魔剣の発見
ギアブレードという剣がある。
俺が愛用している得物で剣に銃の機構が組み込まれたマイナー武器だ。
柄にあるトリガーを引くと内部で魔弾が炸裂して刀身が振動し、より高威力の一撃を魔物に見舞うことができる。
ただその反面、扱いが難しい上に燃費がすこぶる悪く、更には魔法で代用が出来てしまう。
普通の剣に魔法を付与したほうがいい。
それがギアブレードがマイナーな理由だった。
そしてただマイナーなだけなら良かったが、冒険者界隈ではギアブレードが地雷扱いされている。
俺も例に漏れずそのような扱いを受け、冒険者歴三年にして一度もパーティーを組んだことがない。
実用性が低すぎると、いつも拒絶されてしまう。
なら何故そんな武器を愛用しているのか?
その答えはいたってシンプル。
俺がこのギアブレードにロマンを感じたからだ。
§
振るった剣閃が、硬い外皮に弾かれて甲高い音を鳴らした。
攻撃したはずのこちらが逆に体勢を崩し、狙い澄ましたように鋭爪が振るわれる。
これをどうにか背後に跳んで躱し、五爪が虚空を引き裂いた。
事なきを得て着地し、顔を上げて改めて相対する魔物を視認する。
「フシュウゥウゥウウ……」
岩のように硬質化した外皮を持つ、人型の魔物。
鋭い爪は刃のように鋭く、まともに食らえば命はない。
息を整えて踏み込み、再び剣閃を振るう。
この一閃でも魔物の硬い外皮は斬り裂けない。
魔物もそれをわかっているからか、防御を取ろうともしなかった。
それが命取りになるとも知らずに。
「終いだ」
刃が外皮に届いた瞬間に引き金を引く。
弾けたような音と共に、内部の魔弾が炸裂して振動を起こす。
刀身はヴィブロブレードとなって威力を高め、その硬い外皮を斬り裂いた。
「ギャァアァァアァアアアアッ!」
そのまま振り抜いて胴体を断ち斬り、魔物を二つに分かつ。
悲鳴を上げた上半身が落ち、下半身が倒れ伏した。
「ふぃー……」
安堵の息を吐くと共にギアブレードが排莢する。
空薬莢が放物線を描いて、木の根が這う土の地面に転がった。
「引き金を引かされるとはな」
足下の空薬莢を見つめて、ギアブレードの残弾を確認する。
弾倉には五発の魔弾が残っていて、一つに空きが出来ていた。
先ほど排出された薬莢が収まっていた場所だ。
「一発ごとに一時間……」
一発の魔弾を充填するのに一時間かかる。
全六発で六時間、これで倒せる魔物は六体だけ。
それも一撃で仕留められればの話で、相手は選ばなければ時間が無駄になる。
一発の破壊力が魅力の武器なのに、気軽には引き金を引けない。
このジレンマがマイナー武器のマイナーたる由縁の一つだった。
「今度からこいつとは戦わないようにしよう」
魔物の死体に目を向けると、魔石化が始まっていた。
死体が一つに圧縮されて結晶化し、鉱石となる。
それを拾い上げて雑嚢鞄に放り込み、入れ替えるようにリストを引っ張り出す。
受けた依頼や達成するべき目的を整理するための、やることリストだ。
「えーっと」
雑嚢鞄と交互に見て、数を計算する。
「あー、出たな。妖怪一足りない」
魔石の数はこれで足りたが、依頼品である花が一輪足りていなかった。
見つけ出して回収するまで、このダンジョンから帰れない。
「気合い入れるか」
リストを仕舞い、今度は懐中電灯を手に取る。
魔力を消費して発光するため電池切れの心配がない優れ物だ。
スイッチをオンにして光を灯し、周囲を軽く照らして回る。
依頼品の花は光を反射する性質を持っていて、薄暗いこの階層ではわかりやすい。
適当にあちらこちらに懐中電灯を向けていると、不意に光が点滅してついに途切れた。
「なんだ? 故障か?」
電池切れの心配がない以上、内部の故障か何かだろう。
光ってもらわないと困るので、この場で修理することにした。
「魔改造」
持ち前のスキルを発動して懐中電灯を分解する。
部品の一つ一つが夜空の星々の如く宙に浮かび、再び元の形に組み直された。
完成した懐中電灯のスイッチをオンにすると正常に光が灯る。
これで修復完了だ。
「よし」
直った懐中電灯で周囲を照らしつつ足を進めると、光が跳ね返ってきた。
そちらに視線を向けると樹木の下に依頼品の花が咲いているのが見える。
「これで帰れる」
乱雑に生えた木々を躱して近づき、膝を付いて花を摘み取った。
その瞬間、いきなり地面が抜けて体が沈む。
「――まずっ!?」
不味いと思ってももう遅い。
地面だと思っていたそれは木の根が絡み合ってできた蓋だった。
その下にある虚の下り坂を転がり落ちてしまう。
何度も体を地面に打ち付けてようやく勢いが止まる。
「いてて」
全身の節々に鈍い痛みを感じつつも上半身を起こす。
「花……散ってるし」
転がり落ちても離さなかったのに、花弁がすべて散ってしまっていた。
茎だけになったそれを捨てて地面に手を付くと、水の感触がする。
「うわ、マジか」
反射的に手の平を見ると、しかし濡れていない。
「うん?」
手を付いていた場所には水溜まりがあり、それに手を触れると水の感触がする。
なのに手を引き上げるとまったく濡れていない。
それにこの水、発光している。
「これ……魔水か?」
第十階層より上の階層で稀に見られる魔力溜まり。
凝縮された魔力が液体化したのが、この魔水だ。
液体だが水のように濡れはせず、服に染み込みもしない。
「でも、なんでここに?」
ここは第六階層で、この辺りでは基本的に魔力溜まりは発生しない。
だが、実際に目の前には魔水がある。
首を傾げつつも立ち上がってみると、ようやく周囲の様子に意識が割けた。
木の根を幾重にも並べた壁や天井に包まれた奇妙な空間だ。
ここが地下なのは間違いないから、ちょうど樹木の真下あたりか。
注意深く観察するように見渡してみると、魔水の発生源と思しき物が視界に映る。
「これ……魔剣っ!?」
一際大きな魔力溜まりの中心に突き刺さった一振りの剣。
銀色の刃を持つそれは一目見ただけで魔剣であると判別できた。
「マジかよ、本物だ……」
魔剣は唯一無二の性能を誇る貴重な武器だ。
売れば孫の代まで遊んで暮らせるほどの大金が手に入る。
一度も魔剣を発見できずに一生を終える冒険者が大半なのに、なんて幸運だ。
「この魔剣から……魔力が溢れ出ている?」
銀色の刃から絶え間なく魔力が溢れ出し、泉のような魔力溜まりを形成している。
光り輝く水面に立つ魔剣の姿は神々しくすら感じられた。
「泉の魔剣か」
泉の如く魔力が溢れ出す剣。
無尽蔵の魔力がこの魔剣の特徴だった。
「……よし」
魔水の泉に入り、恐る恐る手を伸ばす。
その柄を握って勢いよく魔剣を引き抜いた。
「抜けた……」
握り締めた魔剣を見つめ、試しにかるく振るってみる。
銀色の残光を引いて虚空を裂いた魔剣は、その風切り音だけでその鋭さを物語っていた。
「う、売れば億万長者……売らなくても魔弾の充填に――」
ふと気がつく。
気がついてしまう。
「魔剣とギアブレードを……一つにすれば……」
出来る。
出来てしまう。
俺のスキルなら二つを分解して一つにすることができる。
魔剣のギアブレードを造ることができる。
「いや、待て待て、早まるな。億万長者だぞ」
一生、金に困らなくて済む。
欲しい物はなんでも買えるし、プール付きの豪邸に住める。
古今東西の美味い料理をたらふく食えるし、きっと人間にとって最高の人生を送れるはずだ。
「……でも」
それはたぶん、俺にとっての最高じゃない。
俺の最高は贅沢をすることじゃなくて、遊んで暮らすことじゃなくて、このギアブレードで魔物を倒し、ダンジョンを攻略し、英雄となって歴史にこの名を刻むこと。
それが俺の夢であり、最高だ。
この魔剣を売って億万長者になったら、きっと後悔する。
そうなるくらいなら。
「……やる……やるぞ」
左手にギアブレードを持ち、右手に魔剣を握り締める。
「や……るんだ!」
迷いを振り切って、叫ぶ。
「魔改造!」
瞬間、ギアブレードと魔剣が粒子状に分解され、一つの武器として構築されていく。
もう止められない、引き返せない。
俺は思わず、腰が抜けてしまった。
「ははっ、やっちまった」
馬鹿なことをしたかも。
でも、やはり後悔はなかった。
「――出来た」
魔剣のギアブレード。
それが目の前で完成した。
「これが俺の……人生を賭けた剣」
立ち上がってそれを掴み取るとずっしりとした重みを感じる。
形状は元のギアブレードと同じ太刀型。
刀身が魔剣と同じ銀色に染まり、刃からは魔力が溢れ出していた。
無尽蔵の魔力には幾らでも使い道がある。
何度でも引き金を引けるし、何度でも魔法を唱えられるようになった。
これさえあればダンジョン攻略の最前線にだって行けるかも知れない。
「……折角なら区別したいな」
ただギアブレードと呼ぶのは、なんというか平凡的だ。
もっと特別な感じの名前で呼びたい。
「えーっとギアブレードの元がギアとヴィブロブレードだから……」
縮めてギアブレード。
「魔剣、マジックソード……マジックギアブレード? 長いな。もっと縮めて……マジ……マギ――マギア? マギアブレード!」
しっくり来た。
「これからこいつはマギアブレードだ!」
こうして俺は自信の運命を大きく変える武器を造り出した。
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