これは正しさを問う物語-01
織戸浩人という『人間』の過去を振り返ってみれば、それは余りにも残酷で、無常で、誰にも理解されない、ただただ孤独という名の地獄だった。
しかし今の彼は違う。この世界に来て、全てを手に入れることができた。
富も、名誉も、友人も、自分を理解してくれる大切な人も、全てが過去のままでは考えられないほどの幸せだった。人間の不幸と幸福の比率は常に同じという法則の通りで、過去の不幸の連鎖が、今まさしくその幸せが一気に来ているような、そんな感覚に彼は浸っていた。
このすべての幸せの始まりは、この世界に来て、たった一つの特殊な力を手に入れたことからだ。
たった一つの特異性が、彼という存在の性質を大きく変化させ、彼を強引に不幸から幸福へと引きずり上げたのだ。
「浩人ー。ほら早く行こうよ!!」
「分かったからそんなに手を引っ張るなって手が千切れるだろ!?」
そんな冗談を言いつつ、最愛の人に手を引かれて浩人は人々で賑わう人ごみの中を進んでいく。時刻は夜に入り、空は闇で覆われていく。そのおかげで日中は日の光で消されている星々の輝きが、夜の闇でぽつぽつと光を灯し始める。それと並行して、街にも明かりが灯されていき、再び星々の光は弱々しくなった。
自分はかつてあの弱々しい星の様だったのに、今では太陽みたいになったのかな、と浩人はそんな詩的な事をふと思う。自意識過剰という訳ではないが、少なくとも今自分の隣で笑っている少女は、そんな風に思ってくれているというのを知っているからである。
「なーに考えているの? せっかくこの可憐な美少女と素敵なデートの最中なのに、ほあの子と考えているなんて、私に失礼じゃない?」
訂正、やっぱり自意識過剰だったかも。
「そんなことは無いってば。今こうやってミキと過ごせているのが幸せだなと思っただけ。俺みたいな人間が、幸せなのがうれしくてね」
ミキと呼ばれた少女は、突然何を言い出すかといった顔できょとんとしていた。
「急にどうしたの。まるで自分の人生を見限った愚かな人間みたいだよ……?」
「なんでだろうその例えが心を抉ってくるんだが……ッ!?」
彼らは少し見つめ合って、思わず吹き出してしまった。
こんなに真面目な会話をしたのは、おそらく互いに彼氏彼女の関係になった時以来だろう。
「浩人の過去は昔聞いたけど、けど今は関係なくない? 例えどんなに残酷な過去を持っていたとしても、どんなに辛い事があっても今この瞬間笑っていればそれは素敵な幸せでしょ?」
確かにそうだ。過去は過去。今は今。
時系列としては繋がっているが、それは全くの別物。過去がどんなに敗者であっても、今は勝者になったのだ。辛い過去を振り返る必要なんてどこにもない。
「確かにそうだな。偶には真面目な事を言うんだな」
「何よそれ。私が真面目じゃないみたいな言い方なのは気のせい……??」
「わかった悪かっただからその何でもスパスパ切っちゃう剣を鞘に納めてー!?」
そんな賑やか(?)な会話が静まり返った街中に響き渡る。
まるで、この街には彼ら二人しかいないような、そんな静けさの中に二人は包まれてしまった。
「ミキ」
浩人の声で二人の頭のスイッチが瞬時に切り替わる。
浩人は腰に下げていた魔剣シャクロスを、ミキは先ほどの剣を構える。
カツン、コツン。
どこからともなく、そんな足音が聞こえてきた。
「(私はともかく浩人が気が付かない程の高度な『人払い』の結界。どうやら相当な相手のようね)」
「(ああ。おそらくは宮廷魔術師、もしくは魔界の結界術師だな。気を引き締めろよ)」
テレパシーで会話をしながら、二人は背を合わせて全方位を警戒する。
カツン、コツン。
まるで何かを告げているような、そう感じ取ってしまう畏怖と恐怖を連想させる足音が、静まり返り、いつの間にか明かりが消えた街中に響く。
そして。
カツン。
星と月が照らす石畳の道に、一つの影が現れた。