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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏休み明けのいつもの屋上

作者: もやし

たとえ夏休み明けの出校日だとしても、なんの迷いもなく僕は学校に行くだろう。

ただ学校に行って、つまらない授業を聞き、つまらない会話を友達として、どこにも寄らず帰る。

宿題をし、布団に倒れこむようにして寝る。

生産性のかけらもない、やる気も、楽しさも、幸せなんてどこにもない。

そんな怠惰な毎日に、ずいぶん前から飽きていた。


正直に言おう、僕は生きるのが上手いと思う。

学校の成績だって悪くないし、友達だってたくさんいる。普通にアルバイトだってできる。この前は彼女だっていたのだ。

きっと、この先お金にも苦労しないだろう。大きな挫折を味わうことなく、サラリーマンとしての階段を少しずつ上がっていくのだ。

楽しいか楽しくないか、幸せかどうかはこの際どうだっていい。

それが社会が僕に求めるステレオタイプだ。それに乗っかることのできる自信だってある。

その路線を、皆は()()と呼んだ。

ただ、何故だろう。

それがつまらないと思えてならないのだ。


僕は学校の屋上で昼食を食べる。

この高校の屋上の鍵は、普段の僕の行いのおかげで学校の先生からスペアキーを受け取っているので、いつでも入りたいときに入れる。

僕は友達とご飯を食べる気にならなかった日は、屋上に来て食べるようにしていた。

今日は夏休み明けのテストの日だ。

5教科のテストを終えた僕は、遅めの昼食を食べに疲れ顔で屋上へ向かった。

すると、いつも誰もいないはずの屋上から物音がする。

金属に何かが触れる音。

先客がいるのか?

僕は屋上の扉を開けた。


扉を開け先には、街並みが一望できる景色の良い屋上がある。それが僕が屋上を気に入るの理由だ。景色の綺麗なものは無条件で好きだ。景色ほど社会から遠ざかれるものはなかなかないと思う。

でも、今日はその景色に異物がいる。

屋上には高さ1mくらいのフェンスが、端に付けられている。

彼女は、フェンスの外側にいた。

景色を眺めるようにして、遠くの方を見ている。

そうか、今日は夏休み明けの出校日だから、

「……自殺か。」

彼女がこちらを振り向く。

顔立ちに興味はない。でも、綺麗な方だったと思う。

「……どうしてここに来れたの?」

彼女は驚いた表情をしていた。

「それはこっちのセリフだ。ここは僕の特等席だ。」

彼女は動けないでいる。

動いたら、間違いなく落ちる。

「どうしてここに来た。」

「……。」

彼女は俯き、何も答えなかった。

別に答えなんて求めてない。夏休み明けに、屋上に来てすることなんて決まっている。

「死にたければ死ねば良い。」

なんの迷いもなく僕は言い放った。

目を見開いてこっちを見る彼女は、そのあと少し僕を睨んだ。

「生きたいなら生きれば良い。でも、死にたいなら死ねばいい。それは僕にとってどうでもいいことだ。」

彼女は顔を歪めて言い放つ。

「ねぇ、どうしてそんなことが言えるのよ。あなたまで私を無下にする気?」

「事実を言ったまでだ。君を無下にしたつもりはさらさらないよ。もちろん君を価値ある人間だと思っている人もいるだろうし、いないと思っている人もいるだろう。でも残念ながら、僕は今の君に価値を見出せない。」

「当たり前じゃない。今会ったばっかりなんだから。」

そりゃそうだ、と僕は呟く。

「君とはこれまでに会ったこともないし、これから会う可能性だって低いだろう。だから、君が死んだところで、死ななかったところで、僕の人生に変化はないんだ。」

僕は皮肉を込めて彼女に言い放つ。

「どうぞ好きにしてくれ、君がしたいようにすればいい。」

フェンスの向こう側でぶるぶると震えながら、彼女はとてつもなく怒り狂った様相でいた。

「なんでよ……なんであなたみたいなのが生き残って、私は死ななきゃならないの?私だってちゃんと生きたい……でも現実はそうさせてくれないの。あの人たちは、私にそんなことを許してなんてくれなかった!」

あの人たちとは友達だろうか。それとも家族だろうか。はたまたやばい組織の連中だろうか。

そんなことはどうだっていい。彼女のそんなところに僕は興味がない。

「君の言う通り、僕はこれからも生きるよ。なんせ生きるのが上手だからね。君みたいに下手じゃないんだ。」

「信じられない。本当に最低。生きるのが下手なやつに、下手って言わないでよ……私だって上手くやりたい。上手に生きたいんだよ……。」

彼女はわんわん泣きだす。背景はそろそろ夕日が沈みそうだ。

今日も夕日が綺麗だと思った。僕は一生を持ってしてもこんなに綺麗にはなれないんだと思う。

彼女の綺麗さと同じだ。

「僕は、君が羨ましいよ。」

「何を言ってるのよ」

僕は目を俯きながら言う。

「僕は、一生かかっても死ねないんだ。」

彼女は何も言わなかった。

それをいいことに、僕は話を続ける。

「僕は生きるのが上手だ。友達もいる、家族とも上手くやれてる。いじめられたりもしない。お金に困ってもない。成績だって悪くない。グレたりもしない。しかもいたって健康だ。病気もなかなかしないだろう。なぁ、僕はどうやって死ねばいい?」

「何を言って……」

「自殺する原因なんてどこにもないんだ。いつまでたっても人は僕を幸せだと言うだろう。なぜならみんなが言う幸せのレールから、多分外れることなく人生を送るからだ。何不自由なく歳をとる。いつまでたっても死ぬ理由を見つけられない。」

そうだよ、と自分に言い聞かせる。

「僕は、ずっと前から死にたいんだ。君と同じだ。」

「私と一緒にしないで!私がどれだけ苦しんできたか知らないでしょう?」

「それでも、君はこれで死ねるかもしれない。それは、僕にとっては羨ましいことなんだ。」

いつまでたっても死ねない、無限に続く地獄。体を使って、社会に媚を売り続ける人生。

つまらないな、と思う。

だったら、いじめられて自殺したい。

もがき苦しむことになっても、自分が自分であることを諦めたくない。

「……羨ましいなら、とことん羨めばいい。私は死ぬ、それだけよ。」

そう言って彼女の顔が少しずつ遠くなっていく。

次第に彼女が視界から消えた。

綺麗な景色だけが、そこには残っていた。




いつも通り昼食を食べ、僕は屋上を出る。

今日も死ねなかった。そう思うのが習慣になってから、日は浅くない。


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