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六連撃


 繰り出される炎爪の乱舞を捌き、両腕を鎮火させる。

 同時に更に一歩踏み込んで、その紋章が刻まれた胴体に一撃を見舞う。

 飛沫を伴う一閃が火炎を掻き消して、その身に一筋の太刀傷を刻む。

 だが、灰色の外皮が硬く、刃は表面を撫でただけ。

 浅く、深くまで切り込めない。


「ロロロロロロロ」


 一太刀を受けても怯みもせず、ブルーは鋭爪を振り下ろす。

 それに引っ掻かれる直前で退避が間に合い、先ほどまで立っていた地面が砕け散った。


「硬いな……」


 通常火力では致命傷を与えられない。

 やはり魔弾の再装填が済むまで決定打に欠けてしまう。

 リロードが終わるまで四分弱程度。

 それまでマギアブレードはただの変わった造形の剣でしかない。


「ロロロロロロロ」


 鎮火した爪と胴体を再点火され、灰色が紅蓮の赤に染め上がる。

 その際、紋章の上から刻み付けたはずの太刀傷が焼却されるように掻き消えた。

 ようやく与えた傷がなかったことにされてしまう。


「半端な攻撃じゃ意味がない」


 やはり引き金を引かないと、その命には届かない。

 その事実を噛み締めていると、ブルーは自らの火炎で剣を打つ。

 再び展開された炎の剣が舞うように解き放たれる。


「息つく暇もないか」


 間合いに入れば炎爪が、距離を取れば炎剣が、この身を斬り裂こうと迫る。

 この戦いにおいて安全な間合いというものは存在しない。

 退避終わりに地に足を付け、その場で幾つかの炎剣を斬り裂いた。

 水流逆巻く刀身を振るって鎮火し、火炎の一薙ぎを屈んで躱すと走り出す。

 ブルーを視線で捉えつつ、旋回するように、渦を巻くように駆ける。

 炎剣は足跡を貫くように、次々に地面に突き刺さりつつも俺を追尾した。

 それに追いつかれないように足を動かし、すべての炎剣を躱すと渦の中心へと辿り着く。

 飛沫を上げた一刀と、火の粉が散る五爪が再びぶつかり合い、互いに弾き合う。

 あと三分強。

 時間の流れが死ぬほど遅い。


「ロロロロロロロ」


 幾度も剣と爪を交え、その最中に隙をこじ開け、縫うように一撃を振るう。

 それが胴体に届くその寸前、バチバチとブルーの周囲で火花が散る。

 その音を聞いた瞬間、怖気が立った。

 なぜか、あの時のことを思い出したからだ。

 同じような状況化で、刃のブルーが仕掛けてきたこと。

 全方位に向けた無差別範囲攻撃。

 炎を身に纏うこのブルーの場合は――


「まずッ――」


 攻撃をキャンセルして即座にその場から飛び退いた。

 その直後、視界が紅蓮に染まるほどの火炎の嵐が巻き起こる。


「くッ」


 灼熱の風が逃げた俺を追い掛け、追い越し、呑み込んだ。

 肌を撫でる火炎に対処するため、身に纏う慈雨水天じうすいてんに大量の魔力を供給して耐火耐熱の効果を最大限にまで引き上げた。

 それでも水の魔力を貫通して熱が戦闘服や肌を焼く。

 あの瞬間、退避の判断が出来ていなかったら、この状態でも焼き殺されていたかも知れない。


「ロロロロロロロ」


 体中に火傷を残して火炎の嵐が静まる。

 鮮明になった視界にブルーを納め、足腰に力を入れて踏ん張り、マギアブレードを握り直し、姿勢を正す。

 そうしてブルーの次の攻撃に備え――背中に激痛が走った。


「がぁッ!?」


 一瞬、なにが起こったのか理解できなかった。

 突如、背中を引き裂かれるような感覚がし、激痛が全身を駆け巡る。

 反射的に向けた視線の先には、一振りの炎剣が剣先を下方に向けていた。


「あの、火炎に紛れてッ」


 火炎の嵐はこのために起こされたもの。

 紅蓮の炎に紛れて本命を隠し、俺はまんまと背後から斬り付けられた。

 後ろ手に一撃を振って鎮火させたものの、それでは遅い。

 こちらは大怪我を負い、正面のブルーは駆け出している。


「ロロロロロロロ」


 五閃を描いて、鋭爪がこの身に迫る。

 背中の激痛に耐えながらも、それを捌くが余裕なんてものは欠片もなかった。

 身に迫る攻撃をどうにか防いでいるだけで、斬り合いとも呼べない。

 ただ良いように翻弄され、防御の上からじわじわと炙られていく。

 火傷が増え、傷を増やし、瞬く間に追い詰められる。

 背後の直ぐそこに死の一文字が迫っているかのような感覚に陥った。

 このままでは間違いなく、とどめを刺される。

 残り二分強。

 それを待たずに焼き殺されるのは明らかだった。


「――ならッ」


 修羅しゅら以外の支援魔法を解除し、逆巻く水流が掻き消える。

 耐火耐熱の効果も失われ、乾いた空気と茹だるような暑さに襲われた。

 ブルーの火炎の余波を諸に受けて目が乾く。

 でも、それでいい。

 俺が勝つにはそれしかない。

 すでに炎爪も鎮火した状態で、再点火まですこし間があるはず。

 その僅かな時間を使って、全力で魔弾の再装填を完了させる。

 支援魔法に割いていた魔力と、俺自身が持つ魔力。

 それをすべてマギアブレードに注ぎ込み、魔力の充填を加速させた。

 その瞬間、ブルーが両腕を再点火し、爪に火が灯る。

 同時に、二分強の時間を跳び越えて魔弾の再装填が完了した。


慈雨水天じうすいてん


 刀身に水流が逆巻き、飛沫を上げる。

 ブルーは炎爪を束ねて突き放つが回避動作は最小限。

 左肩を抉られながらも間合いに踏み込み、指先に力を込めて引き金を引く。

 激しさを増した逆巻く水流が火炎を鎮火し、振動する一撃が灰色の外皮を斬り裂いて馳せる。

 刻み付けた太刀傷から鮮血が散り、火炎の色に似た飛沫が舞う。


「まだだッ」


 更に魔弾を炸裂させて一撃を刻み込み、水の流れの如く次の一撃へと繋げていく。

 引き金を引くこと三度、次々に空薬莢が排出される。

 四連撃を叩き込み、その胴体を切り刻む。


「ロロロロロロロロッ!」


 度重なる負傷を押して、ブルーは抵抗を試みる。

 怯んだ体勢から無理矢理片腕を伸ばし、炎爪の五閃が伸びた。

 だが、それも苦し紛れ。

 五度目の引き金を引いて一撃を見舞い、その片腕を刎ねる。

 半ばから切断された右腕が宙を舞い、奇しくもその姿は前任者に酷似した。


「これで、最後ッ」


 六度目となる引き金を引き、渾身の力を込めて一閃を引く。

 それはどの負傷よりも深く鋭い太刀傷となって刻まれ、刀身はその命を断って過ぎた。

 蝋燭の灯火が消える寸前に弾けるように、火炎が一瞬の盛りを迎えて掻き消える。

 そして残された灰色の肉体が膝を付いて地に伏し、空薬莢が転がった。


「ふぃー……どうにか……なったか」


 息を吐いて、痛みと共に生き残ったことを実感する。

 だが、勝利の余韻に浸っている暇はない。

 すぐに二人の援護に向かわないと。

 本当は座り込んでしまいたいほど疲弊しているが、それでも振り返って二人に目を移す。


「アァァァァァアアアアァァァアア――」


 ちょうどその時、サラマンダーの巨体が空中に打ち上げられた。


「あれは……恵実の……」


 最高に幸せな私(メイクミーハッピー)による月の重力か。

 その真下では細剣を振り上げている恵実がいた。

 刀身には激しく逆巻く水流が巻き付いている。

 よくよく見てみると、サラマンダーの腹部には致命傷に近い太刀傷が刻まれていた。


「奈央!」

「えぇ、任せて!」


 そして、打ち上げられたサラマンダーに向かい、黒の一閃が伸びる。

 白弓から放たれた黒矢が狂いなく標的を射貫き、その燃え盛る硬い鱗を突き破った。


「アァァアァァァァアア――」


 急所となる臓器を射貫かれたのだろう。

 サラマンダーは血反吐を吐き、それがシャボン玉のように浮かぶ。

 そして月の重力が掻き消え、無慈悲に重力に引かれたその巨体は地面に叩き付けられた。

 それがとどめとなったのか、サラマンダーは静かに息を引きとる。


「援護の必要はなかったか。上出来だな」


 当初の見込み通り、二人はサラマンダーの討伐を成功させた。

 通常とは異なる状況にも拘わらず、立派に自らの役目をやり遂げてみせる。

 二人でハイタッチを交わすと、視線がこちらに向けられ、駆け寄ってきた。


「わぁ、すごい火傷……でも、討伐したんですね!」

「あぁ、なんとかな」


 背中に大火傷を負ったけれど、どうにか勝つことができた。

 二人が無事で安堵したからか、背中が急に痛み出して来ている。

 傷口を焼かれているから出血はそれほどないが痛みが酷い。

 早いところ医者に診てもらわないと。

 重傷者もいることだしな。


「この青い魔石……」


 視線で前任者のほうを見ていると、奈央が青い魔石を拾い上げる。

 ブルーを見てしまっているし、もう誤魔化せないか。


「あとで教えるよ。だから今は」

「はい。無事に生きて帰ることに集中します」


 そう言って奈央は青い魔石を俺に手放した。

 それを受け取り、雑嚢鞄に仕舞うと座り込んだ前任者のもとに近づく。


「立てるか?」


 左手を差し出すと、弱々しく払われる。


「……自分で立てる」


 冒険者としての維持なのか、手を差し出されたのが屈辱だったのか。

 不格好ながらも前任者は自力で立ち上がる。

 そして、視線で刎ね上げられた自身の右腕を見つめると通路の入り口へと向かう。

 自業自得の末に、彼は冒険者生命を絶たれた。

 命があっただけ幸運なほうだが、その背中には絶望が色濃く映っている。


「俺達も行こう」


 負傷した体に鞭を打って帰路に付く。

 ダンジョンを出ると俺と前任者は直ぐに、ダンジョンの周辺施設である病院に運び込まれた。

 医療魔法を施され、背中の大火傷はその日のうちに綺麗に塞がれる。

 医者が言うには全治三日だそうだ。

 普通ならもっと日数が掛かるし、痕も残るはずだったけれど、医療魔法の進歩を肌で感じずにはいられない日だった。

 前任者のほうはよく知らない。

 聞いても教えてもらえないだろう。

 でも回復次第、彼は罰を受けることになる。

 身勝手な私怨から人を三人ほど殺そうとしたんだ。

 その代償は腕一本で払いきれるようなものではない。

 罪には罰が必要だ。


「――失礼します」


 そうして入院生活が始まって二日目のこと。

 病室に奈央が一人で見舞いにやってきた。

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