刃の魔物
即座にマギアブレードを抜いて駆け出す。
刃の魔物は両腕の剣を振るい、恵実へと斬り掛かる。
予め構えていた恵実はそれを捌いてみせたが、攻撃はそれだけで終わらない。
鋭い剣閃を幾重にも叩き込まれ、細身の剣が半ばから折れてしまう。
「そんなっ!?」
折れた剣先が跳ね上がり、魔物の剣が天井を指す。
恵実は為す術がない。
振り下ろされればそれで終わり。
だから、そうなる前に照準を合わせた。
「火々炎纏」
支援魔法を唱え、マギアブレードに火を灯して引き金を引く。
炸裂した魔弾が火炎を盛らせ、火球を飛ばす。
峰の滑走路を走って飛翔した火球の弾丸が刃の魔物の背後を急襲する。
「ロロロロロ」
天を指していた剣が背後に振り下ろされ、火球が二つに両断された。
撃ち抜けはしなかったが、これでこちらに意識が向く。
足を止めることなく更に二度引き金を引いて火球を二発撃ち込んだ。
それすらも片手間に引き裂かれて霧散し、瞬く間に肉薄した。
「ロロロロロ」
振り下ろされた剣撃を燃え盛る刀身で受け、両腕が酷く重くなる。
だが、こうして近づいたことでわかった。
この魔物は刃に魔力を纏っている。
そのせいでより鋭く強靱な剣に鍛え上げられていた。
明らかに第二階層にいるような魔物じゃない。
「どうして、こんな階層に」
質問の返事なのか、鍔迫り合いの上から振り抜かれて吹き飛ばされる。
靴底で切り株を削るようにして勢いを殺して踏み止まったが、顔を上げると鈍色の剣閃が視界を横に二分していた。
「修羅」
再び支援魔法を唱え、自身の身体能力を跳ね上げる。
首を刈り取るかの如く振るわれた剣を潜るように躱して即座に回転。
その背に遠心力を乗せた一撃を振るうも、直前で後ろ手に剣が差し込まれた。
「関係あるかッ」
火炎の刀身が剣に触れた瞬間、引き金を引く。
供給された魔力を吸って火炎が爆ぜ、同時に振動した刀身の一撃を見舞う。
それは鈍い音を立てて刃の魔物を吹き飛ばした。
「ロロロロロロロ……」
しかし、致命傷にはいたらない。
剣を突き立てて勢いを殺すと、魔物は切り株からそれを引き抜いた。
防御に使用したほうの剣には深い亀裂が走っていたが、それも直ぐに修復されてしまう。
「これでも足りないか」
剣の片方に防御されたこともそうだが、一番の理由は全身から生えた刃のほうだ。
それらすべても魔力を帯び、鋭さと強度が増している。
無数の刃に勢いを殺されて、満足に一撃が響かなかった。
「ロロロロロロロロッ!」
剣の修復が終わると共に、刃の魔物は咆哮を上げた。
その音量に耳を塞ぎたくなる衝動に駆られ、それが鳴り終わると今度は切り株の上に乱入者が現れる。
上から落ち、下から這い上がり、猿に似た魔物が何体も舞台に現れた。
「チッ」
魔物が増えてまず一番に思ったのは恵実のことだった。
剣が半ばから折れてまともな得物がない。
刃の魔物を視界に入れつつ、折れた剣先を探すと足下で炎光が反射する。
「ちょうどいい」
折れた剣先の端を踏みつけて弾き上げると、それを左手で掴み取った。
「魔改造」
スキルの発動によって剣先は粒子状になって折れた剣へと集う。
再構築ののちに細身の剣は完璧な形で修復された。
それと時を同じくして、刃の魔物が再び動き出す。
「恵実!」
眼前にそれを見据えつつ、恵実の名前を呼ぶ。
「は、はい!」
「戦うか逃げるか、自分で決めろ!」
そう叫んで迫りくる刃の魔物へと駆け出した。
「――戦います!」
背中にその言葉を受けて、思わず笑みが浮かぶ。
戦うと決めたなら、その役割もわかるはず。
新たに現れた魔物たちは恵実に任せ、目の前の脅威に一刀を振るう。
剣閃同士がぶつかり合う甲高い音を皮切りに、幾度となくそれは響いた。
数え切れないほど刃を交え、剣撃の応酬を繰り広げる。
手数は魔物のほうが多いが、剣速ならこちらのほうが速い。
打ち合いが拮抗する最中、不意に魔物の剣の片方に亀裂が走る。
見舞った一撃のダメージは、まだ修復され切ってはいなかった。
片方を折れば押し切れる。
「ロロロロロ」
振るわれた剣撃を弾き、次いで繰り出される亀裂の走る刃を狙う。
接触の寸前に引き金を引いて火炎が爆ぜ、振動によって破壊力を増した一撃で、亀裂の走る剣をへし折る。
「これで――」
次の一撃で決めるべく、踏み込んでマギアブレードを振るい、引き金に指を掛けた。
しかし、そのとき一瞬だけ刃の魔物の口元がつり上がって見える。
本当に笑っていたのか、そう見えただけなのか。
とにかく、その笑みが俺を踏み止まらせた。
「ロロロロロロロッ」
瞬間、全身から生えていた刃のすべてが一斉に突き出る。
針千本、剣山、幾つか言葉が浮かんだが、それはまさしくその通りだった。
全方位に向けて攻撃は為され、正面にいた俺にもそれは突き放たれる。
無数の剣先が伸び、この身を貫かんと迫った。
咄嗟にそれらの軌道上に得物を差し込んだが、逸らしきれずに幾つかがこの身を斬り裂いて過ぎていく。
「――ッ」
鋭い痛みが全身を駆け巡り、熱い血が肌を撫でる。
どこを斬り裂かれたのか、もはや確認のしようがない。
全身が熱くて痛い。
傷口から血がどくどくと流れていく感覚がする。
「くッ……」
よろけながら後退るも、膝は付かない。
足腰に力を入れて踏ん張り、決して視界から刃の魔物を外さなかった。
「彼方さん!」
「自分の心配だけしてろ!」
怒鳴りつけるように言って、痛みで曲がった姿勢を真っ直ぐに伸ばす。
胸を張り、魔物を見据え、柄を握り直した。
「ロロロロロロ」
刃の魔物は伸ばした刃を縮めるとこちらを再認識する。
こうなった以上、斬り合いは現実的じゃない。
だが、かと言って遠距離攻撃も両断されたばかり。
「ロロロロロロロッ」
折れた剣を再び生やし、こちらに迫る。
「――なら」
マギアブレードにありったけの魔力を流しながら引き金を引く。
俺からの魔力供給は火炎を刀身に縫い付けるため。
炸裂した魔弾の勢いに煽られても火球を飛ばさないため。
そうして刀身に留まらせてやれば、炎は更に燃え盛る。
炎色が赤からオレンジに移り変わり、凝縮された火炎が刀身を奔った。
「これなら」
迫りくる刃の魔物に向かって駆け、自ら接近戦を挑む。
案の定、俺が近づくと全身の刃がまた一斉に伸びて虚空を貫いた。
飛ぶように突き出された幾つもの剣先に、オレンジに燃える炎の一閃を見舞う。
その一撃は触れる物すべて焼却して振り抜かれ、幾つもの刃が砕け散る。
「ロロロロッ!?」
刃の破片が舞い散る最中に踏み込んで、二撃目をその身に叩き込む。
袈裟斬りに振り下ろした一撃を、刃の魔物は両腕の剣で受け止めにかかる。
しかし、それを意図もたやすく断ち斬って、この一閃を振り抜いた。
「俺の……勝ちだ」
下方を向いたマギアブレードから火炎が掻き消える。
銀色の刀身が外気に触れ、微かに残る火の粉が散った。
そして刃の魔物上半身が崩れるように地に落ち、下半身が倒れ伏す。
その命はすでに燃え尽きていた。
「ふぃー……どうにかなったか」
マギアブレードを見つめ、左手を握り締める。
たしかな勝利を噛み締めた。
「彼方さん!」
泣きそうな声が聞こえたかと思えば、勢いよく抱きつかれる。
「おおっと」
「よかった! 死んでなかった! 本当に、よかった!」
痛いほど締め付けて、恵実はしきりにそう呟いた。
俺の身を案じてくれていたらしい。
そう言えばまだ十四、十五の少女だったな。
冒険者を志したからには自身の死も仲間の死も覚悟の上だろう。
でも、死を覚悟するのと実際に意識するのは違う。
目の前で誰かの死を想像することもまるで別物だ。
恵実は今日この一瞬でそれらを経験し、処理しきれない感情が溢れ出していた。
そりゃ、泣きたくもなる。
周囲を見渡してみると、あちらこちらに魔石が転がっていた。
どうやら刃の魔物が呼んだ増援はすべて恵実が片付けたらしい。
「恵実」
「……はい」
「よくやった」
そう言って、はねっけの金髪に手の平を置いた。
「う、うぅぅ……」
すると、堰を切ったように泣き出してしまう。
両方の瞳から感情が溢れ出して止まらない。
こういう時は黙って胸を貸すのが先輩の勤めか。
正直、魔物に付けられた太刀傷が痛いけど。
「――ん?」
ふと、刃の魔物の亡骸が目に入る。
その体表に紋章のような物が描かれていたからだ。
それまでは生えていた刃で見えなかったが、それを焼き切った今なら見える。
もっとよく確認しようと思ったが、次の瞬間には魔石化が始まってしまう。
みるみるうちに圧縮され、そしてそれは奇妙な色の魔石になった。
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