これは正しさを問う物語-03
生きている。
朦朧として曖昧な意識の中、ミキは自分が五体満足でいる事を少し遅れて気が付く。
何が起きた? どうして自分が冷たい石畳に寝転がっている?
そんな事を考えようとする前に、動物としての本能が勝手に思考を開始する。
「(確か、浩人とデートしていて、そしたら急に『人払い』の結界の中に居て……そうだ、思い出してきた。その後、誰かが私たちの目の前に来て、なんか会話している最中に吹き飛ばされて……?)」
そこまで思い出して、ミキは改めて自分の怪我の状況を確認する。腕と足の骨が折れているが、少なくとも致命傷では無かったことを把握して、驚愕した。
「(手加減、された? おそらく一瞬でここまで飛ばされたのに、こんな軽い怪我で済むなんて、いったいどんな魔法の使い方をすれば……?)」
次第に思考にも多少の余裕が生まれてきて、ようやく自分以外の事を考えることができた。
視界はまだ瞬間的に点滅しているが、それも次第に落ち着いてきて、ようやく視覚で世界を認識することができた。
だが、その行為はある意味間違いだったのかもしれない。
まず目の前に飛び込んで来たのは、自分以外の手だった。
この手が誰のか、ミキにはすぐに分かった。
何度も繋ぎ、何度も窮地から救ってくれた、暖かくて優しい手。
見間違えるはずがない。これは浩人の右手だった。
だが、右手から先が存在しなかった。
「……あ、」
現実を知って、事実を見て、ミキは本能的に目を閉じたくなった。
しかし、世界はそれを許さなかった。
瞬時に次の情報が視界から脳へと報告される。
次に映ったのは、愛しい愛しい浩人だった。
だが、その姿は、五体満足とは程遠い、まるでびりびりに引きちぎられた羊皮紙の様な、見るも無残な姿が、そこにはあった。
「ああ、あああああああ!?!?」
叫ぶしかなかった。
瞬時に莫大な情報が押し寄せた結果、脳がクラッシュした。
さらに、現実逃避を図る思考と、現実を再確認する思考が同時に演算したため、頭の中が真っ白になった。
「ゴホッ、ガバゴホゲホ……!?」
浩人は口から大量の血を吐いて、正常に呼吸をしようとする。そんな有様でもまだ息はあった。
浩人は最早焦点すら合わない虚ろな目で、自分をこのような姿にした張本人を見つめる。
「な、なん、で。俺、達が、何を、したって、言うん、だ……ッ」
呼吸するのに必死で、浩人は途切れ途切れの声で問う。
返事はいたってシンプルだった。
「テメェがした事に違和感や罪悪感が無いっていうならば、それだけでテメェが消える理由には充分なんだよアホが」
「え……?」
何を言っているか、浩人には理解できなかった。
違和感や罪悪感? なんだそれ、そンなノコのセカイにキテカライッサイシナカッタゾ……?
だが、『人間』は最後まで考える時間など与えなかった。
彼の周囲を回っている黒く黒く、闇より深い黒の球体の様な何かが、ぐにゃりと槍の形に変化して、浩人の体を貫いた。
ミキは声すら出なかった。
思考は既に停止して、結果だけを見つめるしかなかった。
次第に、意識がぼやけてきて、やがて意識が落ちた。
だが、最後に彼女は、月明かりのおかげで、自分の愛しい恋人を殺した犯人の姿を見ることができた。
雪のように透き通った病弱でか弱そうな白い肌。だがそれとは正反対に、獣の様な鋭い黒い目。黒と白の織り交じった髪を肩のあたりまで伸ばし、前髪は目にかかるほど伸ばしていた。
だが、その表情は人殺しとは程遠く、どこか悲しい顔をしていたのは、きっと気のせいだと、最後に彼女は思った。