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僕のくだらない夏休み

作者: テキトウ

 空が綺麗な日だった。白い雲と空が、夏の暑さによってより鮮明に見えた。学校の屋上で寝そべりでもしたら、自分すらちっぽけな存在に思えることだろう。ただ僕の通っている学校では屋上は閉鎖されている。ずっと前に自殺した子がいたらしい。そうじゃなくても、時代的にも封鎖されていただろうが。

 夏休みは暑さに項垂れていたら過ぎていく。その日の終わりにカレンダーの今日の日付に斜め線を引けば、ああまた一日が過ぎたのだと物悲しくなる。

 今日は夏祭りがある。勇気を出して女の子を誘った所、もうすでに先約があるらしかった。午前中にも関わらず、僕は既に今日の日付に斜め線を引いていた。まったく連絡を取るのが遅すぎたのだ。悲しいのに変わりはないが、かといって少しの安心感があったのだから、そう落ち込む事でもないのかもしれない。夏休みに入ってから、何もせずに過ぎていく一日とそう変わりはないのだから。

 僕はベランダから自分の部屋に戻り、照明もつけていない室内に戻った。クーラーの冷えた空気がその部屋の暗さとリンクしているようで、どうにも気分が落ち込みそうだった。布団が乱雑に置かれているベッドに視線が向き、そのまま寝てしまおうかとも思ったが、時計の針が十一時を示しているせいで気が削がれた。僕は白いシャツとジーンズをタンスから取り出し、部屋着を着替えた。ジーンズのポケットには財布とスマホを入れた。クーラーを消すときのピッという音は、何故だかいつも耳についた。

 茶色の階段を降りる。リビングは真っ暗で、窓から差し込む光が部屋を照らしている。夕方を過ぎると、光の色と向きが変わる。ベランダのソファに寝そべりながらスマホをいじっていた時、気付いたら夕方で嫌になった記憶がある。僕は冷蔵庫からウーロン茶を取り出して、コップに四分の一ほど注ぎ、それを一口で飲み切った。飲み物の冷たさで頭が痛まない程度の分量を、経験で知っていた。そのまま玄関に行き、靴箱からダサいサンダルを地面に投げ、履いた。石畳に投げたサンダルは、ハエ叩きでハエを殺した時と同じ音がした。多分。

 外は気持ちのいい天気、を通り過ぎた熱さと直射日光で、僕の気分を悪くした。去年はこんなに暑かっただろうかと思ったが、去年は去年で夜にしか外に出ていない事を思い出し、どうにも虚しくなった。

 空を見上げると、嫌でもかと日光が目に入る。目を細め、目の前に手をかざすと、サイレンスピーカーと電柱と電線が見えた。なぜサイレンスピーカーはうちのすぐそばにあるのだろう。七時のチャイムがいつも僕を憂鬱にするのだ。あいつがいなければ僕の人生は存分に輝いていたに違いない。学校に行くのも憂鬱、夏休みの朝も憂鬱、夕方五時のチャイムも一日の終わりを告げて憂鬱。ちびまる子ちゃんの始まりも日曜の終わりを告げて憂鬱。そんなことを考えながら空を見上げている僕は、傍から見れば格好つけたがりに見えることだろう。ああ僕の脳みその中はそんなに格好良くはない。女の子に振られて傷つき、普段はしないような行動をするような僕はそんなに格好良くはないはずだ。

 飽きて目線を下げると、頭がくらくらした。それを取り除こうと頭を振ったら、よりくらくらした。こんなくらくらする暑い日に外を出ている人は少ないようだった。外にいるのは僕のことを歓迎する様に水を撒いてくれているおばあちゃんぐらいだ。それかゴミを漁っているカラスぐらいだ。カラスはあんなに真っ黒で暑くないのだろうかと疑問を抱きながら近づくと、僕の接近に警戒したのか日陰である塀の上に飛び立った。そっちの方が暑くないぞと話しかけたが、その瞳には僕よりもゴミ袋の中の弁当箱が映っている気がした。なんだか馬鹿らしくなった。相手の気持ちを鑑みない優しさとは、かも儚いのかと考えたが、なんだかそれすらも馬鹿らしくなった。

 気付けば足は勝手にコンビニに向かっていた。いつもコンビニに行くものだから、体が憶えているに違いないと思った。家と一番近いコンビニなものだから、おそらく店員に顔を覚えられていることだろう。いつも客が少ないのによく潰れないものだ。おそらく僕はここの売り上げに多大なる貢献をしているに違いない。そう思いながらニマニマしていると、ごみ袋を持った店員とすれ違った。

 僕がガリガリ君を買うと、いつも通り店員はカタカナのありがとうございましたを言う。いつも通りだなと思った。ここのコンビニは僕が老人になって続いている気がした。

 歩きながらガリガリ君を食べていると、ガリガリ君の最後は崩れ落ちて地面に落ちた。その落ちた部分と睨めっこしたが、そいつはすぐに溶けてなくなった。おそらく彼は恥ずかしがり屋。棒を見ると、あたりと書いてあった。その棒を見て、潰れてしまった駄菓子屋を思い出した。あたり棒を交換したのはあの駄菓子屋でだけだった。なんだか、そのあたりを交換したら、あの駄菓子屋を思い出すことはないのだろうなと思い、そのあたり棒はゴミ箱に捨てた。

 どこに行こうかなと考えても、とくに思いつかなかった。そのせいか、普段通り、高校の登校路を歩く羽目になった。僕はパピコはコーヒー味派。変化を恐れるタイプ。何かの漫画にそんなことが書いてあった気がする。

 さて学校が近づくと、野球部の声が聞こえてきた。校門を通り、校庭に目を向けると、やはり野球部が練習していた。ああいう汗水たらすことが青春なのだろうと思った。僕の青春は昼起きてゲームしてテレビ見て夕食食べてスマホ見て寝ることだ。そしてたまにこうして散歩する事だ。宿題に日記があったとしたら、最終日に書いたって罪悪感はないだろうなと思った。

 校舎の中に入り、靴箱にサンダルを入れた。上靴を家に持って行っていることを思い出し、玄関のすぐそばにある貸出用スリッパを履こうとした。が、靴下を履かなきゃなと思い至った。潔癖だろうか、いや普通の感性だろう。僕の中にしか普通は無いのだ。

 それで、なんだか友達との外出が、雨で潰れた位の虚しさを覚えた。前に一度、夏休み中の校舎に出向いた事があったが、普段の学校とは違って好きだった。静かさの中に響く美術部の笑い声だとかが好きだった。誰もいない図書館が好きだった。そこから聞こえる吹奏楽部の楽器の音色が好きだった。

サンダルを靴箱から取り出し、玄関の地面に投げると、またあの音がした。あまり好きな音ではなかった。

 僕はそのまま、サンダルを履き、来た道を戻った。帰り道では猫が塀の上を歩いていた。茶ぶちの猫だった。並走しようとすると、すぐ塀の向こう側に行ってしまった。魚のクッキーを携帯しておくべきだったなと思った。家に着きそうになると、十二時のチャイムが鳴った。十二時のチャイムは好きでも嫌いでもなかった。

 僕は玄関の扉を開き、中に入った。サンダルを脱ぎ、つま先立ちで風呂場に向かった。シャワーで足を洗い、足ふきで水滴を拭った。十分に拭えていなかったせいか、廊下には所々に水滴が落ちていた。僕はリビングの冷蔵庫からそうめんを取り出し、鍋でそれを煮た。透明な容器につゆを作り、そこに氷を入れた。茹で終えたそうめんを冷水で切り、皿にのせた。二つの容器をテーブルに運び、僕はテレビを付けた。こういう時ぐらいしかテレビを見ることは無かった。見慣れない番組ばかりで、結局はエンタメよりのニュース番組にした。そういえば昔は「いいとも!」とかあったなぁと思った。

 そうめんを食べ終え、僕は自分の部屋に戻った。クーラーをつけ、ベッドに寝転がり、スマホをいじった。ラインを確認すると、誘った女の子とのトーク画面が目に付き、非表示にした。他のグループの百何通のメッセージに既読を付け、ろくに内容を見ないままツイッターを開いた。そうしていると十三時になっていることに気が付き、辺りを見渡した。ベッドに腰掛け、何かないか部屋を眺めても、読み終わった小説だとかマンガ本だとかが雑多に机に重なっているだけだった。僕はもう一度ベッドに寝転がり、眼を閉じた。

 

 目覚めると、夜になっていた。時刻は八時で、もしかしたら夏祭りに行っていたかもしれにない時間だった。窓からは月あかりが入り込んでいた。窓を開け、ベランダに行くと、クーラーで冷えた体に温い風が触れた。気温差に風邪を引きそうだった。鼻に夏の夜の匂いが抜けた。虫の鳴き声が聞こえた。遠くでは花火の音が聞こえた。

 僕は独りぼっちだった。夏の夜のノスタルジックが、僕の身体を震わせた。もしかしたらただ、気温差に震えただけかもしれないが。


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