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私を誇れる私


「怪我の具合はどうですか?」

「ちょっとだけ背中に違和感があるけど、ほとんど治ってるよ」

「そうですか、それはよかったです。あと、これ」

「あぁ、ありがとう」


 平たい箱に入った菓子折を受け取った。


「花にしようかとも思いましたけど、そっちのほうがいいかなと」


 丸椅子に座りつつ、奈央はそう言う。


「まぁ、すぐに退院するからな」


 幸運なことに花が枯れるまえにここを出られる。

 退院したらすぐに新人研修を再開しないとな。


「奈央のほうはどうだ? 火傷とかしてただろ?」

「問題ありません。あなたほど酷いものではありませんでしたから」

「なら、よかった」


 恵実にも大きな怪我はなかったし、新人研修の担当としての役目は果たせているかな。


「……今日はお礼を言いに来たんです」

「礼? 気持ちは嬉しいけど、そんなに気にしなくていい。昨日、恵実にも言ったけど、命を張ってでも新人を守るのが担当の役目なんだからな」

「えぇ、そう恵実から聞いていたので今回のお礼は別件です」

「別件?」


 そう聞き返すと、奈央はゆっくりと深呼吸をした。


「私は自分を誇りに思えるような人間でいたいんです」


 意を決したように話し、俺はそれに耳を傾ける。


「認められなくてもいい。どう見られようと構わない。後ろ指を指されても気にしません。これが私であると胸を張っていられるなら、他はどうでもいいんです。でも……」


 奈央の視線が逸れて、伏し目がちになった。


「私はダンジョンで、あの人を見殺しにしようとしました」


 自分を殺そうとした人まで助けなくてはいけないのか?

 奈央はあの時、そう俺に問いかけた。


「右腕を失ったのも、死にかけているのも、すべてあの人の自業自得。それに巻き込まれた私達まで命の危険に晒されて、その後始末を強いられる。その状況にどうしても納得がいきませんでした」


 恵実もそうだが、奈央もまだ十代半ばの少女。

 訓練校に在籍していなければ、まだ中学生の年齢だ。

 あの状況化で納得しろと言われても簡単にはいかないだろう。


「こんな人を助ける義理はないし、命を懸ける価値もない。でも、彼方さんは迷う素振りも見せずに助けることを選んだ。私は怒りと苛立ちが胸の中で渦巻いて……あんなに感情が制御できなくなったのは初めてでした」


 胸の辺りを抑えて、奈央は苦しそうに胸中を語る。


「でも、後悔すると言われて気づいたんです。私は今、これまで大切にしてきたものを自ら捨てようとしているのだと」


 伏し目がちだった視線が持ち上がる。


「もしあのまま見捨てていたら、言われた通り後悔したと思います。取り返しが付かなくなる前に思いとどまれたのは、彼方さんの言葉があったからこそ」


 目と目が合う。


「私はまだ私を誇れる私でいられる。だから、お礼が言いたいんです」


 奈央はそうして深々と頭を下げる。


「ありがとうございます、彼方さん」


 そう言い終わると大きく息を吐いた。


「とてもすっきりしました」

「そいつはよかった」


 思いは貯め込むより吐き出したほうがいい。

 どことなく憑き物が落ちたような表情をしている。


「すこしは信頼してもらえたか?」

「そうですね。すこしは」


 これでもすこしか。

 でも、すこしは信頼してもらえたらしい。

 先は長そうだけど、前進はできたみたいだ。


「これからも指導をよろしくお願いします」

「あぁ、任せとけ」


 そう返事をすると、奈央はほんの僅かに微笑んだ。

 奈央のそう言う表情をみるのは初めてだった。


「さて、言いたいことを言えたので、私はそろそろ帰ります」

「そうか。気をつけてな」

「はい。それでは」


 席を立って病室の扉に手を掛ける。


「奈央」

「はい?」

「退院したらブルーの話をしよう」


 奈央はすこし目を丸くし。


「はい」


 そう返事をして病室をあとにした。

 それを見届けて視線を窓の外へと移す。

 青く染まった空を見つめて、それに青い魔石を翳してみる。

 同化はしないが、近い色の青が日光を反射して輝いてみえた。


「誰がなんのために、こんなことをしているんだろうな」


 独り言を呟いて、青い魔石を雑嚢鞄に仕舞う。

 退院したら提出しそびれていた魔石を冒険者組合に持っていかないと。

 

§


 冒険者組合施設の一角にある会議室にて、俺は奈央にブルーの説明をしていた。

 人の手が加えられた魔物だということと、その特徴のこと。

 低階層に出没し、その戦闘能力は下手な階層落ち以上であること。

 それらが比較的若い世代の冒険者を狙って襲撃していること。

 今現在、知っているすべてを奈央に知らせた。


「そういうことでしたか」

「ごめんね? でも、秘密だったから」

「大丈夫。事情があったんだから、しようがない」


 奈央は納得してくれたらしい。

 そのことにほっとしていると、会議室の扉が開いて秋崎さんが入ってくる。

 俺達は一斉に立ち上がろうとしたが。


「座ったままでいい」


 と制されてそのまま浮かせた腰を下ろした。


「これで二度目になるか。キミたちは中々、優秀なようだね」

「それはどうも」

「報告書によれば今度は第四階層か。魔物寄せの匂いに釣られて現れたらしいね。まぁ、その過程で色々とあったようだが、この件には関係のないことだ」


 秋崎さんは資料を机上に置いた。

 前任者についてのことは、特に聞く気はないらしい。

 話がこじれそうなので、それはそれでありがたい。


「それで、どうして会議室に呼び出されたんですか? 俺達は」


 入院中に書いた報告書と共に青い魔石を提出したところ、翌日になって呼び出された。

 本当なら第五階層へと向かうはずだったのだが、急遽予定を変更してここにいる。

 詳細は報告書に綴ったし、不備はなかったと思うが。


「実はブルー対策の第一弾として低階層に警備を置くこととなった。中階層を攻略中の冒険者たちだ。彼らならブルーが相手でも対処可能だろう」


 中階層を攻略中の冒険者か。

 ちょうど俺の同期たちもその辺りか?

 新人研修の途中で懐かしい顔にも会えるかもな。


「だが、彼らはまだブルーがどのような魔物であるかを知らない。そこで二度もブルーを討伐したキミたちの実体験を彼らと共有し、出来れば指導してほしい」

「俺達が、ですか?」


 どうして俺達なんだ?


「失礼ですけど、ほかに適任がいるんじゃ」

「残念ながらキミたち以外に適任はいない。ブルーの討伐に成功した者は少ないんだ。それに、その誰もが手痛い傷を負わされている。中には冒険者生命を絶たれた者もいるほどだ」

「……俺も背中をばっさりとやられましたけど」


 自慢じゃないが、刃のブルーの時も炎のブルーの時も、決して無傷だった訳じゃない。


「全治三日の傷だろう。ほかはもっと酷いということだ」


 俺はまだ幸運なほうだったか。

 ほかはもっと酷い惨状になっている。

 そういう事情があるなら、俺達がどうにかするしかないか。


「新人研修が更に遅れることになるけど、いいか? 二人とも」

「私は構いませんよ。ブルーの脅威を排除するためだと言うなら」

「私も。遅れはあとから取り返せばオッケー! だから、大丈夫でーす!」


 頼もしい限りだな。

 俺も新人に負けないように気張らないと。


「話は纏まったようだ。早速だがこれから警備に当たる冒険者に会ってもらう」

「今からですか?」

「あぁ、早いに越したことはないからね」


 秋崎さんが席を立ったので俺達も立ち上がって会議室をあとにする。

 廊下を渡って案内されたのは作戦会議室であるブリーフィングルーム。

 秋崎さんの後に続いて入室すると、すぐに見知った顔が見えた。

 あちらも俺を見て、目を丸くする。


「彼方!?」

「マジかよ、四条じゃん」


 追い抜かれて、置いて行かれた同期達と、俺はこうして再会を果たした。

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