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記憶の舞姫3「宝石泥棒と呪術具」

3話目になります。

長編です。シリーズ作品で、「記憶の舞姫」から物語が続いていきます。

少しづつアップしていきますので、感想いただければ幸いです、

       ※


 豊かな水の都、ダイナグラムには、網の目のように張り巡らされた水路が流れる。

 アルス大陸に流れる大きな河川を利用し、雨季や寒気があっても常に一定の水が供給されるよう、水路学を研究したサナレスが構築した水路ライフラインだ。


 呪術を禁じたことから、貴族以外の人の民とも交流することに成功した都には、数多くの物品が取引され、神人と人が共存して暮らし、貿易を行っている。


 ダイナグラムは地上の楽園と言われるように繁栄し、アルス大陸で人口150万人が暮す中心都市として確立された。ラーディア一族が不可思議な能力を貴族間でのみ受け入れたことから、人の子の一族でも簡単に出入りを許し、それこそ都市には珍しい物産品が並んだ。


 ただし領地内で建物を持って店を所有できるのは、貴族の許可を得た、神人か人の民でもかなり高位の王族紹介者のみである。神殿がある中心部周辺には貴族達の屋敷が並び、この界隈を領地と呼んだ。領地では一族間、貴族間にも関所があり、そこを通行できる手形は貴重で、王族、貴族、高官職のみが専売権を所有した。


 リンフィーナは兄と一緒に、水月の宮から馬車でダイナグラムの領地を目指した。王族の紋章を描いた馬車が関所を通る。


 常に相馬と一緒に行動する兄のことであるから、彼の用意した馬で行こうと言ったらどうすれば良いかを、一瞬心配したリンフィーナだったが、正式に王族の馬車が用意されていることに胸を撫で下ろす。


 民の前に容姿を晒すのは、10歳の頃のトラウマが根深く、リンフィーナの望むところではない。馬車ならば姿を見られることなく、ダイナグラムに入ることができる。

 未だ引きこもり生活を歓迎している自分がいる。


 門兵は馬車を停車させ、中にサナレスが乗っていることを目視して、最敬礼の姿勢をとった。神子の王族・貴族を前に、人のみならず神子の一族である者ですら、簡単に顔を上げることを許されてはいないのだ。


「サナレス殿下」

 ところがサナレスは例外を作る達人でもあるため、門兵は最敬礼した後には、親しみ深い表情を見せた。


「本日は妹姫様の生誕祭おめでとうございます」

 祝福の言葉を述べた。


「ありがとう。今日はめでたい日だ。警護は怠って欲しくはないが、後で恩恵を届けさせよう」

 サナレスも門兵に会釈を交わした。

「もったいないお言葉でございます」

 敬礼した姿勢のままではあるが、サナレスに対して親しみある感情が、声色から伝わって、リンフィーナは感心した。


 サナレスは王族であって王族でない。

 時代の世継ぎに望まれるサナレスだが、彼にとってはダイナグラムは庭だった。

 ダイナグラムの神殿からほとんど姿を見せることのない王族とは違い、サナレスの行動範囲は広い。


 気軽に神人界の境界を超えて、人の世界に行くこともあれば、大陸を渉ることも珍しくはなかったと聞く。

 だからサナレスが他の王族・貴族以上に市民から支持される存在であることは有名で、人脈は計り知れない。


「リンフィーナ、ここだ」

 ダイナグラムに馬車を進めた後、リンフィーナは都市の中心部に店を並べる、高級街に案内された。

 この地区は確か貴族お抱えの高級店ばかりが軒を連ね、庶民や人の子の出入りは制限されていた。


 店内の様子は透き通ったガラス越しにうかがえ、中には明らかな高級品が揃い、一店舗毎に警備する者が立っている。

 王族の紋章の馬車が到着すると、従業員らしき者が馬車を誘導し、兄妹を出迎えた。


「お待ちしておりました。サナレス殿下、リンフィーナ皇女」

 恭しく頭を下げる従業員の数は、リンフィーナの暮らす水月の宮の従業員の数よりも多く、リンフィーナは一瞬怯んだ。


 中に入ると、自然光ではない光を出す文明が発達し、それがプリズムを反射して眩しい。

 ガラスケースの中に、一点一点飾られた宝飾品は、どれも大振りで見栄えがよかった。


「生誕祭ですので、王族に相応しくティアラを何点かご用意しております」

 おそらく店主である男が、店舗を通り抜け、サナレスとリンフィーナを別室に案内した。


 リンフィーナは兄の肩に隠れるように、目深にヴェールを被って様子を見ていた。

 眩いばかりの世界と、見たこともないような宝飾品は、外に出ないリンフィーナを威圧するには十分だった。


「皇女リンフィーナ、何かお気に召すものはございますか?」

 それは立派な、おそらく高額の装飾品が広げられ、リンフィーナはたじろぐ。

「どれも綺麗、……綺麗だけど兄様」

 兄の左袖を握ったまま硬直してしまう自分に、サナレスは笑いかけた。


「こういうのを選ぶのは直感だ。気に入ったものがなければ、他を当たろう」

 次々とリンフィーナの前に運び込まれる眩い宝飾品を前に、リンフィーナは気後れしていた。貴族は、こう言ったものを身につけるのが普通なのだろうか?


 サナレスは次の店にリンフィーナを案内したが、吐息しか出てこなかった。


 兄であるサナレスは、装飾品をあまり身につけることはなかった。いつも身につけているのは、中指にはめたシンプルな指輪だったし、時折小さな星形の耳飾りをしているくらいだ。

 王族の手本として目の前にいるのは兄だったので、女だからといって、このような華やかな店に喜ぶことができるかと言ったら、そうではなかった。


 2軒目の店舗でも、リンフィーナは難色を示し、サナレスは3軒目へと移動しようとする。

 目の前に出される高価な逸品に目をチカチカさせながら、移動中のリンフィーナはぼんやりと考え込む。


 本当に今、装飾品を欲しいとは思っていない。

 ーーけれど、サナレス兄様が贈り物をしたいと言っているのだから、何か選んだ方がいいのだろうか?


 3軒目の店に到着し、馬車から降りようとしたその途端、考え込んでいたリンフィーナに1人の少年が体当たりしてきた。


 咄嗟のことで体勢を崩したリンフィーナは、馬車の降り口で転げ落ちそうになる。

 ステップを踏み外して転びそうになるのを、兄サナレスが受け止める形で被害を凌いだ。


 そこからのサナレスの行動は迅速だった。

 リンフィーナを背中に隠したまま、飛び込んできた少年の腕を捻り上げる。


「痛っっ!」

 リンフィーナと同じような背丈しかない、また同年代ぐらいの少年は、サナレスに片手で右手をねじ上げられ、宙に浮いてうめいた。


「勘弁してくれ。何も取ってないって!」

 サナレスに片方の手首を握って宙吊りにされたまま、少年は足をバタバタさせる。

「兄様、もういいっ!」

 リンフィーナも兄を制止した。


 降って湧いたような少年を弁護したいという気持ちからではなく、暴れる少年の足が兄を蹴ったら嫌だと思うと、関わり合いたくない相手と思ったからだ。

 リンフィーナに止められ、サナレスは手を緩める。


「だがこいつは、お前に危害を加えようとしたんだぞ」

「そうだけど、もういい。実際何もなかったし。兄様の力で本気になられたら、この子死んでしまうわ」

 厄介ごとはごめんだった。

 リンフィーナは嘆息した。


 兄がこんな少年に本気になるなど、思いもしないことだが、自分を守るために動いた早さは神技だった。力を加減してもらえていなければ、少年の腕は、この時すでにねじり折れていたかもしれない。


「もう、降ろしてあげて、兄様」

 このまま煮て食べてもいいぞ、と言わんばかりの圧倒的な体格さで少年を捉えたサナレスは、あっさりと自分がいうように少年を地面に下ろした。サナレスに手首を捕まえられたまま、少年は痛そうに肩をさすって舌打ちした。


「悪いけど私を狙っても、何も持ってないから」

 リンフィーナは少年に言った。少年は慈悲を得たことに不満な様子で、リンフィーナを睨み返す。


「お前みたいな、ぼうっとしたのなんか狙わないさ」

 思わぬ反論が帰ってきて、リンフィーナは面食らった。


 見れば少年の足元には、いくつかの宝石が散乱していた。


 店舗荒らし!? 泥棒なのだろうか。

 唖然としたリンフィーナは目を見張る。

 少年の身形は、とても裕福と言えるものではなかった。


 宝飾店から落ちているこれらを盗んで、逃げようとしていた最中に出くわしてしまっただけかもしれない。

 不運な事故に巻き込まれたのかと、リンフィーナは首を項垂れた。


 見れば3軒目に訪れようとしていた宝飾店の中が騒動になっており、逃げた少年を追いかけるために、従業員数名が店から走り出してくる。

「くそっ。お前みたいにぼうっとしたのに出会わなきゃ、逃げ切れたのに」


 ちょっと!

 その言い方はあんまりじゃない、と思う。


 こんなの不意な災害に見舞われただけじゃない、と心の中でぶつぶつ文句を言いながら、リンフィーナは咄嗟に少年に向かって指差しで合図した。

 馬車の中に隠れろ、と。


 面食らっている少年とサナレスが、リンフィーナを見る。


 こんな無礼な、しかも泥棒の少年を助けようということ自体、魔がさしたのかもしれない。でもリンフィーナは深くうなづいて、少年を馬車にかくまいたいとサナレスに懇願した。


 サナレスが困ったように力を緩めると、少年が盗んだと思われる宝飾品が更に路上にバラバラと落ちる。すぐそこまで走り寄ってくる店員達を横目に、リンフィーナは気が気ではなかった。


 サナレスはもう一度リンフィーナの真意を表情で確かめると、仕方がないと苦笑し、少年を馬車に放り込んだ。そして彼を追いかけてくる店主達から彼を隠す。


 リンフィーナは心の中で謝罪を叫んだ。このようにわけもわからない泥棒を庇うことに加担させるなんて、兄に対して申し訳ない。


 けれどリンフィーナにぶつかってきた際に一瞬見せた少年の表情があまりにも思い詰めていて、自分と同い年ぐらいに見え、気まぐれと言われようと慈悲をかけてしまった。


 馬車の中に少年を押し込めて隠れているように言って、リンフィーナは降り口の一段目に立った。そして何事もなかったかのように振る舞う。


 ただ周囲に散らばった宝石について、どう説明すればいいのだろうか。


「これはどう言うことだ!?」

 驚愕した店主が散乱する宝石を見てサナレスに迫るが、相手が王族の馬車だと知ると、訝しんではいるものの頭を垂れた。


「サナレス殿下ではありませんか。これは……」

 サナレスは現場の処理に困ったように、散らばった宝飾品を眺めて嘆息する。


 兄の顔を見て、リンフィーナは言った。

「兄様、これは運命ね。私この降ってきた宝飾品が気に入ったわ」

 偶然足元近くに転がっていた、簡素な作りの指輪を見て、リンフィーナはそれを拾い上げて指にはめた。


 その指輪は、人差し指に少し大きかった。

「これを贈り物におねだりしていいかしら?」


 たくさんの華美な宝石を前に困惑した顔しかしなかったリンフィーナが、今自主的に一点を選び、この品物だと言い張った。サナレスは観念したように妹を見て、苦笑する。


「店主、すまない。突然泥棒に遭遇してしまったのだが、妹がそいつの落とした一品を気に入ったそうだ。いくらになる? 今日は妹の生誕祭、争い事は遠慮したい」


 サナレスがそういうと、店主と使用人たちは互いに顔を見合わせ、深々とお辞儀して謝辞を述べた。

「皇女様に気に入られる逸品を、我が店から献上できましたこと、誠に光栄でございます」


 有無を言わせない身分差にかしづいた彼らを確認し、リンフィーナは笑顔で「ありがとうございます」と言って、少年を隠した馬車の中に戻る。内心では、バクバクと心臓が鳴っていたが、貴族らしく優雅に振る舞うことで難曲を切り抜けたかった。


 店員達の注目がなくなると、リンフィーナは吐息をついて胸を押さえた。

 その左手に視線をやった少年が、予想外に呟く。


「オウロヴェルデ」

 成り行きで匿った、自分と同年齢の少年は、リンフィーナが身につけている指輪を見てそう言った。


「何それ?」

 リンフィーナは外の様子も気になりながら、少年に問いかけた。


「君が選んだ石の名前。その指輪の石には力があって、変革、変貌を手助けする、メタモルフォーゼ。変身の石、オウロヴェルデだ」

 少年は困ったように鼻をかいて説明した。


 トラブルを収めるためとはいえ、リンフィーナは拾い上げたその指輪を、左手の人差し指にはめてしまっている。石のカットはいくつかの四角形に削られ、底部分を覗き込むと、カットする細工で呪術が宿るとされる五芒星を、見る角度によって描いている。


 自分に吸い寄せられるように人差し指になじんだそれは、シンプルな装飾で、大きめの石ひとつだったが、地金の金色部分が覆う石は、緑みを帯びた金色だった。


 どこか憧れの兄の容姿を連想させる色合いの宝石に、リンフィーナは惹かれるものがあった。

 「兄がいない時の兄の代わり」そんなものあるはずもないけれど、どこか兄を連想させるこの石に不思議と心惹かれるものがあった。

 それに加えて、少年の言葉を口の中で反芻した。「変革、変貌を手助けする」と。


 銀色の髪の容姿を変えてしまいたい。そして兄サナレスの妹として、後ろ指刺される容姿をなんとかしたい。

 変革、変貌、自分にとって願ったり叶ったりの石ではないか。


 咄嗟に先ほど発言した内容をもう一度繰り返す。


「これがいい」

 馬車の外では、兄が事態を終息させるように、店主と話していた。石造りの路地に転がって散乱してしまった他の宝飾品についても、傷ついているかもしれないということですべて買い取ると言って決着をつけたため、店主に至っては上機嫌である。


「サナレス殿下、道端に落ちてしまいましたので、すべて磨き上げて献上いたします」

 こう言って両手を胸の前でこすり合わせる店主に、サナレスは少し考えたようだったが、それはいい、と断った。店主が提示した金額をその場で確認したサナレスが即金で大金を支払う。


 リンフィーナはその様子を馬車から覗き、兄の行動に疑問を持った。

 店主に深々と頭を下げられながら、馬車に戻ったサナレスに、リンフィーナは問いかける。


「あんなにたくさんの宝飾品、どうするの?」

 小さい指輪を一つお気に入りとして見つけたリンフィーナは、自分はもう要らないのだけれど、と兄を見つめた。


「それはこんな多くの魔術具をどうして必要としていたのか、この少年に尋ねた方がいいな」

 サナレスが馬車の奥に詰め込まれた少年に、厳しい視線を向けた。


 店舗から離れた馬車の中で、リンフィーナは「魔術具?」と問い返した。

 あれが全部そうなのかと、リンフィーナも少年を見つめる。


「あの店にはそういう類の商品が並ぶことは知っていたが、見事に魔力のあるものだけを盗み出したようだな、この子供は。買い取らずに放っておけば、また盗み出すかもしれない。見てしまった以上は、危なくて回収する他ないだろう」

 サナレスは首を竦めた。


「後で神殿に届けて専門の神官に保管させるようにするが、目的もなく、こんなもの大量に盗み出したとは思えないんだがな。ラーディオヌの少年、理由を聞かせてもらえないか?」

 サナレスの質問は、問いというよりも確信めいたことを聞き出そうとする口調だった。


 ラーディオヌの少年、とサナレスは言ったが、目の前に座ってじっとこちらを睨んでいる少年の髪色は、黒と言うよりは褐色に近い。ラーディアの民の中にも、こういった容姿のものは珍しくなかったけれど。

 本当にラーディオヌ一族の民なのだろうか?


「魔術具だけを盗み出すなんて、大した腕だ。しかもここは領地内だ、どうやって入り込んだんだか。お前は術者なのか?」

 サナレスは用心深く相手の力量を見極めようとしていた。少年はだんまりを決め込んでいるようで、先ほどリンフィーナに石の名前を語ったのは幻聴だったのかと思うほど緊張して見える。


「このオウロヴェルデ、魔術具なの?」

 リンフィーナはサナレスに問いかける。


 しっかりと人差し指にはめてしまった指輪を、左手ごと兄に見せると、サナレスは苦笑した。「まさかこれを選ぶなんて、困った妹だ」と。その反応は肯定だ。


「これ、私が持っていてはだめ?」

 気に入ってしまったのだけれど、危険なものであるならば所有することはできないだろう。


「それくらい構わないさ。本来呪術具は、呪術者が持ってこそのもので、お前が持っていても御守り代わりにしかならない」

「ありがとう兄様!」

 この指輪が気に入って自分のものになることが嬉しくて目を輝かせたが、サナレスとしては本当にこれでいいのかと迷う部分もあるようだ。

 「とんだことから贈り物が決定してしまったな」と呟いた。そして少年の方に向き直り、これも諦めたように言う。


「私はラーディア一族サナレス・アルス・ラーディアだ。今日は生誕祭で、君の一族の総帥がこちらに来るだろう? 何も喋らないのなら、彼に突き出したっていい」

 サナレスの言葉に、少年は顔色を変えた。


「やめろっ……」

 呻いた声は苦しそうだ。


「あんなのは総帥じゃない。ーーあんな化け物、絶対総帥なんかじゃない!」

 途切れがちに低い声で言うが、少年が吐き出したのは嫌悪だった。

 サナレスは「やはりな」と言って、腕を組んだ。

「すまない、少年。一族間でのトラブルに、ラーディアの生誕祭を利用するな」

 冷静に顔色ひとつ変えず、けれど高圧的な指示に、少年はびくりとして顔をあげた。


「正直な話、君がどう思ってこんなことを企んだのか、1人でなのか、組織だってなのかは、どうでもいい話だ。それでラーディオヌ一族の総帥が暗殺されようが、知ったことではない。けれど、ラーディア一族の生誕祭の期を利用すると言うのならば、放っておくことはできないな」

 サナレスの言葉から、とんでもない剣呑な内容を聞き取り、リンフィーナは兄の片袖を握った。暗殺という強い言葉が、リンフィーナの頭の中でがんと響いた。

 こんな年端もいかない子供が、窃盗のみならず暗殺を企てているなんて、聞き捨てならない。


「ーー殺せっ!」

 少年は言った。

 絞り出すような言葉の内容は切ない。

 リンフィーナは兄の袖を握る力を知らず強めていて、固唾を飲んだ。

「生誕祭を利用しないのならどうでもいい、と言わなかったか?」

 サナレスの指示で馬車が停車する。

「兄様?」


「これは警告だ、少年。君がーーもしくは君の仲間が企んだことの一つは、私が封じた。ラーディオヌの総帥が憎いなら、ラーディアの呪術具を利用するのではなく、自分の実力で殺るがいい。そうしなければ我が一族に余計な災いが降りかかることもないのだから」

 馬車の扉を開けたサナレスは、少年を解放する意思を見せた。


 驚いた顔で少年はサナレスを見る。

「今日は大切な妹の生誕祭だ。それに免じて忘れてやるが、次にさっき言ったことを守らなければ命の保障はしないからな」

 決して凄んでいるわけではないけれど、兄の眼光の冷静さが、少年を凍りつかせている。

 少年は息を飲んで、身を起こし、サナレスとリンフィーナの前を横切って馬車を降りた。


       ※

「あれでよかったの?」

 ダイナグラムの街中で少年を下ろした馬車は、神殿に向かって走り出した。

「こちらが聞きたい。おまえ、そんな粗末な指輪ひとつで構わないのか?」

 リンフィーナが真剣に少年を解放したことを問うているのに、サナレスにとってはどうでも良いことのように、贈り物の話題にすり替えられる。


「贈り物は、これがいい。……というか、これ以外はもう考えらなれないくらい気に入っているんだけど、そうじゃなくって兄様! あの少年、ラーディオヌの総帥を暗殺するなんて」

 それって所謂、謀反を企んでいたということで、リンフィーナは落ち着かない。

 王族相手に盗品で呪術を仕掛けようなんて、そんな企てをした者を、自分は庇ってしまったのだろうか?

「ごめんなさい、サナレス兄様。そんな大ごとだとは思わなくて」

「お前が気にすることじゃない。逆に少年の犯行現場に居合わすことが出来て、呪術具一切を買い占めてやったのだから、次の手はそうないだろうよ」

「どうして」

 彼は謀反なんて企てたの?

 そんなことを聞いても答えがあるわけではないので、リンフィーナは黙る。


「リンフィーナ。お前が身を置く王族は、それほど綺麗なものではないということだ。ラーディア一族はジウスの力が強大で、他の皇族や他の氏族の追随を許さないから統治されている。けれどラーディオヌ一族の力の均衡は不安定だ。今日みたいなことは日常茶飯事で起こっているだろうな」

 気にするな、と頭の上に手を置いて、サナレスは自分の体を引き寄せた。


「さっきのことで、あの子がもう何もしなければいいんだけど」

 リンフィーナは呟いた。自分と同じような、もしかすると自分よりも幼い少年が、謀反なんて大罪を犯せば、処罰の重さは想像できた。

 自分が彼を一時の気持ちで庇ったから、兄は少年を見過ごした。もしリンフィーナが一緒でなければ、話は違っていたのかもしれない。

 リンフィーナはしばらく後は悶々とした気持ちで神殿に向かったが、神殿が近づくにつれ、別の緊張感が彼女を襲い、少年への複雑な感情は薄れていった。

読んでいただきありがとうございます。

「自己肯定感を克服するために、呪術を勉強し始めました」

記憶の舞姫③;2020年8月10日


こちらではタイトルを長く付ける方がいいと、知人からアドバイスを頂きましたが、これって本当ですか?

私の場合、タイトルとサブタイトルが反対になっています(笑)

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