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青い魔石


 刃の魔物との戦闘を終えて、俺達は地上に戻ることにした。

 すでにやることリストに載っている目標は達成済み。

 あとはダンジョンを出て魔石を然るべき場所へと提出するだけ。

 今は泣き止んだ恵実と共に第二階層を抜けて、第一階層を下っている。


「なんだろな、この魔石」


 岩肌の天井を背景にして、奇妙な色の魔石を眺める。

 形状も重量も直径もほかの魔石と変わらないが、色だけが違う。

 通常の魔石が濃い紫色をしているのに対して、この魔石は青色をしている。

 三年ほど冒険者をしているが、こんな色の魔石は見たことがない。


「魔石もそうですけど、あの魔物も気になりますね」

「そうだな。たぶん、階層落ちだと思うけど」

「上の階層から落ちて来た魔物ですか……」


 稀にだが、そういうことも起こる。

 上の階層にいるはずの魔物が下の階層に現れる現象だ。

 このダンジョンは基本的に階層が上がるにつれて生息する魔物も強くなる。

 階層落ちと遭遇したら戦わずに逃げるのが懸命だ。

 まぁ、今回は状況的に戦うほかになかったけれど、回避できるなら回避したほうがいい。


「……私、死にかけたんですよね」


 呟くように恵実は言う。


「剣を折られて、あんなにあっさり」


 あの瞬間を思い出すように口にする。


「私、訓練校でも一番だったし、ダンジョンも楽勝だって思ってました。でも……」


 恵実は今日、ダンジョンというものを知った。

 殺し合いというものを知った。

 身の程を知った。


「彼方さんはこういう経験、したことあるんですか?」

「俺か? あぁ、数え切れないほどあった」


 雑嚢鞄に魔石をしまいつつ話を続ける。


「大怪我をしたこともあるし、目の前で人が死んだこともある」


 そう言うと恵実が息を呑んだ。


「……そういう時、どうしてたんですか? どうやって乗り越えるんですか? その……恐怖心を」

「そうだな……人それぞれだと思うけど、俺の場合は冒険者になった理由を思い出すかな」

「冒険者になった理由……」

「俺は夢を叶えるために冒険者になった」


 鞘に納めたマギアブレードを抜く。


「こいつで成り上がって歴史に名を刻むんだ。それを思い出すたび、足を前に動かす力が湧いてくる」


 再び鞘に納めて、恵実に問いかける。


「恵実が冒険者になった理由は?」

「私は……私はただ格好いいなって」


 ぽつりぽつりと話し始めた。


「汗だくになって、汚れて、ボロボロになって、おしゃれとは程遠いけど、でもそういうのがなんか格好いいなってそう思ったんです。だから、私もそんな風になりたくて」

「格好良く、か」

「変、ですか?」

「いいや、そんなことない。いい理由だ。それに」

「それに?」

「あの時、迷わず戦うことを選んだ恵実は最高に格好良かったよ」


 刃の魔物の咆哮で大量の魔物が現れた時、恵実は逃走ではなく闘争を選んだ。

 つき先ほど得物を折られて死にかけたにも拘わらず。

 奮い立ち、剣を構え、魔物を狩って刃の魔物に集中させてくれた。

 これほど格好いい新人冒険者を俺は知らない。


「……えへへ、嬉しいなぁ」


 ずっと曇っていた恵実の表情に笑みが浮かぶ。

 すこしは元気づけられただろうか?

 そうだといいなと思いつつ、俺達はダンジョンを後にした。


§


 ダンジョンの周辺には冒険者に必要な施設が並んでいる。

 消耗品を扱う雑貨屋、精の付く料理が売りの飲食店、武器を取り扱う鍛冶屋など。

 そして依頼の受注や魔石の換金を行える冒険者組合施設も、ここにある。


「では、こちらが恵実さんの報酬となります」

「わぁ!」


 茶封筒を両手で受け取り、恵実は感嘆する。

 自分の力で稼いだ初めての報酬だ。

 経験があるからわかるが、この瞬間は嬉しくてたまらない。


「よかったな」

「はい! なにに使おうかなー」


 浮かれ気分の恵実を微笑ましく思いつつ、自分の分の魔石を提出する。

 刃の魔物以外、ほとんどの戦闘を恵実に任せていたため魔石の量自体は少なめだ。

 ただ今回はそれだけでなく、あの魔石もある。


「あと、これなんですけど」


 例の青い魔石を提出する。


「これ」


 すると、受付の人も目を丸くした。


「……こちら、お預かりしてもよろしいでしょうか?」

「えぇ、はい」

「では、すこしお待ちを。失礼します」


 青い魔石を持って、奥の部屋へと消えていく。


「やっぱり何かあるんですかね? あの魔石」

「さぁ、どうだろうな」


 小首を傾げつつも、その場で待っていると奥の扉が開く。

 出てきた受付の人は、スーツ姿の壮年の男を連れていた。


「キミがこれを?」


 その手には青い魔石がある。


「はい」

「そうか、来てくれ。これについて話がしたい。あー……」


 彼の視線が恵実へと移る。

 言わんとしていることには察しがついた。


「一緒にいました。新人研修で」

「なら、キミもだ」


 俺と恵実は顔を見合わせ、魔石の報酬を片手間に受け取りつつ、言われた通りに付いていく。

 スーツの背中を追い掛けつつも、頭の中では様々な憶測が浮かんでは消えていた。

 やはりあの刃の魔物は、ただの魔物ではなかったということなのだろう。

 そうしているうちに施設の一角にある会議室へと通された。


「そこへ掛けてくれ」


 指定された椅子に並んで腰掛けると、その向こう側に彼が座る。


「早速だが本題に入ろう――そうだ、まずは自己紹介か。僕は秋崎あきざきだ、キミたちの名前は知っている。話を進めよう」


 秋崎さんはそう言って淡々と話を続けていく。


「まずはこれを手に入れた経緯を聞かせてくれ。いつ、どこで、どうこの魔石を入手した?」

「それは――」


 第二階層での出来事を出来るだけ正確に彼に伝えた。

 刃の魔物のこと。咆哮で魔物を呼んだこと。体表に記された紋章のこと。


「……そうか、ついに第二階層まで」

「ついに?」

「このことは他言しないようにして欲しいのだが」


 そう前置きをして秋崎さんは話す。


「ここ最近、似たような魔物が低階層に出没しているんだ。共通点は紋章を持つ人型であることと、この青い魔石だ」


 青色が怪しく見えた。


「魔石が高密度の魔力だということは知っているだろう?」

「えぇ、はい」


 魔物の亡骸にある残留魔力が圧縮されて魔石と化す。

 魔力は水と同じように気体液体固体の形状を持ち、魔水も二番目に含まれる。


「不純物のない魔石が紫なら、この青い魔石には何かが混ざっているということだ」

「それは?」

「人の魔力だ」


 そうと聞いた瞬間、あらゆる可能性が脳内に浮かび上がった。

 魔物が人を喰ったせいか? いや、それだと青い魔石はとっくの昔に発見されているはず。

 それにすべての個体に紋章がある理由に繋がらない。

 ということは。


「誰かが人為的に……階層落ちを?」

「僕もその可能性を疑っているが、現段階で可能性を狭めるのは得策ではないと考えている」


 たしかに視野は広く保っていたほうがいい。

 でも、これを自然現象や新種の魔物の発生で片付けるには無理がある。

 裏で誰かが糸を引いているのは明らかだ。


「すでに被害も多数に渡っている。どれもキミたちのように将来ある若者ばかりだ」

「首謀者が……いたとしたら、狙いを付けているのは俺達くらいの世代ってことですか」


 ダンジョンの低階層にいる冒険者の年齢層は十代ばかり。


「若い芽を摘み取ることが目的なんでしょうか?」

「可能性の一つではある。首謀者がいたとして、なぜそのようなことをするのかまではわからないが」

「そう、ですよね」


 この街はダンジョンからの運び出される資源で成り立っている。

 第二階層の肥沃な土もそうだ。

 その資源を回収する冒険者は、この街になくてはならない存在のはず。

 冒険者の減少はこの街全体の死活問題になるというのに、いったいなぜ?


「まだ何もわからない状態だ。だが第二階層にまで現れたとなると、こちらも早急に手を打たねばならない。無用な混乱を避けるためにも、くれぐれもこのことは内密に」

「えぇ、わかりました」


 返事をすると秋崎さんは頷いて腰を上げ、俺達も立ち上がった。


「あぁ、そうだ。一応、伝えておこう」


 会議室の扉の前で立ち止まり、視線がこちらに向かう。


「我々はその紋章を持つ魔物のことをブルーと呼んでいる」


 そう言い残して、会議室を後にした。


「ブルー……」


 青い魔石を残すから、か。


「これからどうなるんでしょう?」


 恵実の不安そうな声が会議室に響く。


「どうなるんだろうな……とりあえず組合が手を打ってくれることに期待しよう」

「……そうですね。心配しても出来ることはありませんし」

「俺達はいつも通りに――いや、いつも以上に注意しながらダンジョンに挑もう。まだ新人研修も始まったばかりだからな」

「そう言えば、まだ初日でしたっけ? 濃い一日だったなぁ、時間の感覚がおかしくなっちゃいそう」

「まったくだ」


 そうして俺達も会議室をあとにする。

 肉体の疲労を癒やすために一日の間を置いて、新人研修二日目が始まった。

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