ダンジョン
「ワォオオオオォオオオオォオオオオオッ!」
咆哮にも怯むことなく駆け抜け、恵実は一番槍の魔物と肉薄した。
振り下ろされる牙と、振り抜かれる刃。
二つが交差してすれ違い、鮮血と共に折れた牙が宙を舞う。
「いい動きだな」
初心者とは思えないほど冴えた剣撃だった。
念のためと得物の柄を握っていたが、この分だと必要なさそうだ。
手から力を抜くと、群れの中心まで攻め入った恵実が飛び跳ねる。
それはまるで月で跳ねる兎のように、まるで重力を感じさせない動きだった。
「最高に幸せな私」
恵実のスキルは幸せの実現だ。
この場合は月ほどの重力という形で実現している。
無重力に近い形で動ければ、さぞかし幸せなことだろう。
スキルが発動され、天井に足をついた恵実が眼下の魔物を見据えて跳ぶ。
跳んで跳ねて剣を振るい、一体一体を確実に仕留めていく。
高速で跳ね回る恵実を何者も捉えることは出来ず、瞬く間に最後の一体が血を噴いた。
それを確認してから地に足をつけて、恵実に重力が戻る。
その足でこちらに駆け寄り、目と目が合った。
「どうでしたか? 私、格好良かったですか?」
「あぁ、格好良かったよ。新人であれだけ動ければ上出来だ」
「えへへ、やったー! 褒められちゃった」
嬉しそうに微笑んで全身で喜びを表現している。
間違いなく褒めて伸びるタイプだな。
「ほら、魔石になるぞ。回収回収」
「あ、そうでした」
恵実の背後では亡骸となった魔物の魔石化が始まっていた。
圧縮されたように一塊となって結晶化し、魔石と化して地面に転がる。
それを拾い集めると纏まった数になった。
「うーん、全部集めても一キロにもなりませんねぇ」
「数をこなせばそのうち集まる。いい経験にもなるしな」
「もっとたくさん魔物が来てくれれば楽なのになー」
大きな群れとの遭遇は避けたいと思うのが新人の心理だけど、恵実は違うみたいだ。
やはり実力に裏打ちされた自信ゆえだろうか?
実際、恵実は新人とは思えないほど戦闘能力が高い。
初めての実戦なのに物怖じ一つせず、自分のペースを保ったまま冷静に対処できている。
たぶん、現時点で素の実力では、すでに俺と同等かそれ以上だ。
まだまだ伸びしろがあって育ち盛りなら、将来的には間違いなく俺より強くなる。
彼女は所謂、天才という奴だった。
「どうかしたんですか?」
「いや?」
いつかは追い抜かされて、見えない高みまで行ってしまう。
でも、このマギアブレードがあれば、そうはならないかも知れない。
ある程度、扱い方は把握したがそれも完璧じゃない。
きちんと使いこなせるようになって後輩に追い抜かれないようにしないと。
凡人の俺にもプライドはある。
「先に進もう。まだ始まったばかりだ」
「はーい」
そうして何度か魔物の群れに遭遇しつつも、俺達は第一階層を突破した。
§
第二階層は見ただけでそうだとわかるほど第一階層とは違う。
岩肌の硬い地面は柔らかい土へと変わり、数多の植物が根を下ろしている。
壁や天井も例外ではなく、複雑に絡み合った根が坑木の役割を果たし、通路を固定していた。
咲き誇る花の種類は数百にも及び、根付いた植物は数えるのも億劫になるほど多岐に渡る。
一歩足を踏み入れれば違いを肌で感じるほど第二階層の空気は澄んでいた。
「わぁー、本当に第一階層とは全然違うんですね」
物珍しそうにきょろきょろと視線を動かしている。
「ここから運び出された土で、地上の農作物が育ってるんですよね?」
「あぁ、成長速度が倍近く違うらしいからな」
しかもより大きく、より美味しく育つらしい。
お陰で美味い野菜が安く買えて大助かりだ。
「凄いなぁ。別世界みたい」
感慨深そうに歩く恵実を連れて通路を渡り、その先に広がる空間に出る。
天井から蔦や蔓状の花が垂れ下がった、緑が濃い広場。
中央には巨木の切り株があり、それを中心として巨大な蕗のような植物が葉を広げていた。
俺達が出たのは随分と高い位置で、下に降りるには植物を経由するしかない。
「よっと」
皿状の葉の上に乗ると、多少揺れはするがしっかりと支えてくれる。
「だ、大丈夫なんですか?」
「あぁ、平気だよ。でも、端は危ないからなるべく中央に向かって跳ぶのがコツだ」
「な、なんだか蓮の葉に乗ろうとしているみたいでちょっと躊躇しちゃいますけど」
意を決してこちらへと飛び移る。
「わっとっと」
俺がいる分、更に大きく揺れたが、それでもすぐに安定した。
「ふぅ……ちょっと焦っちゃいましたけど、大したことないですね」
取り繕うように強がりを言う。
「なら、この先も平気だな」
俺達の前にはまだ葉を広げた植物が外周を回るように並んでいる。
この位置が一番背が高く、隣に向かうごとに小さくなっていく。
隣へ隣へと飛び移れば階段を下るように下へと辿り着ける。
慣れればとんとん拍子にいけるが、新人にはかなり勇気が必要だ。
「じゃあ、お先」
そう言って隣の葉に飛び移る。
「あっ! ま、待ってくださいよ! 置いてかないでー!」
慌てたように恵実も跳び、途中で追いついてきた。
「も、もうっ。私、初めてなのにひどい! 置いていこうとするなんて!」
「はっはー、悪い悪い」
まぁ、本気で置いていこうとしていた訳じゃあないが。
新人をからかうのもほどほどにしておかないとな。
「ふぅー……それにしても大きな切り株ですね」
葉の上で一息をつき、恵実の興味が切り株へと移る。
訓練校のグラウンドくらいの面積はある巨木の切断面。
頭上を見上げてみるととても高い位置に天井が見える。
今はただかつての雄大な姿を想像するばかりだ。
「そうだ。降りてみるか? あれに」
「あ、いいですね! 乗りたいです!」
「よし、じゃあ行こう」
葉から葉へと移動し、高さを調節して巨木の切り株に足を付ける。
腐ったり脆くなっていたりしないかと思ったが、その心配は不要だった。
足下はしっかりしているし、以前のように虚に落ちたりはしなさそうだ。
「わー! 広ーい!」
過去の経験から足下を気にしていると、恵実ははしゃぎだしていた。
その場で何度も足踏みをしたり、その辺を駆け回ってみたりしている。
先ほどの戦闘で忘れがちだが、恵実はまだ新人で歳は十四か十五くらいだ。
その年頃の少女が非現実的な状況化ではしゃがないわけがないか。
「なんだか小人になった気分!」
「しばらくしたら狩りにいくぞー」
「はーい」
端から端まで駆け抜けてみたり、縁から下を覗いてみたりしている。
小人気分を満喫するその様子を眺めつつ、俺も切り株の外周に沿って歩き出す。
一周したら地上に降りて、足りない分の魔石を集めることにしよう。
そう決めた、その直後のこと。
上空から何かが一直線に落ち、切り株の中央を陥没させた。
「な、なんだ?」
「隕石?」
気持ちはわかるが、天井がある以上は隕石ではない。
硬くて重い木の実かなにかだろうかと、その落下物に焦点を合わせる。
視界の中心に納めたそれは、ゆっくりと立ち上がった。
「魔物ッ」
落ちて来たのが魔物だとわかり、即座にマギアブレードに手を掛ける。
「ロロロロロ……」
その魔物は呟くように声を発し、こちらを見据える。
全身に大小様々な刃を生やしている、人型の魔物。
両手の甲からはパタと呼ばれる武器であるかのように剣状の刃が伸びていた。
奴の頭部に目はないが、こちらを視認している様子だ。
「ロロロロロ……」
奴は振り返って反対方向にいる恵実にへと意識を向ける。
恵実はすでに剣を抜いていて臨戦態勢に入っていた。
それが魔物を刺激したのかも知れない。
「ロロロロロ」
陥没した切り株を蹴って、恵実に襲い掛かった。
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