無尽蔵の魔力
支援魔法というものがある。
物体あるいは人体に魔法を付与することで支援を行う魔法だ。
この魔法は常に魔力を消費し続け、供給を止めると消滅する。
だが、供給と止めなければその持続時間は半永久的だ。
なら、常に魔力が溢れ出す魔剣に支援魔法を掛けた場合、その効力が途切れることはなくなる。
魔剣の性能を受け継いでいるマギアブレードも例外じゃない。
「火々炎纏」
支援魔法を唱え、火炎の魔法をマギアブレードに付与する。
燃え盛る火炎は俺が魔力の供給を止めても揺らめき続けていた。
感触を確かめるために虚空を焼き切り、火の粉を散らす。
そして視線で正面を見据えて岩の外皮を持つ人型の魔物を視界に捉える。
「フシュゥウウゥッゥウウウウウゥウ……」
同族の仇討ちにでも来たのか、虚を出てすぐに遭遇した。
数は見えている限りでは三体ほど。
隠れているだけでまだいるかも知れない。
マギアブレードに火炎を灯すと、魔物たちは地面を蹴って駆け出した。
足の速い個体が一番槍を担い、その岩の爪を束ねて突き出す。
身に迫る貫手に対して、こちらは下方から掬い上げるように一閃を描く。
火の粉を散らした一撃は、意図もたやすく硬質化した外皮を焼き切って腕を切断した。
「まず一体」
直ぐさま刀身を翻し、その胴体を目掛けてマギアブレードを振り下ろす。
袈裟斬りに魔物を斬り捨てて、その命を燃やし尽くすと共に二体目の魔物へと踏み込んだ。
「二体」
すれ違い様に火炎の一刀を見舞い、その首を刎ね上げる。
頭部が宙を舞う最中、三体目の魔物を間合いに入れた。
虚空を引き裂いて爪の五閃が迫り、それが届く前に腹部へと一撃を浴びせて振り抜く。
「ギャ……ァア……」
臓物と共に背骨を立たれた三体目の個体は命を落とした。
「三体目、だけど」
見える範囲の魔物を切り伏せたが、安心は出来ない。
周囲の木の影から複数体の魔物が現れ、跳びかかって来たからだ。
「――今の俺なら」
ギアブレードの真骨頂は近接攻撃だけではない。
支援魔法は供給される魔力が多ければ多いほど威力が増大する。
その性質を利用するために、魔力が詰まった魔弾を炸裂させるだけでいい。
「一」
燃え盛る鋒を魔物に向け、引き金を引く。
銃の機構が魔弾を炸裂させ、大量の魔力と爆発を生む。
魔力は火炎に取り込まれて盛大に燃え上がり、爆発はそれを鋒まで弾き出す。
それは刀身の峰を滑走路にして飛翔し、火球の弾丸となって射出された。
「ギャァアアァアァアアアアッ!?」
火球の直撃を喰らった個体が盛大に爆ぜる。
硬質化した外皮など簡単に破壊してその内部を焼き尽くした。
空薬莢が一つ、宙を舞う。
「二」
引き金を引く。
「三」
引き金を引く。
「四」
引き金を引く。
「五」
次々に鋒を向けて照準を合わせ、引き金を引く。
四つの薬莢が弾き出され、地面に転がる頃には火球のすべてが爆ぜていた。
撃ち抜かれた五体の個体は近づくことすら叶わずに散る。
そして、正面から跳びかかってきた最後の個体に燃え盛る刀身を突き刺した。
「六」
引き金を引く。
瞬間、燃え盛る火炎が体内を駆け巡り、内側から爆ぜる。
魔物は黒煙を吐いて爆発し、粉々に砕け散った。
あとに残ったのは燃え盛る火炎を纏うマギアブレードだけだ。
「ふぃー……」
魔物の殲滅を確認してから一息をつく。
空の薬莢が排出されて地に落ち、からんと転がっていく。
「これなら」
討伐するのに苦労したあの魔物の群れを簡単に一掃できた。
引き金を引かなくても硬い外皮を断ち切れたし、火球で遠距離攻撃も出来る。
たしかな手応えを掴むことができた。
このマギアブレードがあれば本当に夢が叶えられるかも知れない。
「ん?」
付与していた火炎を掻き消した直後、微かに炎光が反射したのを見る。
刀身を鞘に仕舞って近づくと、そこには依頼品の花が咲いていた。
それに手を伸ばすまえに、今度はしっかりと地面を確認する。
どうやら大丈夫そうだ。
「これで帰れる」
花を摘み取り、これでやることリスト達成だ。
ここから出て、外の世界に戻ろう。
俺は踵を返してダンジョンを後にした。
§
戦闘服に袖を通し、雑嚢鞄の中身を確かめる。
消耗品に不足もなく、蓋を閉じて腰に巻き付けた。
それから鞘に納めた得物、マギアブレードを手に取り自宅を後にする。
玄関先で施錠をして振り返ると、一番に見えるのは聳え立つ一本の白亜の塔。
天を貫かんばかりに伸びるその内部に、階層ごとに別れたダンジョンが広がっている。
「さて、と」
玄関先を後にし、ダンジョンへと向かう。
途中にあるサンドイッチ屋で朝食を買い、食べ歩きつつ足を進める。
いつものルートを通って辿り着くのは、ダンジョン前にある噴水広場。
今日はここで人と会う約束をしていた。
「あっ! その剣!」
不意に大きな声が聞こえて振り向くと、はねっけのある金髪が目に入る。
まだあどけなさが残るが整った顔立ちの少女が、こちらに駆け寄って来た。
「あなたが四条彼方さんですよね?」
「あ、あぁ。じゃあ、キミが」
「はい! 新人研修でお世話になる一ノ瀬恵実でーす!」
明るく元気にピースサインをしている。
彼女――恵実は訓練校に在籍する学生で、まだまだ経験の浅い新人冒険者だ。
ダンジョンは言わずと知れた危険な世界で、だからこそ新人研修が行われる。
指導役となる冒険者は持ち回りで、今回は俺の番が回ってきていた。
「一目見たらすぐにこの人だってわかっちゃいましたよ! ヘンテコな剣を持ってるって聞かされてたので!」
「ヘンテコ……まぁいいけど」
よく言われることだから軽く流すことにしよう。
このロマンがわかる人だけに伝わればいい。
「それじゃあ早速だけど、準備はいいか?」
「はい! よろしくお願いしまーす!」
溌剌とした返事を聞いて、俺達二人はダンジョンの第一階層へと向かった。
「――ここが第一階層なんですね」
露出した岩肌の地面を踏み締め、恵実は感慨深げに呟いた。
彼女の目に映るのは同じく岩肌の壁や天井で、あるいは自生する発光性の植物だろう。
どちらもダンジョンの中でしか見る機会がないものだ。
幅二車線から三車線はある洞窟のような通路を、恵実は興味深そうに見渡している。
「今日のやることリストは二つ」
「やることリスト?」
「新人研修で達成するべき目標のこと」
リストにしておくと、なにかと便利だからいつもそうしている。
「五キロ分の魔石収集と第二階層への到達だ」
「つまり、魔物を倒しながら登っていけばいいってことですよね? 楽勝ですよー!」
「随分と自信満々だな」
「はい! だって私、訓練校で一番成績がいいんですよ!」
「へぇ、そりゃすごい」
「えへへ。そうでしょ、そうでしょ?」
「それじゃあ――」
通路の先を見据えて足を止めると、恵実も隣で立ち止まった。
視界には通路を塞ぐように屯している魔物の群れがいる。
奴らはこちらを認識すると、立ち上がって低く唸りはじめた。
「お手並み拝見といこうか」
「いいですよ。任せてください!」
恵実は慣れた手つきで細身の剣を抜く。
そうしてすこしも臆することなく自然体のまま駆け出した。
初めての実戦だというのに、随分と肝が据わっているらしい。
「でも、そうか」
俺も新人の頃は不安よりも期待のほうが大きかった。
胸に抱いた夢を叶えるために、とにかく駆け出したかった時期が俺にもある。
あの時は怖い物知らずだったっけ。
そう懐かしい気分になりながらも、魔物の群れへと迫る恵実の背中を視線で追い掛けた。
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