な人間には報われてほしい。
「わかった。とりあえず、一度会わせてもらえるか?」
「ホントですか!? 流石、彼方さん! いつがいいですか? 私が伝えておきます!」
「出来れば今日中がいいかな。明日は研修もあるし」
「わかりました! じゃあ時間は後でお知らせしますね!」
「あぁ、今日は一日空けておくから。じゃあ頼んだ」
「はい! ありがとうございます!」
通話を切ってフライパンの蓋を開けると、ちょうどいい具合に火が通っていた。
半熟の目玉焼きが完成し、適度に醤油を掛けて朝食にする。
「いただきます」
それを食べ終わるころには携帯端末に連絡が来ていた。
時刻と落ち合う場所の提案をされ、特に問題もないのでそれに決定する。
携帯端末で待ち合わせ場所の位置を確認しつつ、その時刻に間に合うように家を出た。
そうして街角にある一軒のカフェで恵実の友達と顔を合わせる。
「どうも、はじめまして。矢吹奈央です」
軽く会釈をした彼女の双眸や声音には不信感が表れていた。
これは相当、質の悪い冒険者が担当になっていたに違いない。
けれど、それでも彼女はきちんと礼儀を弁えていて、決して失礼な態度を取っている訳ではなかった。
その辺りは恵実が言っているように真面目なようだ。
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